2019年 「あいな」と「あいよ」

張貼日期:Dec 11, 2019 12:9:10 AM

応答の表現「はい」に対応する、かつての下町ことばは「あい」であった。江戸時代に書かれた日本最初の全国方言辞典『物類称呼』には、次のようにある。

他(ひと)の呼(よぶ)に答る語 関東にて、あいと云。畿内にて、はいと云。

したがって、「はい」は、本来は上方語であったことが分かる。洒落本などでの用例を調べると、江戸では、目上に対しては「はい」、目下に対しては「あい」と区別して用いられている。この事象も、江戸での丁寧な表現には上方語が運用されたとするパターンの一例と捉えることができよう。

「あい」に終助詞を付けた「あいな」という表現もかつて存在した。ただし、「あいな」は女性のことばである。江戸を描いた映画などで、亭主に呼ばれた女房が「あいな」(はーい)と応える場面が思い浮かぶ。

一方、「あいな」とともに「あいよ」という表現もある。次は、二葉亭四迷の『浮雲』での用例である。

母親(おつか)さん、咽(のど)が涸いていけないから、お茶を一杯入れて下さいナ。

アイヨ。

「あいな」は現代ではまったく聞かれなくなってしまったが、「あいよ」の方は商売上の役割語としていまも健在である。上野アメ横での歳末商戦の折などには、威勢のいい返事として頻用される。

喧騒時のアメ横のことを挙げるまでもない。実は、昨夜、近所の洋食屋で注文の品をカウンター越しに伝えたところ、調理場から、マスターの「あいよ!」という元気な声が返ってきた。

(2019.12.11)