「リウマチ 円形脱毛症完治」
匿名希望34歳2006年6月3日
まさか自分が円形脱毛症になるなんて・・・・元々髪の毛が太くてものすごく多かった私がこんな病気になるなんて思いもしませんでした。
松本先生に出会うまでの約8ヶ月間はいろいろな治療をしてもよくならず、私にとって精神的に不安定でとても辛い時期でした。病院も転々と変わり、いろんな先生と出会いましたがどの先生もなぜ円形脱毛になるのか、原因はよくわからない。一般的にはストレスだとか自己免疫疾患だとか言われているけど絶対にこれをすれば治るという治療法がないのでいろんな治療法があり、どれかやってみて効果が出ればそれを継続的にしましょうという先生ばかりでした。
先生に言われた通りの治療をしながら、私も自分なりにインターネットで調べたり、健康食品を試してみたりしましたが円形の数が増え、広がっていき、一時脱毛がとまり産毛が生えたりして治まったかに思えた時期もありましたが、また再発し脱毛がどんどんひどくなっていく一方でした。最終的には髪の毛が全部抜け落ちてしまい、かつらをかぶって生活をしていたのですが、いろんなところで今こういう人が若い人にとても増えてると聞きました。いずれも原因はよくわからないという事でしたが、松本先生が何度もおっしゃっていたように女性の脱毛はストレス以外の何ものでもないと私も今は思います。
松本先生に出会い、ただ一言「円形脱毛は絶対に治る!!漢方を飲んで血流をよくしたら絶対に治るんや!」と言われただけで、私の不安やストレスは一気に吹き飛んだのです。先生の「絶対治る!」で、90%治ったようなものです。
病院を転々としていた時はいつも「人によって効き目が…」とか「○%の人は完治するのは難しい」とか言われて益々不安になり、このまま治らなかったどうしようとそれがストレスになっていたような気がします。今、私は円形脱毛は完治し、かつらを取り、髪はのび、以前と同じように巻き髪を楽しんでいます。私と同じように円形脱毛で悩んでいる人のために、少しでも力になればと思い、自分の発病から完治までの体験を手記にまとめたいと思います。
平成14年(2002年)
5月
頭のてつぺんに1円玉ほどの脱毛を見つける。友達に指摘され、家に帰って鏡で見てビックリする。最初は、自分も意外とストレス感じてるんやあくらいであまり気にしませんでした。しかし、円形脱毛は早く治療した方が早く治ると聞いて、会社近くの皮膚科に行きましたそこでは、脱毛部分に注射をするか薬を塗るか薬を飲むか選択肢があり、私は薬を患部に塗ってもらいました。
そして家でも塗るようにと薬をもらって帰りましたが、それはステロイドではなく、緑色をした液体で血行を促す薬だと言われました。
7月
脱毛はすこしずつ広がり、会社で男の子が円形脱毛になり梅田の皮膚科に通ってよくなってると聞き同じ病院へ診察してもらいに行きました。
そこの先生はあまり難しい事を考えずに治ると信じて薬を飲みなさいと、セファランチンという血行を促す錠剤とステロイドの塗り薬をくれました。
その病院は狭い病院でしたが、患者さんが外まであふれ返り待ち時間が長く、いい病院なのかなあと思っていました。ステロイドの塗り薬はなんとなく怖くて使わず、セファランチンだけ飲んでいました。
8月
左耳の後ろにも円形脱毛を見つける。さすがに段々気になってきて焦ってきたので会社の診療所の大学病院の先生に相談に行きました。そこで、皮膚科の先生からもらっている薬を飲んでいることと、ステロイドは塗っていない事を話すともらった薬はちゃんと塗らないと治らないじゃないかと怒られました。
確かに治るどころか広がってきていたので、その日の晩から母親にステロイドの塗り薬を塗ってもらいました。そして、大学病院系の服部にある皮膚科に紹介状を書いてもらいそこに通院することになりました。そこでは、局所免疫療法と言ってかぶれを起こす薬品を塗って軽いかぶれの皮膚炎を繰り返しおこすという治療を受けセファランチンも飲んでいました。8月の終わりごろにはてつぺんの脱毛は広がり、その横にできた円形ともつながり髪を束ねていないと隠せなくなるくらいにまでひどくなっていました。
9月~11月
この時期は、健康食品もためしに飲んだりしました。
睡眠不足は脱毛によくないと聞き、なるべく規則正しい生活をこころがけ、これ以上広がらないようにと必死でした。ずつと髪の毛を髪留めで留めているせいか、頭皮が痛くて仕方ありませんでしたがこれも血行が悪くなり皮膚が硬くなっているんだなと自分で感じていました。とにかく、痛くて痛くてしかたがなく、その後には必ずその部分が脱毛していました。しかし、10月の終わり頃には脱毛が止まり産毛が生え始めこのまま治るかも!と希望の光が見えてきました。
12月
しかしそんな、思いもつかの間で、またどんどん脱毛がひどくなっていきました。
通っていた皮膚科の先生には、この治療法でよくならなければ、最終的には入院してステロイドパルス療法というのが有効かもしれないと言われました。
入院?ステロイドの点滴?点滴するのに入院しないといけないくらい強い薬なのかと、聞いたときはものすごい恐怖でした。
そんな時、会社の後輩の子に相談したら円形脱毛の専門の先生ではないけれど、アトピーとかリウマチとかを専門に診てくれて漢方で治している先生がいるので行ってみたらどうですかと松本漢方クリニックのHPを教えてくれました。
私も自分なりにいろいろ調べて円形脱毛には漢方がいいとなんとなく頭に入っていたので、とても興味深く松本漢方クリニックのHPを読みました。
しかし、毎日排水溝に溜まるものすごい量の髪の毛を見ていると、漢方では追いつかないなと思い、通院していた皮膚科の先生に勧められる通り大学病院に10日間ほど入院しステロイドの点滴を受ける決心をしました。
その時はすでに松本漢方クリニックのHPを見ていたので、ステロイドの恐ろしさは充分解っていたつもりではいたのですが、髪の毛が抜けていく恐怖に耐えれなくて、ステロイドの点滴をすることで脱毛が止まるのならとその治療を受けることにしたのです。先生の説明によると点滴は3日間だけ。1日500mlを3日にわけて行う。継続的にステロイドを飲むわけじゃないので体に影響はない。
ただ、このステロイドパルス療法の効き目は人によって違うのでやったからと言って絶対に治るという保証はないということでした。
ステロイドを1500mlも体に入れるということに抵抗があり、随分迷い漢方を扱っているという他の皮膚科の先生のところへも相談に行ってみましたが、この脱毛量だったら漢方では追いつかない、入院させてくれてそんな治療をしてくれる先生がいるんだったら私ならその治療を受ける。ステロイドの影響は3日間だけの点滴なのでさほど残らないというお話でした。
そこで松本漢方クリニックにも相談に行っていればよかったのですが、私も早く脱毛をストップさせたいという焦る気持ちがあったので、やはり入院して治療をうける事にしたのです。
漢方での治療はそれからでもいいかという気持ちもあったのです。
平成15年(2003年)
1月
年明け早々、部分的にウイッグをつけ脱毛部分を隠して会社にきました。
それがバレないかとハラハラして、仕事どころではなくストレスのピークとなっていました。
そして、2週目から会社を10日ほど休み大学病院に入院したのです。
しかし、その選択は大きな間違いでした。
大学病院に入院してから、血液検査、レントゲン、心電図、頭皮を切ってその細胞の検査などいろいろな検査をしましたが、円形脱毛になるような原因は何もないということでした。
今思えばそれだったらそのまま退院させてくれればよかったのに、ステロイドの点滴を受けたのです。ステロイドは興奮作用があるので、夜は寝れず睡眠薬をもらっていました。胃は痛くなり胃薬を飲み、頭痛もひどく体はむくみ、なんだか気だるく、退院してからも髪の毛は抜ける一方でした。
会社は休んでいた分、とても'忙しく残業の毎日で、睡眠不足に精神的ストレス、気が狂いそうでした。胃が痛くて先生に相談すると、ステロイドパルスの副作用として胃潰癌になることがあるので胃カメラを飲んで検査をした方がいいと言われ胃カメラも飲みました。幸いただの胃炎で安心しましたが、ステロイドの怖さを改めて知りました。
2月
かつらを被らなければ会社に行けないほど脱毛は進み、高いかつらを購入しました。意外にそのかつらは高いだけあって自然で、私は嫌で嫌で仕方なかったのですが、誰にもばれずに過ごす事ができたのでした。
そして、また大学病院に退院後始めて診察に行ったのですが、もうすっかり抜け落ちてしまった私の頭を見て脱毛の権威とか言う助教授は首をかしげて「もう一度パルス療法をしましょうか?」と言ったのです。
私はもうここでは治らないなあと思い、松本漢方クリニックにすぐに行くことに決めました。でも、もうすでにステロイドの治療を受けて免疫を抑える治療を受けた後だったので、まったく逆の免疫を高める治療をすることに少々の不安がありました。しかし、母に付いて来てもらって日曜日の朝始めて松本漢方クリニックへ行きました。
始めて松本先生にお会いして、私の第一印象は皆さん手記によく書いてらっしやるような恐怖感はあまり感じませんでした。それよりも始めにも書きましたが、「円形脱毛は絶対に治る!!漢方を飲んで血流をよくしたら絶対に治るんや!」と言って頂き、あ~これでやっと治るという嬉しさでいっぱいでした。
今までの治療の内容を聞いて、先生はとても怒っていました。
脱毛なんてストレス以外何もないのに、なんでそんな治療をするんや!と私はステロイドパルスを受けたことをとても後悔しましたが、でももうあの時点では焦る気持ちばかりでその治療が返って完治から遠ざかってると考える余裕はありませんでした。
やってしまった事をいつまでも悔やんでいても仕方ないので、松本先生を信じて前向きに頑張ろうと決心しました。
漢方をもらって、脱毛部分にお灸をするように言われて、織田先生にお灸の仕方を教わって帰りました。
3月~6月
漢方を3番煎じまで飲み、母に頭皮にお灸をしてもらっていましたが、劇的に髪の毛が生えてくる事はなく、でも少しずつ産毛が部分的に出てきていました。毎日鏡を見てはため息をつき、早く生えてきて!と,思っていました。
漢方を飲みだしてこの頃から体に異変が起こりました。まず舌がしびれ何を食べても苦く感じ、お腹や胸の辺りが赤くなって痒くなりあざのようなものができたりしました。元々胃腸が弱いのもあってか、下痢もよくしていました。が、これらの症状が出るたびに松本先生に報告していたのですが、先生はいつも大丈夫!死ぬわけじゃない!少し漢方の調合を変えてみるから様子を見なさい。とおっしゃいました。今まで病院でそのような症状を言うと、塗り薬に、胃薬、下痢止めなどすぐ薬を出されていたので、最初は戸惑い不安でしたが、本当にしばらくすると症状がよくなっていました。
大学病院へは月1回頭皮を見せに行ってましたが、劇的な変化もなくパルス療法をもう一度する事も拒否した為、また服部の個人病院で局所療法を受けるよう言われました。私はもう漢方だけで治す決心をしていたので、それから2度と大学病院の皮膚科へは行きませんでした。
7月
この頃から、朝起きた時に時々肩に激痛があり、腕を上げれないような日がありました。その痛みは2、3日で治まるので、単なる寝違えくらいに思っていました。そして、足の付け根にも歩いていて痛みを感じることがありました。これも、筋肉痛かな、くらいに思っていました。
8月
8月末くらいに首が回せないほど痛くなり、肩こりがひどく肩に鉛を乗せているような重だるい始めて経験するような痛みがありました。松本先生に相談するとかつらを被ってるから自然と力が入って凝ってるのかも知れない。
鍼をしてみなさい。と言われ始めて織田先生に鍼をして頂きました。
織田先生にかつらを被ってる事をはなし、頭皮にも鍼をして頂きました。前に円形脱毛には鍼も効果があると聞いていたので私は首の痛みより、円形脱毛に早く効いてくれたらいいなと思っていました。
織田先生に、あなたの肩、合板が入ってるみたいにカチカチやね。こんな状態でお仕事に行って偉いわね。でも、必ず治るから頑張りなさいと励まして頂き、少しでも早くよくなりたい一心で、大変でしたが毎週松本漢方クリニックに通うようになりました。鍼をした後はとても眠たくなり、時には頭痛で気分が悪くなり家に帰って吐くこともありました。
織田先生にその事を話すとそれは膜元といって、よくなる兆候だから大丈夫と言われ安心しました。
9月
9月の始め、松本先生から電話があり肝臓の数値がすごく高くなっているのでしばらく漢方を飲むのをやめるようにいわれました。自覚症状としてだるいとか熱があるとかそういうのがなかったので自分でもびっくりし、一体自分の体がどうなってしまうのか、とても不安で仕方ありませんでした。
髪の毛は少しずつは生えてきていましたが、体の異変もありこのまま漢方を飲みつづけることに不安を感じていました。先生には私の気持ちが伝わってしまい、信用できないなら他の医者に行け!と言われ余計にショックを受けてしまいました。先生にしてみれば、いろんな症例を見てこられて私のこのような症状もよくなるまでの通過点に過ぎないのかもしれないが、始めての経験ばかりの私としては本当に不安で仕方がなかったので、先生のこの言葉は見捨てられたようでとても悲しくさらに不安にさせられました。
しかし、2週間ほど漢方をやめてしばらくすると肝臓の数値はあっという間に正常範囲内に戻り、また漢方を飲むことになりました。やはり先生の言った通りだと納得し先生を信じて頑張りました。
10月~11月
関節の痛みをいろんなところで感じるようになりました。肩、ひざ、ひじ、首など痛くなってはすぐ治まり、先生に話すと、リウマチの初期症状だといわれ、とてもショックを受けました。しかもこれはステロイドの副作用だと聞いて、やはり入院しなければよかったととても後悔しました。しかし、素人の患者が医者の薦める治療に対して副作用まで予想できるのには限度があり、やはり患者も勉強し賢くならなければとんでもないことになるなと改めて思いました。
けれども大抵○○の権威とか言われている医者はこちらから質問すると面倒臭そうに答え、時には怒り出す医者さえいたりします。その点、松本先生は病気に対してわからないことを質問するとたまには「君今のいい質問や!」
と言って突然メモをしたりして、「次までに調べとくわ!」と言って「医者は患者から学ぶんや」とおっしゃっていました。
なんて素晴らしい先生なんだろうと私は感動したのを覚えています。
血液検査を受けると、リウマチ抗体が陽性とでて先生に漢方をリウマチの薬に変えるかと言われましたが、我慢できないほどの痛みではなかったので、円形脱毛のための血行を促す漢方を飲みつづけました。
12月
段々寒くなってくると、関節の痛みがひどくなり、特にひざの痛みが慢性的なってきて腕も上げられないほど痛み、絶えれなくなってきました。リウマチの漢方も円形脱毛の漢方も基本的に血行を良くする事には変わりがないということでリウマチの漢方に変えてもらい、漢方の入浴剤も出してもらいました。
お灸も痛い所に据えるよう言われ、これは泣くほどつらかったです。
平成16年(2004年)
1月~2月
髪の毛は少しずつですが、生えてきた毛は順調に伸びツルツルの部分が減ってきていました。しかし、この頃は痛みがピークで体もだるく、足の裏も痛くなり、膝は腫上り、歩くのもびっこを引いて歩き、寝てても、寝返りをうつのが痛くてできず、明け方は肩がうずいて目が覚め、寝不足のうえ、痛みもひどく本当にしんどい時期でした。
会社を辞めるかどうかも悩みましたが、頭の事は上司や親しい同僚には話していたので随分励まして頂いていたし、一生治らないなら辞めていましたが、必ず元どおりの髪になるという目標もあったので、リウマチの事はなんとか隠して本当にひどい日はお休みを頂いてなんとか出社していました。
松本先生には毎回必ず治るから頑張りなさい!と言って頂き、ただただ良くなる事を信じて漢方を飲み、お灸をしました。
しかし、お灸は本当につらく時間もかかり織田先生には何度も怒られていました。もつと真剣に取り組みなさい!あなたは病気をなめてる!やってる人は会社に持っていってお昼休みにしたりしているのよ!
とまで言われ散々叱られました。確かにやればやるほど効果が出る事もあるのですが、体力的にしんどくてできない日もあり、まして、会社でするなんて事はありえない事で、こちらとしては、少しでも鍼灸治療を受けて先生に楽にして頂こうと思っているのに、本当に心身弱っている時にそういう事を言われると気が滅入ってしまいました。しかし、織田先生も少しでも私によくなってもらいたいと思い言ってくださっているんだと思い、体調の良い日はびっしりとお灸をして、そんな時は織田先生も必ずよく頑張ったねと誉めてくださいました。
3月~4月
この頃は花粉症がひどく、今までにないくらい鼻水、くしゃみが出ていました。先生に報告すると、異物が鼻から出ているからどんどん出しなさいとおっしゃいました。先生のおっしゃる通りこの頃は痛みがマシになっていました。
膝の痛みは殆どなくなり、このまま完治するんじゃないかと思うほどでした。
滅灸治療も毎週受けていたのを、隔週で受ける事にしました。
髪の毛も順調にどんどん伸び、ツルツルの部分も頭頂部分を残してすべて埋まっていました。
気持ちも前向きになり、完治するんだという確信が持てて、松本先生に対しても全信頼をおいて治療に励みました。
5月~9月
膝の痛みは完全に消えましたが、足の裏、手首、指の関節が腫れ、すっきりしない日が続きました。この頃は首の凝りから頭痛になり吐くという事が度々あり、先生によく訴えていました。あと動悸がひどい日もあり、松本先生にこの事を話すと、「そら、かつらを被って、痛みにも耐え、葛藤もあり精神的に不安定になってそういう症状が出ているんやろうけど、必ず治るから前向きに頑張んなさい」と握手をしてくださいました。私は先生が私の気持ちをわかってくださったことが嬉しくて、先生の言葉でとても救われました。
10月
やっと、髪の毛が全て生えそろいました!真っ黒でしっかりした毛が私の頭皮をすべて覆い尽くしたのです!!
松本先生が絶対に女性の禿げは治る!と言って漢方を飲み始めて1年10ヵ月かかりましたが、先生の言ったことは
本当だったのです。ステロイドの点滴なんかしてなければ、もうとっくに治っていたでしょう!ステロイドの点滴をしてしまったばっかりに、その副作用でリウマチにまでなり私は大学病院が安易にステロイドの点滴を薦めたことを恨みました。
11月
かつらを被って1年と11ケ月目で、やっとかつらを被らずに外に出る事ができました!
ショートカットで思うような髪型にはなりませんでしたが、それでも回りの目を気にせず、髪をなびかせて外を歩ける事に感謝しました。
12月
痛みはなかなか完治してくれませんでしたが、一時の事を思えば随分よくなっていて10月からは鍼灸治療もお休みしていました。左手首の痛みと右足裏の痛みがしつこく、先生に話すと、肩や膝の関節は大きいので異物が流れやすく
痛みも取れやすいが、手首や指などは関節が小さく、手首は特に複雑なので治りにくいということでした。しかしいつも必ず治るからと言って下さり、髪の毛も膝の痛みも完治していたので引き続き先生を信頼して治療に励んでいました。
平成17年(2005年)
1月~4月
相変わらず左手首と足の裏の痛みが続き、頭痛が度々あり回数は減ったけれども吐く事がありました。
鍼灸治療はうけず、お灸を据えていました。
5月~9月
左手首の痛みがひどくなり、今まで痛みを感じなかった左のひじも痛みだしました。何も持つ事ができず、もちろんドアノブを回すこともできず、またひどくなったことに意気消沈しました。手首は腫れ上がり、会社の同僚にも私が左手をかばっていることがわかり、どうしたのかと聞かれることが度々ありました。
お灸を必死でしましたが、すればするほど次の日は痛みがひどくなり松本先生に言ってもそんなはずはないと怒られました。また5月から鍼治療を再開し、織田先生は髪の毛が生え揃った事をとても喜んでくださいました。
10月~12月
松本先生から、お灸をしたら返って痛むと言ってる人が他にもいたという事を聞き、先生が私の訴えを覚えて下さっていたことを嬉しく思いました。熱をもっているところに熱を加えて余計に痛くなるのかも知れない。だからもうちょっと広範囲にお灸をしなさいと言われ、織田先生にも痛む関節だけじゃなく腕全体にお灸をしなさいと言われました。
言われると通り、手首~ひじの間にお灸をするとスーつと痛みが引くことがありました。やけどの跡が嫌でしたが、長袖を着てる間に頑張りなさいと言われ、腕にお灸をすえていました。
平成18年(2006年)
1月~3月
年明け早々、頭頂部分に直径5ミリ程の脱毛を発見し、心臓が出そうなほどショックをうけました。
前の悪夢が蘇り、泣きそうになりましたが松本先生に話すと、大丈夫、大丈夫!すぐ治る!!と言って下さり、すぐに
産毛が生えてきてあっという間に治りました。
左手首の痛みは少しずつマシになってきていました。右足裏の痛みもほとんど気にならないくらいになっていました。
4月~現在
また直径1センチ程の脱毛を発見!でもこれもすぐに産毛は出てきて、円形脱毛に対しての恐怖感はほぼなくなりました。
足の裏の痛みは、もうほとんどなくなり、左手首の痛みもカバンを持ったり、少々重い荷物でも持てるようになりました。
先生に左手首の痛みがだいぶよくなった事を伝えると、君が左の手首が良くなったって言ったの初めてやな!なかなか痛みがとれへんかつたからずっと気にしてたんやけど、な!絶対治るんや!!と言って握手をしてくださいました。
先生も自分の事のように喜んで下さった事がとても嬉しかったです。
私にとって30歳からの4年間は苦悩と葛藤の日々でした。
なぜこういう病気になってしまったのか、今までの自分の行いの罰なのか、自分がいろいろなストレスに対して打ち勝てる、精神力がない未熟さゆえの結果なのか、本当にいろんな事を考えさせられる日々でした。
大病をしたことがなかった私にとって、病気がもたらすいろいろな制限や苦痛、悲しみはなった人でないと本当にわからないなとつくづく思いました。それまではなんとなくかわいそうだなつらそうだなと思ってはいましたが、その病気の症状のつらさだけでなく精神的な葛藤は相当なものでした。
しかしそれと同時に、その自分のつらさを自分のことのように支えてくれた両親や兄弟、親戚がいる幸せも感じることが、できました。本当に両親には心配をかけてしまったなと思います。漢方を煮出してもらい漢方風呂を準備してもらい、着替えが出来ない時は手伝ってもらい、お灸を据えてもらい母親がいなければ私は乗り越えることはできなかったと思います。そして、気分転換にと遊びに誘ってくれる友達の存在もとても有り難かったです。
松本先生との出会いも私は一生忘れる事はないでしょう。先生には病気の事意外にいろんな話をしていただきました。
ご自分の経験や、政治経済から医療のこと、そしていかに金儲けのためだけで間違った治療がなされているかなど、
考えさせられることがいっぱいありました。
円形脱毛は完治しましたが、リウマチの数値は正常にはなっていませんし、痛みや腫れが残っていますが最初の頃を思えば随分よくなりました。自分でも完治まであと少しだなと実感しています。
これからも完治に向け、先生を信頼して頑張っていきたいと思います。