「ヘルペス・虹彩炎・ブドウ膜炎手記 」
41歳男性2015年2月15日
41歳男性2015年2月15日
元来健康で病気らしい病気を殆どしない私の右眼に異変が起きました。最初は軽い充血で,ほっておけば治るだろうと気にしていなかったのですが、数日すると異常な充血になり、さらに数日すると目の表面が辛い感じがして涙が出るようになりました。それでもゴミかバイ菌が入ったのだろうと思っていたのですが、段々視界にもやがかかり見えにくくなり、鏡で見てもゴミも見つからないし数日しても治らなかったため(一度治まりかけたのですが翌日には戻ってしまいました)、そして無意識に目を閉じるようになってしまったため、近所の眼科を受診しました。そこで虹彩炎と診断されました。原因は糖尿病など他の病気があるか自己免疫疾患(遺伝で白血球の型がある種の型を持っている男性が多い)、そして原因不明も3割くらいあるといわれました。
仕事のストレスで少し疲れは溜まることもあったものの、結構食事にも気を使い、運動もしていましたし、会社の健康診断で異常が出たことも殆ど無かった私が病気になるとは思わなかったので、それでも数日すれば治るだろうと思い、処方箋も薬局に出さず薬も使わずにいるつもりでした。が翌日になっても治らずその翌日には症状が強くなりました。薬は使いたくなかったのですが、治らなかったし、内服薬でなく目薬だからいいか、ということで目薬を使い始めました。(松本先生に詳しくは話せなかったのですが私は薬を一切飲まない主義でした。話すと長いのですが幼少のころ喘息のけがあると言われていて、薬を常時服用することはありませんでしたが、風邪をこじらすとひどく咳込むことがありました。そうなっていた時に母が心配して、たまたま何かで電話番号を知り電話をしてある人に私を見せに行ったのが、長岡式酵素玄米の長岡先生でした。私のために新潟から埼玉の支店(?)にまで来て下さった長岡先生は、「薬を使って治したのでは他力で治している、意味がない、またなる。自力で治せるようにならないと」、と話をしてくれ、長岡式玄米を勧めてくれました。ジャーに入れて電源を入れればいい白米と違い、圧力鍋を使い火の強さを数回調節する長岡式玄米は炊くのに手間暇がかかり相当大変だったと思いますが、母は偉大で私のために必死で取り組み始めてくれました。末っ子の私を含む4人の子供の子育て、父が営む自営業で働く母は本当に凄い仕事量でした。Thanks Mom.長岡先生の言われていた好転反応(体内に貯まった悪いものが外に出る時に出る反応。時には凄い強い苦しさも伴う)がきつい晩もありましたが喘息のけが数か月で治りました。その後は絶好調も絶好調、学校を休むことはもちろん風邪をひくことも殆どありませんでした。それ以降、薬は服用しませんでした。
ただ私の職業は薬剤師です。何年も浪人し医学部に入れず薬学部に入りました。製薬メーカーを嫌う松本先生にも怒鳴られましたがある意味偽善者と言われてもしょうがありません。近所の眼科医から出た目薬はステロイドと抗生物質と散瞳薬でした。ステロイドで炎症を抑え、ステロイドで免疫を落としているので感染予防で抗生物質、炎症が起きているので虹彩がくっついてしまわないように散瞳薬という処方でした。多少、目の表面の辛さは治まったものの数日では殆ど変わりませんでした。そしてネットで虹彩炎を調べていくうちにちょっとこれはやばいかもという考えが頭をもたげてきました。原田病、急性前部ブドウ膜炎などに行き当たり、中にはなぜ難病指定にならないのかなんていう意見もありました。健康な自分がこんな病気になるとは思えない、そして思いたくありませんでしたが、少し「あれ、もしかして」という気になってきました。何件か眼科のホームページを見ましたが、原因ははっきりわからず、治療は「ステロイドを~~」ばかりで口すぼみで、この病気はこうだからこう、そしてこうだからこう、という説明をしているところはありませんでした。(ただ1,2件だけヘルペスを原因の一つに挙げているところもありました。)ステロイドでとりあえず表面だけ抑えてもまたなるだろうし、元から薬は使いたくないし、この病気はこうだからこう、だからこうする、と言って、ばっちり治したことがあるという病院はないものだろうかと思ってネットを見ていると、ありました。松本漢方クリニックの患者さんの手記が出ていました。他の記事ではまずない、私の求めていたものがありました。
ここにいけば表面だけでなくしっかり治るかもしれないというところにぶち当たりました。他の病気の手記や松本先生の論文もいくつか目を通しましたが、全部完全に1本のしっかりしたものが通っていると感じました。完全に理屈が通っていると。この人は凄い、根拠のない自信をちらつかせた若造の戯言ではなく、完全に勉強しきって解明しきっている、と感じました。眼科から出たステロイド点眼などをやめました。強く症状が出てから10日あまりでしたが朝4時に起きて埼玉から新幹線で母と大阪に行きました。9時半開院のところ9時10分に着きましたが既に患者さんで混んでいました。漢方薬独特の匂いのする医院で松本先生のかすれていながら大きい声が待合室にも聞こえてきていました。1時間は待ちましたが新患だったからか私の番が予想よりも早く来てその偉大な先生にお目見えとなりました。他の患者さんの手記にあったような短気で口が悪く、時には怒り出すという怖い感じは全くなく気さくに、先生は「あ、どうぞ、よろしくおねがいします」と席を勧めてくれました。眼を診てもらうことが目的だったのでどう言われようと構わない覚悟で行きましたが、予想外の気さくなおじさんでした。
私の眼を見ても何も変わらず、最初に「どうしたのですか?あ、虹彩炎ね。虹彩炎というのはブドウ膜炎~」と言った後は、世の中のこと、政治的なこと、医学界のこと色んなことを話して下さいました。正直、あそこで松本先生がお話して下さった中の90%は眼のこと以外のことでした。どれも興味深いことばかりでしたが。恐らく、一目みただけで、「あ、あれね。」と診断、治療薬は決まっていたのでしょう。凄いパワーで圧倒されて、聞きたいこと全部は聞けませんでしたが、最も聞きたかった質問をさせていただいて答えていただいて、治るかも、と安心することが出来ました。松本先生は専門用語を分かりやすくこういうものだと話して下さいます。はしょることなく1から一つ一つ全部説明することが出来ます。全く逃げることなく全部説明することが出来ます。当たり前ですが中途半端な理解の私とは完全にレベルが違い過ぎてついていけない話までして下さいました。本当に勉強しきって把握しきっていないと出来ないことです。「職業は何をしてらっしゃるのですか?」と聞かれ「薬剤師です。」と答えたら「どあほ」「ど突くぞ」「お前は偽善者だ」「帰れ」と言われたりしましたが、松本先生は人が好きなタイプです。怒っても愛のある怒り方だったので全く問題ありませんでした。他の患者さんの手記を見て怖がっている人は安心して下さい。愛のある人です。問題ないです。人生の大先輩に失礼なのですが、優しい強い男です。少ししたら穏やかに戻り最後は握手までして下さいました。もし何かあったら電話しろと携帯の番号まで教えて下さいました。電話対応もなさっていて患者さんからの電話がひっきりなしにかかって来るのですがどの患者さんにもしっかりと対応なさってらっしゃいました。あの量の対応をしてもイライラしたり、やっつけ仕事をこなしたりすることはまずないです。私は1社会人としても見習わなければとも感じました。診断後、漢方薬と抗ヘルペス薬が出ましたが、私は薬剤師ですが自分では薬は一切飲まないので抗ヘルペス薬は飲みたくないと松本先生に言っていたのを、恐らく婦長さんだと思うのですが聞いていたようで、診察後、血液検査の採血時にさりげなく「でもねー、ヘルペスのお薬飲むと体が楽になるんですよ」と教えて下さいました。さりげなくでしたが、言い方と絶妙なタイミングに感銘を受けたのを覚えています。この婦長さんは待合室で患者さんが待っている時も、体温計を渡しに来る時に患者の一人一人に声をかけていらっしゃったのも覚えています。私は病院勤務の経験もあるので婦長をやる方はかなりの人格者の方が多いのを身をもって知っていますがこの方もかなりの方だなと思いました。
松本先生の名声が響き渡っていますが、婦長さんはじめ他の看護師の方、受付の方も含めて全部で松本漢方クリニックですね。日曜日までやっていらっしゃるので遠隔地の人も行ける配慮にも感謝します。眼の症状がでるしばらく前に耳鳴りが急にし始めたのを覚えています。本当です。松本先生の理論に出会う前だったので、疲れているんだなとは思いましたが、あれがヘルペスの症状(回復した免疫が増殖したヘルペスを見つけて戦って炎症を起こしている)だとはその時は思いもしませんでした。その少し前に溜まった仕事をこなす日々があり疲れきることがありました。あれで自分の体内からステロイドが出て免疫が下がったと思われます。今となれば松本理論がそのままあてはまります。松本漢方クリニックと近くの薬局で漢方薬と抗ヘルペス薬をもらって帰りましたが、松本漢方クリニックを訪れる前日からまたよくなり始めていたので、あわよくばこのまま治るのでは?と思い、そして相変わらず西洋薬の抗ヘルペス薬は飲みたくなかったのでねばって2日間服用しませんでした。治らなかったら服用しよう、と。ですがやはり治らなかったので遂に漢方薬と抗ヘルペス薬服用しました。約30年ぶりの西洋薬でした。1週間後に松本先生に電話をした時に血液検査の抗ヘルペス抗体の値を聞きましたが124でした。基準値16未満のところがです。松本先生も「無茶苦茶な値や」とおっしゃっていました。降参でした。もう服用していましたが抗ヘルペス薬続けて飲みました。早く治るのがいいのは当たり前ですが、松本先生が「ひどいので長くかかるかもしれない」とおっしゃっていたので覚悟はしていましたが、1週間服用しても殆ど変わりはありませんでした。しかし1か月とたたぬうちにほぼ完治しました。ドンピシャでした。
松本先生に診てもらわなかったら治っていなかったかもしれません。松本先生にした最後の方の電話で治ったことを告げると「怖い病気なんて何もないんだからねー」とおっしゃっていらっしゃいました。凄いなーと思いました。医者なんかいらないんだよ、薬剤師なんかもっといらんわとも言われました。先生本当にありがとうございました。あれから兄弟、知人、にも松本漢方クリニックのことを広めています。
最後ですが、隣の部屋にいらっしゃったDrは息子様ですか?人生の大先輩に大変失礼なのですが、松本先生、先生も69歳です、お弟子さんをもっと作って松本先生の治療を受けれる患者を増やして下さい。賛同するDrは最初は少なくても必ず増えると思います。若くてまだ純粋なDrに話せば松本理論を受け継ぐDrはたくさんいると思います。大阪だけでなく九州、四国、関東、東北、北海道と拠点を増やして下さい。治る病気をもった患者さんが治るようにです。