「間質性肺炎(肺線維症)の診断と経過=“ヘルペス”と“鳥アレルギー”= 」
71歳男性 2017年7月
71歳男性 2017年7月
1.松本漢方クリニックを受診するまで
私は2016年8月に大学病院で「上肺野優位型肺線維症」と言われました。
(大学病院では、その後の検査で「慢性鳥関連過敏性肺炎」と診断されました。)
「咳」が長年続いていたので、2016年6月に、以前テレビで紹介されていた呼吸器専門クリニックを受診したのですが、「咳」は結局、原因不明でした。
しかし、今回撮ったCTで、数年前のものと比較して肺の繊維化が明らかに進んでいること、血液検査でKL-6は342で正常でしたがSP-Dが251と基準値110以下をかなり超えていたこと、が判明。
ここで“軽度の間質性肺炎疑い”とされ、大学病院を紹介されたのです。
一部が繊維化した肺のCTを確認し、血液検査報告書の余白に先生が「特発肺炎-2.5年」と書きましたが、その時にはその意味は分かりませんでした。
診察を受けてからようやく、ネットで“間質性肺炎”を調べはじめ、「特発性間質性肺炎:IIPs」(正確に言えば「特発性肺線維症:IPF」)は原因不明の難病で、治療方法がないとか、IPFにはステロイドも効かないとか、IPFと診断されるとそれから3年から5年で患者が死亡するなどという知識を得ました。
ただ、「間質性肺炎」というのは原因も病状も治療法も予後もそれぞれかなり違う「病気」を含んだ「概念」で、それぞれの文章に出てくる「間質性肺炎」という単語がどのような病状を示しているのか読み分けるのはほとんど不可能でした。現代医療で治療不能となれば残るのは「漢方」しかありません。調べてみると、漢方薬の宣伝は多くあり、が下がった、呼吸が楽になったなどの「声」もたくさん出ていました。
大学病院の、漢方科を調べましたが、ホームページで見る限り、“漢方で間質性肺炎を治療する”と書いてあるところは一つもありませんでした。
ネットであれこれ探してみて、漢方のクリニックで、『これは!』と思ったのは2つありました。一つは、札幌の「北大前クリニック」本間行彦先生、もう一つが高槻の「松本漢方クリニック」松本仁幸先生です。
本間先生については、著書の「漢方が効く」という本で、病気の原因についての考え方や、診断・治療の様子を知りました。
松本先生は、もちろんホームページです。まず、このホームページの内容の多さにびっくり。いわゆる「漢方」医とは違うなと思いつつ、とりあえず「間質肺炎」についての論文と「手記」で概要を掴んだつもりになっていました。
はじめに書いた通り、8月に「肺線維症」と診断され、治療法がないとか、治療をする場合はステロイド(+α)しかないとかとの知識だけは得ていたわけです。「上肺野優位型肺線維症」というのは、主としてCT画像による診断であり、肺線維症の一形態で、それが「特発性」つまり原因不明なら「診断後の平均余命3年から5年」です。
大学病院での診断ですから間違ってはいない、と考えざるを得ませんでしたが、「そうですか、それでは3年から5年で死にます」と言う訳にもいかない。やはり、何か治療法ないか、繊維化の進行を止めることはできないかと考えました。そこで「漢方」と考えたわけですが、札幌までは遠いし、航空券も高額。高槻ならば私のふるさとにも近い、とりあえず松本先生に見ていただくことにしようということで2016年9月7日に、初めての診察を受けました。
以下が、その時に提出した問診票です。青字は今回書き入れた注釈。併せて、これまでに撮った肺のCTのDVD-Rを提出しました。
問診票 氏名70歳
①症状についてお聞かせください。
(1)軽い運動をした時や、階段を上った時に、相当息切れがする。
2016年9月に肺機能検査をしています.1秒量(L)は2.38、予測値の70%肺活量は2.53L(予測値の70%)です。肺年齢は95歳以上。
2012年の10月の検査では、1秒量(L)は2.24で、予測値の70%。肺活量は3.13L(予測値の80%)。肺年齢は95歳以上。
1秒量では2016年のほうが僅かに上ですが、肺活量は4年間で0.60L、年平均0.15L減っています。
→●●大学病院で進行性の間質性肺炎・肺繊維症と診断されている。
受診のメインはこれです。最終診断は「慢性鳥関連性過敏性肺炎」です。
(2)いつも痰がのどに絡んだような感じで、呼吸が引っかかるようで不快。
しゃべる時、深い息をした時に咳がつまることが多い。これも辛い症状です。
(3)4年ほど前から、食道炎がある。年一回胃カメラで経過観察中悪化はしていない。
(4)夜間の頻尿(毎晩ほぼ3回程度)。前立腺肥大と言われている。現在薬は飲んでいない。(5)花粉症で、10年来毎年2~4月の3か月アレグラを飲んでいる。このためか、症状は出ない。
17年にはアレグラを飲まなかったのですが不思議なことに症状は出ませんでした。
●いつも疲れている感じである。
●胃が固くなったような感じで食欲がない。
②症状の経過
1.上記(1)間質性肺炎に関して
(1)自覚症状としては、2014年ごろから運動をしたり、笛を吹いたりしたときに息が苦しくなるようになった。この1年ぐらいで、階段を上った時の息苦しさが、相当強くなった。(2012年4月に8mmほどの“肺がんもどき”の摘出手術をしている)
(2)健診等で撮影した肺のCTを見ると(診察医師の説明)
①2011年12月時点で、わずかに肺線維症の兆候が見られる。
②2014年10月と2016年現在の状態を比較しても、繊維化の病状
が進行しつつある。
下の写真が肺上部の病状のCT写真です。2011年12月のものは翌年4月に肺がんもどきの手術をする直前の写真ですが、手術をした「がんセンター」では「間質性肺炎」については何も聞かされませんでした。この程度では呼吸器外科医も見落とすということでしょうか??癌は下肺で下からから上肺は見なかったのかも?
(3)別添資料
○肺CT検査報告書+写真(2016年6月)
○肺機能検査(2012年2016年)
○血液検査(2016年6月同年7月)
○アレルギー検査(2015年)
2.上記(2)咳について
(1)肺がんもどき手術後2012年夏ごろから、食べてしゃべると咳が出るようになり、年を追うごとに症状が重くなり、痰が絡むようになり、現在の症状に至っている。
(2)各種検査をしたが、喘息・咳喘息、結核など肺の症状はない。CTで診ると副鼻腔炎はない。との診断で、現在逆流性食道炎を疑って、薬を飲んで調査中。
2017年になって原因の候補が見つかったが、詳細は後述
③過去の治療内容
1.上記(1)間質性肺炎に関して
現在、原因の調査中で治療は全くしていない。今月、2週間ていどの抗原隔離入院の予定。
抗原隔離入院:日常生活の環境の中にアレルギーの原因物質(抗原)があって、これが原因で過敏性(アレルギー)肺炎を起こしていないかを調べるため、患者を病院内に隔離して、アレルギー反応の状況を調査する。
9月16日から30日まで入院。気管支肺胞洗浄検査、呼吸機能検査、6分間歩行での酸素飽和度検査、血液検査(鳥関連抗体の検査)を含む、などを行った。結果は「陽性」=生活環境内にアレルゲンがあり=とされました。
あわせて、2014年にガンセンターで切除した標本を取り寄せて、大学病院での病理検査も行われた。診断は「過敏性肺炎として矛盾しない」とされました。
2.その他の病歴
○1990年ごろ肺気胸、片肺が完全につぶれた。
1週間ほど入院自然治癒
○2002年4月好酸球肺炎重症プレドニンで治療1か月入院同年9月再発軽症合計1年ほどプレドニン服用以降再発はしていない。
○2011年左心房細動カテーテルアブレーション手術。以降症状は出ていない
○2012年4月“肺がんもどき”切除(左下部肺の一部)
子供のころから胃腸が弱く、風もよく引くし、湿疹・おできなどもよく出来ました。
肩こり・倦怠感・などしょっちゅうで、50歳初めには中程度の「うつ病」にもなりました。特に「肺」は鬼門です。
④院長に伝えておきたいことを詳しく書いてください。
●間質性肺炎に関して松本先生を受診することを、大学病院の先生には話していません。大学病院の治療方針が示されたとき、経過観察であればとりあえずはよいが、「進行を遅らせるために、ステロイドと免疫抑制剤の投与を」と言われたときに、自分がどのような選択ができるのか、悩んでいます。これが結構つらい症状です。
結果的には、大学病院では「過敏性肺炎」の治療は一切していません。1か月から3か月に1度、レントゲンと血液検査をして、経過を見ている状態で、現在は(後述しますが)誤嚥性肺炎をどう避けるかが私の緊急課題となっています。
●「完治」は無理でも、何としても進行を止められるよう、お力をお貸しください。よろしくお願い申し上げます。
●咳、花粉症、夜間頻尿、食道炎などもご配慮いただけるとありがたいです。
<問診票は以上です>
2.ヘルペス性間質性肺炎=松本先生の診断と処方=
2016年9月7日夕方5時の予約で、まず、鍼灸の施術をして、免疫を高めるためのお灸の仕方を教えてもらう。
そして、先生の診断。提出した資料に目を通し、私の言い分を聞いて頂いたあとで「ヘルペスだな。」との診断。いわゆる問診だけの診断で、少々おどきました。
先生は、次のように言われています(下線は筆者)。
≪病気を診断するために、中国医学では4つの診断の手がかりである、望(ぼう)・聞(ぶん)・問(もん)・切(せつ)を用いて行いました。望診は医者の視覚を通して行い、聞診は医者の聴覚と嗅覚を通じて行い、問診は医者の問いかけに対する患者の応答によって行い、最後の切診は指や手のひらの触覚を通じて行うものです。
私は30年前にはこの四診をやっていたのですが、そのうちに病気は病気の原因を知ることが一番大事だということが分かり、いつの間にか問診以外はやらなくなりました。四診を全てやったところで病気の原因を突き止めることができないからです。
もちろん問診は充分に病気の原因が分かるまでやり続けております。今では問診だけで病気を治すことができるようになりました。というよりも、病気を患者さんに治させることができるようになりました。いつも言っているように、病気を治すのは患者の免疫であり、現代文明の病気の原因は、化学物質とヘルペスと風邪と成人病、つまり贅沢が作った病気と、老化による後天的遺伝子病である癌と、生まれつきの遺伝子病しかないということが分かり、無駄な四診をする必要がなくなってしまいました。必ずやるのは問診だけです。≫
≪いつも書いているように、現代文明に残された最後の病気の2大原因はヘルペスと化学物質であり、病気の症状はこれら二つの原因と免疫が戦っているときに見られる現象にすぎないことが分かっているので、ヘルペスには抗ウイルス剤を出し、敵が化学物質であるときには漢方や鍼灸で免疫を上げ続ければ、最後は患者の免疫がその化学物質と共存してくれるのです。≫
≪言うまでもなく、心の異物と戦う人は心の病にかかりますが、これも精神の薬で治すことはできません。心の異物が何であるかを見極め、それを除去することができない限り精神の病は治すことはできません。除去できなければ心の異物を受け入れるか、諦めるかのどちらかしかありません。≫
その時の説明は(私の勉強不足のせいで)よく解らなかったのですが、その後の電話や診察で説明されたり、先生の論文を読んだりしてから思い返しいてみると概ね次のようなご説明でした。
“2002年の好酸球性肺炎の治療で、ステロイドを大量に使用したため、免疫が壊され、ヘルペスウイルスが肺の間質などで増殖した。その後、免疫が回復して、ヘルペスウイルスと戦ってきた。”“肺の繊維化と言われているものは、組織が修復されたあとのものだ。”“ただ、間質性肺炎でKL-6が正常(368)で、SP-Dが高い(245)というのは、経験がない。どういうことなのか研究課題だ。““体調の不良もヘルペスによるものだ。”そして検査のための血液採取。
最後に、“解らないことがあったら、何でも質問しなさい。すべて、答えてあげる”と言われました。が、もちろん質問できる準備は全くありませんでした。
このときに処方されたのは、抗ヘルペス剤のアシクロビル400mg1日当たり(4回×4錠で)16錠と症状として出ている咳対策プラス免疫増進のための、神秘蕩と清肺湯の(濃厚分=健保対象外=を含めた)煎じ薬、各2週間分です。
自己負担分のお薬代だけで約2万7千円。
“これは覚悟がいる”と腹に堪えました。
1週間後に電話で、血液検査結果をお聞きしました。
●リンパ球:23%⇒低い免疫力弱い
●コルチゾール、ATCH:正常⇒ストレス特になし
●TACR:894(基準値450未満)⇒アトピーの炎症の強さを示すらしいが、炎症症状はどこにも出ていない
●非特異的IgE:187⇒正常値170以下
●特異的IgE:スギは特大、ヒノキ・ハウスダスト・ダニに反応あり総じて、相当のアレルギー体質だということのようです。
そして、メインのヘルペスウイルスIgG(EIA価)は
●水泡帯状ヘルペス:15.8(基準値2.0未満)
●EBウイルス:7.1(基準値0.5未満)
●サイトメガウイルス:54.8(基準値2.0未満)
この結果には、驚きました。一つは私の体内でヘルペスが大量に増殖した(している?)こと。もう一つは、松本先生が血液検査の結果も診ずにヘルペスを見抜いていたこと。この検査はウイルスそのものを調べたものでは無いのですが、EBウイルスが起こす恐怖の「CAEBV」など、ヘルペスウイルスについて全く無知であった私は“恐れ入りました”という次第でしたが、正しい「反応」ではありました。
ヘルペスウイルスと間質性肺炎に関しては、については、松本先生はつぎのように説明されています。
≪ここで本邦初公開の間質性肺炎の新たなる原因について述べましょう。8種類のヘルペスウイルスによって起こされるあらゆる病気について勉強してわかったことですが、なんと4番目のヘルペスウイルスであるEBウイルスによる間質性肺炎があることがわかったのです。さらに5番目のヘルペスウイルスであるサイトメガロウイルスも間質性肺炎を起こすことがわかりました。にもかかわらず、なぜ間質性肺炎の専門家である人たちが原因のわからない特発性間質性肺炎という病名を持ち出すのでしょうか?≫
ネットで調べてみたのですが、臓器移植後やHIVなどでサイトメガウイルスによる間質性肺炎があると書かれています。免疫ゼロ状態です。
けれども、2004年発行の大変権威のありそうな『特発性間質性肺炎の診断・治療ガイドライン』(日本呼吸器学会びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会厚生労働科学研究特定疾患対策事業びまん性肺疾患研究班)にも、ヘルペスの文字は見当たりませんし、その他の解説などで間質性肺炎=IPFの原因としてヘルペスウイルスを書いてあるものはごくわずかです。(“びまん”とは広範囲のという意味ですから“びまん性肺疾患”とは肺の全体で生じているという意味です。狭義では「間質性肺炎」のことのようです。)
そこで、しつこく調べてみると『特発性間質性肺炎におけるEpstein-Barrウイルスの関与についての検討』(浜松医科大学千田金吾、佐藤篤彦)『特発性間質性肺炎とEpsten-Barrウイルスの関与についての検討』(山田和人)があり、“IPFにおけるEBVの病態的関与を示すものと思われた。”(千田)“本研究結果から、IPFの肺組織では健常肺に比較してEBVが有意に検出されており、このことはIPFの原因としてのEBVの関与を強く示唆するものである。”(山田)と結論付けている。
けれども、どうして、こういうことが本気で研究されないのかについては、松本先生の次の文章を見てください。
≪当院には日本全国から特発性間質性肺炎という病名をつけられて来院される人がたくさんいます。しかしながらEBウイルス性間質性肺炎という病名や、サイトメガロウイルス(CMV)性間質性肺炎という病名をつけられて来院された人は誰一人としておられません。なぜでしょう?みなさん疑問に思われませんか?≫
私は、大学病院の先生(この方は過敏性肺炎を専門として研究されている)に、松本漢方クリニックでの11月のヘルペス検査の結果(BEウイルスIgG=6.4、サイトメガウイルスIgG=250.0AU/mL)をみてもらい、私の肺炎はヘルペスと関連していませんか?と質問しました。先生はサイトメガウイルス値の高さにおどろいていましたが、「あなたの場合は“特発性”ではなく、過敏性肺炎だから、ヘルペスは考えなくてもいい」というお答えでした。
「特発性ではなく」と言われたのは、「特発性」であればヘルペスの可能性を否定できないということだと、私は思っています。さらに言えば慢性の過敏性肺は抗原に接しなくても肺の繊維化が進むと言われていますから、そうなるともうそれは「特発性」であり、ヘルペス性の可能性も結構高いのでは・・と想像が膨らみます。
というようなお話を松本先生にしたところ、「彼らも、ヘルペス性を知っているのだが、大っぴらに言い出せないのだ」とのことでした。
“なぜか”が次に書かれています。
≪それに対する答えはただ一つ、資本主義医療のためです。私が常々言っていますように、現代文明の病気の原因はたったふたつしかありません。8つのヘルペスの仲間と化学物質であります。この2つの原因によってもたらされる現代の病気はアレルギーと膠原病、それとヘルペスによる様々な原因不明の難病だけであります。しかもアレルギーと膠原病と原因不明の難病はすべてつながっているのです。
なぜならば、アレルギーを治療と称して免疫を抑え続けると膠原病となり、しかも免疫を抑え続けている間に8つのヘルペスの仲間たちが人体のあらゆる細胞に増え続けるものですから、まさに医者と免疫を抑える薬を作る製薬メーカーが病気を作っていることを認めざるを得なくなるからです。
なんと恐ろしい真実でしょうか???このような真実を語っているのは世界で私しかいません。もちろん世界中には医者が何千万人といるのですが、たった一人の死に損ないのクソジジイが語る真実を無視すればなんの痛痒も感ずることはないのです。世界中の誰もが知らない真実を語り続ける私はひょっとしたら天才ペテン師か、キチガイか、ノーベル賞を超えた天才かもしれませんね、ワッハッハ!
私は100%臨床家ですから、患者の病気を治すことが使命であります。従って、どうしても病気をなんとか治すための臨床的な話が中心になります。ところが病気とは、人体にエプシュタイン・バール・ウイルス(EBV)やサイトメガロウイルス(CMV)などの病原体(異物)が侵入した時に、人体の免疫が戦って殺そうとした時に生じるものですから、まず自分の武器である免疫を完全に理解すると同時に、敵であるEBVやCMVのすべてを知る必要があります。だからこそ私は免疫を毎日勉強すると同時に、間質性肺炎を起こすと考えられるEBVやCMVの本体についてできる限り理解した後で、皆さんに分かりやすく述べようとしているのです。
以前から私は、膠原病の原因は化学物質であると言い続けてきました。と同時にヘルペスウイルスが膠原病に関わりがあるということも示唆してきたのですが、やっと膠原病のひとつである間質性肺炎の原因となっているEBVとCMVについて語る時がきました。
まずEBウイルス(EBV)とはなんぞや、から話をしましょう。当然サイトメガロウイルス(CMV)についても述べるつもりですが、EBウイルス感染症とサイトメガロウイルス感染症との鑑別は臨床的にはほとんど不可能である上に、一般の血液検査のデータからも鑑別はできないのです。
EBVもCMVも全ての人が感染しているのです。従ってEBVやCMVに対する抗体を調べても何の意味もないのです。しかも抗体検査は血中にある抗体を調べているだけですから、神経細胞をはじめとする多種多様な細胞に隠れているEBVやCMVの量を調べることは不可能です。ましてや、EBVやCMVによって細胞が崩壊していることも調べることは不可能です。≫
≪従って、間質性肺炎がEBVによるものかCMVによるものかを診断できるのは、アシクロビル投与によってしかありません。つまり現在用いられている唯一の抗ヘルペス剤であるアシクロビルはCMVにはほとんどきかないので、アシクロビルを投与しているうちにKL-6が改善していけば、EBVによる間質性肺炎だと診断できるのです。このような診断の仕方を治療診断といいます。≫
アシクロビルを処方されたのは、こういう意味がありした。
“「間質性肺炎」という病気”については、煩雑になるので引用をしませんが、松本先生の「論文」に詳しく書かれていますので、下図も参考にしてください。
また、「やさしイイ呼吸器教室」で検索すると滋賀医科大学の長尾大志先生によるレジデントのための間質性肺炎の解説があります。簡潔に整理されていますので、これもお勧めします。
3.その後病状の変化
松本先生には2週間に一度電話をして薬を処方していただきました。アシクロビル16錠/日、と漢方煎じ薬。これを2016年10月の初めから、2017年6月まで8か月半続けました。
正確には煎じ薬は5月の中頃に自分で中止、アシクロビルは、6月16日にお会いして診察を受けたときに、血液検査の結果をみて先生が「当面終了」を宣言されました。
このときのKL-6:394(500以下)SP-D:318(110以下)EBウイルスIgG:6.6(0.5未満)でした。
間質性肺炎のマーカーとして最も信頼度が高く、診断に不可欠なものとしてKL-6が用いられます。“KL-6とはなにか”については、松本先生の論文を読んでいただくとして、『KL-6値が表わす意味とレントゲン画像の関係について』ネットに漢方医による簡単な説明がありましたので引用します。これは私の理解にほぼ同じです。
<以下引用>
KL-6値については435~500以下が正常値とお考え下さい。
...KL-6値は、進行のスピードの速さを表しています。
4000台以上・・・猛スピードで進行している。急性増悪傾向。
入院してパルス療法が必要な状態。
2000~3000台・・・高速並に進行している。
1000台・・・普通の速度で進行している。
500~1000・・僅かながら進行している。
500以下・・・進行は止まっている。
この病気は進行性で現代の医学では、一旦、線維化してしまった部分は元の正常な肺には戻せません。よってすでに線維化している(健康な肺が小さくなっている)ことによる咳や息苦しさが著しく改善されることは難しいのです。
漢方治療の目的は、進行(炎症)のスピードを弱め(KL-6値を下げていく)、さらに正常値500以下にもっていく(進行を止める)ことです。
前回よりも数値が下がっても(進行の速度が弱まっても)500以上の場合は炎症がずっと続いている、すなわち進行がまだ止まっていませんのでCTレントゲン画像には線維化が増えるということになります。
また進行が止まっても、CTレントゲン画像にはすでに線維化した部分が白く写ります。進行が止まれば(また落ち着いている)、線維化した映像は前回と変わらないか改善されるということになります。
線維化の%や部位などにもよりますが、それによる咳や息苦しさは残ります。
線維化の%が大きいほど、使っている健康な肺が小さいので息苦しくなります。
検査数値の改善は非常に治療の励みになりますが、KL-6値は、検査時に風邪を引いていたり、体力が落ちていたりなどにも多少左右されることも含めて考えなければなりません。
<引用以上>
私のKL-6は、2016年6月に342、7月から12月までは(アシクロビルを飲み始めたのは10月)301~394の間にあります。この間、炎症や繊維化の進行はなかったとみられます。
1月には、776に上がっています。12月に検査をしていないので、いつから上がったのかは判然としませんが、その後は月ごとに低下して2月に665、3月:538、4月:477、5月:394となりました。
何が起きたのか??大学病院では「冬になると上がることがあります。」という説明。松本先生は「冬になると副交感神経が優位になって免疫力が上がり、ヘルペスと戦った結果だ。」と言われました。
一方、SP-Dは、基準が110未満に対して、16年10月と17年3・4月に170から180まで下がったほかは245から357と高い値が続いています。
KL-6が正常で、SP-Dが高いというのは、どういうことかは、クリニックでも大学病院でも質問しました。
答えは「そういこともあります。」というだけでした。もちろん「KL-6」や「SP-D」が“どういうものなのか”の説明もありませんでした。
(「SP-D」については松本先生の論文「間質性肺炎について」に補体の仲間だとの説明があります。あわせて肺の繊維化で固くなっている肺胞などを膨らませようと界面活性作用のあるSP-Dが大量に産生されている所為ではないかというのが、松本先生の説明であったと思っています。)
なお、2016年6月と17年2月のCTを比べてみると、ほとんどその差がないように見えます。(大学病院では「わずかに進んでいるかな??」でした。)
2016年12月の後半から、息切れが強まっています。ピーク時は布団の上げ下ろしや掃除機をかけるなどをした時にも息苦しさを結構感じていました。(今はそこまでのことはありませんが、1年前と比べると相当息苦しさが強まっています)このころから、誤嚥性肺炎をくりかえしたり、小さな気胸が生じたり、少量ですが胸水などを発症しています。レントゲン特に左の肺がやや白っぽい状態ですので、このことが原因である可能性もあります。
そのほか、気になる変化としては
①もともと低かったリンパ球の割合が1月以降さらに下がっていること。
大学病院の先生は、何の指摘もされません。(「血液検査の推移」表を参照)松本先生は、「どうしたんだ?」といつも心配して、「ストレスが一番の敵だ!」と助言をいただいています。免疫力のアップに関しては、ネットやテレビなどでも様々な情報が飛び交い、目移りばかりしておりますが、今ほぼ毎日続けているのは“リンゴとニンジンのジュース”を飲むことと福田稔先生の提唱している経絡療法の「爪もみ」=爪の付け根の井穴というツボの刺激です。が、残念ながら身に見える効果は出ていません。ほとんどなにをやっても効果が見えないのは、やはり「ストレス」でステロイドの出し過ぎ状態なのかと考えざるを得ません。また、好酸球が多いのも気になるところです。
②それまで便秘気味だったものが16年10月ごろからは逆に下痢気味状態になったこと。
③62kgあった体重(身長は173cm)が9月以降月ごとに1kgずつ減って4月には54~55kgになったこと。4月以降、ほぼ55kg~54kgですが、ほとんど「骨格標本」状態です。
4.アシクロビル服用の終了
松本先生には、2016年11月17日にお会いして診察を受けたときに、アシクロビルの効果を判断するのは時期尚早とのことでしたが、同時に「君には、重篤なものは何もない。心配はいらないよ。」とも言われました、
2017年の4月には、電話で「16錠か?」と少し迷っておられるような口ぶりもありましたが、少し用心をされたのかもしれません。
2017年6月16日に診察していただいたときに、「これで当面アシクロビルは中止にしよう」と言われました。
一定期間アシクロビルを飲んでヘルペスを押さえてきたことで、当面ヘルペスにやられることはなかろうとのご判断であったと考えています。
アシクロビルの服用(私の場合特に多いということでもないようですが)は、年金生活の身には負担も大きいので二重に“ほっ”としています。
ヘルペスは調べれば調べるほど「恐ろしい」。然し、ヘルペス対策としてアシクロビルの“大量”投与で患者を見守り、病気を治してきた医者は、世界でただ一人、松本先生だけ。
この先生が判断されのですから、先生の「君は間質性肺炎で死ぬことはないよ」を信じて、気持ちを楽に持って過ごしてゆきたいと思っています。
=私の『松本先生語録」=
先生は、電話をするといつも「君は、間質性肺炎で死ぬことはない。KL-6が2千とかになったら“死ぬぞ”と教えてあげるよ」と励ましてくれました。
リンパ球の割合が低いことも心配していただき「離婚でもしたか」とか「愛人でも作ったのか」と・・・・。いつも、「ストレスはないか?」「ストレスでステロイドを出しすぎてはいけないぞ」とご注意をいただきました。
私が、毎月通わなければだめですか?とお聞きした時には、「医者はどこにいるんだ?君の体にいる。体の中の免疫だろう。それを大事することが何より大事!3か月に1度ぐらいでよろしい。」
極め付きは、「70歳を過ぎて、この世でやることはもう無いんだろう?!いつ死んでもいいじゃないか。この病気が最大のストレスがだというなら、病気のことなんか忘れて居ればいいさ。」
≪人間は生まれたときに原癌遺伝子という遺伝子を与えられ、老いて最後は癌の遺伝子になって、癌で死ぬべく神によってプログラムされているのです。それは生まれた時に既に死ぬことを決められているのです。≫
≪生命の設計図である遺伝子の中に、死の設計図まで組み込まれているなどというのは、まさに生物学的には生と死とは同じ意味しかないと考えられます。神いわく「人として責任を果たせばこの世から去るべき」と宣告しているようなものです。別の見方をすれば、私たちは必殺の癌で死ぬ前に、後悔をしなくて良いような人生を日々送らねばならないという意味でもあるのです。
私が忙しいさなかにこのようなコメントを書くのも、私の責任は医療における真実を全ての人に知ってもらいたいという医者としての責任を感じているからです。私の医療が後継者に受け継がれるまでは出来る限り癌にならないように、タバコを吸わない、肥えない、ストレスをかけない、免疫を抑えない、規則正しい生活をする、邪悪な心をできる限り少なくする、などの努力は今後も続けるつもりです。≫
(松本先生の論文から下線は筆者)
松本先生には病気治療だけでなく、自分の病気や治療方法などについて、ともかくも勉強をしろ(私は“無知蒙昧”なのだ)ということや、「生き方・死に方」までのご指導いただいています。
私にとっては「先生」というより齢70にして得た「生き方の師匠」であります。先生には、ますますお元気で長生きをしていただかねばなりません。
これで、松本先生の診断・治療のご報告は(とりあえず)終わりです。次は、大学病院で診断された「過敏性肺炎」についてと、少し「誤嚥性肺炎」についてです。