張貼日期:Nov 1, 2021 09:40 AM
コロナ禍で、自粛生活がマンネリ化してしまったせいでもあるが、外に出ることが以前よりさらに億劫となり、このところ、家の中だけで過ごす時間が多くなっている。時に思いついて近隣を散歩してはいるが。(ちなみに上野公園までは往復で約7,000歩を要する。)
昼間は、机上のパソコンで、時代の趨勢を確かめながら、心にうつりゆく由無し事をいくばくか書き留める日々である。
問題は夜間である。眠りの浅いことが多く、夢の中にはかつての失敗行動への反省ばかりが浮かんでくるのである。具体的には、生来の方向音痴ゆえのさまざまなしくじり、また会議の場面での失言などについて、「どうしてあんな動きをしたんだろう」、「あの時の言い方は確かに軽率だったなあ」といった苦い体験がよみがえるのである。不安に駆られ、強迫観念に襲われるのである。もちろん、それらは今さら考えてもどうしようもないことばかりである。
夢を見るのは、過去の体験記憶を整理しているのだという。そしてそこには心の中に澱のように溜まっている感情を解放し、癒す機能があるのだともいう。
そうだとすれば、このごろの私の夢は、過去にケリをつけ、自分の気持ちを浄化してくれる、いわばカタルシスなのだ、と前向きに捉えることとしたい。
そういえば、タレントの清水ミチコさんが、朝日新聞の「まあいいさ」欄の中で、少しばかり関連する内容を記していたことを思い出した。
このコロナ禍で、仕事が忙しくなってきているのが、弁護士だと聞きました。意外ですよね。その理由は、人がヒマになったために、昔の辛かった記憶や、(なんで自分だけあんなことをされたのだろうか、言われたままだったのだろうか)、などという悔しさが自分の中でぶり返し始め、それにケリをつけたくなって来るからだと。ま、決着をつけたくなるらしいんですね。忙しいうちは、毎日それどころじゃないから、ノーマルに過ぎて行けたことが、自分を振り返る時間ができたことで、かえってよみがえるという。(2021.9.24夕刊)
2021.11.1