本編は言葉の持つエネルギーについて考えるものです。
お酒をまろやかにしたりコーヒーのにがみを消したりして、物の性質を変えたり、
古事記の冒頭ことたま現象学原文。意訳付き。
天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、意識する始めの時
高天(たかあま)の原(はら)に 頭脳中枢に
成りませる神の名(みな)は、 形成される先天実在は
天の御中主(あめのみなかぬし)の神。次に 意識の中心を成すものがある。次に
高御産巣日(たかみむすび)の神。次に 意識の主体側を成すものがある。次に
神産巣日(かみむすび)の神。 意識の客体側を成すものがある。
この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)に成りまして、身(み)を隠したまひき。この三者はそれぞれ独自の世界を形成しているが、それ自体としては現われない
次に国稚(わか)く、浮かべる脂(あぶら)の如くして水母(くらげ)なす漂(ただよ)へる時に、 初期の意識の組み合わせで若くて、はっきりした形を取らず、暗く不明瞭な形容をしている時に
葦牙(あしかび)のごと萌(も)え騰(あが)る物に因りて成りませる神の名は、 記憶が次々出てくる意識の世界に出来てくるのは
宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神。次に 霊妙な記憶の連鎖を産み出された元となる意識。次に。
天の常立(とこたち)の神。常に記憶を提出する意識
この二柱の神もみな独神に成りまして、身を隠したまひき。この二者の精神機能もそれぞれ独立していてそれ自体としては現われてこない
次に成りませる神の名は、過去が記憶として今に引き出される、次に
国の常立(とこたち)の神。次に 意識を常に今これからに立たせようとする意識。
豊雲野(とよくも)の神。どこに立たせられるか配分、選択される意識。
この二柱の神も、独神に成りまして、身を隠したまひき。 この二者も他からは独立していて他に依存しておらずそれ自身としては現われてこない
次に成りませる神の名は、 先天実在の次に、意識の先天動韻を紹介する。
宇比地邇(うひぢに)の神。次に 今有るか無いかを現象させる力動韻
妹須比智邇(いもすひぢに)の神。次に 今有るか無いかの現象を持続させる力動韻
角杙(つのぐひ)の神。次に 今から過去の現象に結び付られようとする力動韻
妹活杙(いくぐひ)の神。次に 過去の現象を今に結び付けようとする力動韻
意富斗能地(おほとのぢ)の神。次に 今から未来に向いそこで収まり静まる力動韻
妹大斗乃弁(おほとのべ)の神。次に 未来に今を受け取らせ拡張伸張させる力動韻
於母陀流(おもだる)の神。次に 今全体を開き表面に開花する力動韻
妹阿夜訶志古泥(あやかしこね)の神。 今全体を受けとり中心部に収束する力動韻
次に 先天の実在、働き(有り方、生き方)に続いて、
伊耶那岐(いざなぎ)の神。次に 実在と働きを誘い現象を結ぶ先天の根源韻で成り様の主体側を司る
妹伊耶那美(み)の神。 実在と働きに誘われ現象を結ばれる先天の根源韻で成り様の客体側を司る
(以上が心の原理で、吾(あ)の先天実体構造。)
ここに天津神諸(もろもろ)の命(みこと)以ちて、伊耶那岐の命伊耶那美の命の二柱の神に詔りたまひて、 先天の意識の働きが始まって、それが人の先天意識の主客の実在と働きに作用して
「この漂(ただよ)へる国を修理(おさ)め固め成せ」と、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依(ことよ)さしたまひき。 このまだ現象にはっきり現われてこない意識の組み合わせを明示するようにと、先天の発声器官である舌を使用するようにいわれます
かれ二柱の神、天の浮橋(うきはし)に立たして、 そこで誘い合う実体を意識の主客を結ぶ動韻の両端に立たせて
その沼矛を(ぬぼこ)指し下(おろ)して画きたまひ、塩こをろこをろに画き鳴(なら)して、 発音器官である舌を用いて四つの実体(塩)を混ぜ合わし発音してみて
引き上げたまひし時に、その矛の末(さき)より垂(したた)り落つる塩の累積(つも)りて成れる島は、これ淤能碁呂島(おのごろしま)なり。 聞き較べて主客の合致して(聞き取れる)形と成っていく言葉の領域がおのれの心の島となります
その島に天降(あも)りまして、天の御柱(みはしら)を見立て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき。 その自己領域に立ち、自らの心の中心を確立し、こころの拡がりを拡張していきます
ここにその妹(いも)伊耶那美の命に問ひたまひしく、「汝(な)が身はいかに成れる」と問ひたまへば、 そこで自己意識の客体側実体の半母音の働きに「どうなっているか」と聞けば
答へたまはく、「吾が身は成り成りて、成り合はぬところ一処(ひとところ)あり」とまをしたまひき。 答えて、「心を音で表そうとしても、柱を立てるにも殿を建てるにも地盤が鳴り続けて閉まり固まることがありません」と答えた
ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。
そこで自己意識の主体側実体の母音の働きが言うには、「わたしが音を出すたびに頭に子音が突き出てくる」
故(かれ)この吾が身の成り余れる処を、汝(な)が身の成り合わぬ処に刺(さ)し塞(ふた)ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまへば、伊耶那美の命答へたまはく、「しか善けむ」とまをしたまひき。 そこで主体側の子音頭をあなたの鳴り合わないところで塞いで、形のある音を作ろうと思うがどうだろう」と問い、半母音側も「それは良いことだ」と答えた
ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「然らば吾と汝と、この天之御柱を行き廻り逢ひて、美斗(みと)の麻具波比(まぐはひ)せむ」とのりたまひき。 そこで主体側は「それなら自己意識の形を得るために、意識の実を得るためのそれぞれの間合いを取り合おう」といった
かく期(ちぎ)りて、すなはち詔りたまひしく、 こう約束して言うことには
「汝は右より廻り逢へ。我は左より廻り逢はむ」とのりたまひて、「あなたは実体の実を取るようにしなさい。わたしは実体の働きをとることにする」と言って
約(ちぎ)り竟(を)へて廻りたまふ時に、 それぞれの実と働きを得て合わせようとするときに
伊耶那美の命まづ「あなにやし、えをとこを」とのりたまひ、 イザナミがまず「永続する実体(緒常)がある」と口を開いた
後に伊耶那岐の命「あなにやし、え娘子(をとめ)を」とのりたまひき。 そして後からイザナミが「働きのある実体(緒留め)が有る」と従った
おのもおのものりたまひ竟(を)へて後に、その妹に告りたまひしく、「女人(おみな)先だち言へるはふさはず」とのりたまひき。 二人がいい終わった後で「働きの実体を捨ておいて、ただ有ると言うのはふさわしくない」といった
然れども隠処(くみど)に興(おこ)して子水蛭子(みこひるこ)を生みたまひき。 しかし有るものは有るという一般性は有用なので、働きを持たないまま産んだ
この子は葦船(あしぶね)に入れて流し去(や)りつ。 この子は言葉の一般性として言語活動の共有物とした
次に淡島を生みたまひき。こも子の例(かず)に入らず。それでも有る無いをしめす主体から客体へ行く最低の働きだけは得させた。しかし正規の現象結果ではない
ここに二柱の神議(はか)りたまひて、「今、吾が生める子ふさわず。なほうべ天つ神の御所(みもと)に白(まを)さな」とのりたまひて、すなはち共に参(ま)ゐ上がりて、天つ神の命を請ひたまひき。 現象の生み方をもう一度問い直した。
ここに天つ神の命以ちて、太卜(ふとまに)に卜(うら)へてのりたまひしく、「女(おみな)の先立ち言ひしに因りてふさはず、また還り降りて改め言へ」とのりたまひき。 そこでギミの二神は主体でありながら先天に左右されることのない方法を聞きに行き、実在一般性を先に持ち出すことの非を認めた
かれここに降りまして、更にその天の御柱を往き廻りたまふこと、先の如くなりき。ここに伊耶那岐の命、まづ「あなにやし、えをとめを」とのりたまひ、後に妹伊耶那美の命、「あなにやし、えをとこを」とのりたまひき。かくのりたまひ竟へて、御合いまして、 そこで主体の用い方を変え、まず働きを提示し、次いでそれに見合う実体を見出すようにした。そうして、
子淡路の穂の狭別の島(みこあわじのほのさわけのしま)を生みたまひき。 意識の最初の働きである、有る無し主張の核を作る働きに対応した領域実体を産んだ
次に伊予の二名(ふたな)の島を生みたまひき。 心の内容の予めの領域が主客として
現われます
この島は身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。 アワジノ島の内容はオエヲヱです
かれ伊予の国を愛比売(えひめ)といひ、 エを秘めているからオ、
讃岐の国を飯依比古(いいよりひこ)といひ、 選る主体でエ、
粟(あわ)の国を、大宜都比売(おほげつひめ)といひ、 言霊の都のヲ、
土左(とさ)の国を建依別(たけよりわけ)といふ。 言霊を選り分けたヱ、
次に隠岐(おき)の三子(みつご)の島を生みたまひき。またの名は天の忍許呂別(おしころわけ)。 三段目に面四つの内容となっているオエヲヱの大いなる心の部分
次に筑紫(つくし)の島を生みたまひき。この島も身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。 知性の律を尽くす四面がある
かれ筑紫の国を白日別(しらひわけ)といひ、 シリ
豊(とよ)の国を豊日別(とよひわけ)といひ、 チイ
肥(ひ)の国を建日向日豊久士比泥別(たけひわけひとわくじひわけ)といひ、 ヒニ
熊曽(くまそ)の国を建日別といふ。 キミ
次に伊岐(いき)の島を生みたまひき。またの名は天比登都柱(あめひとつはしら)といふ。 イの気
次に津(つ)島を生みたまひき。またの名は天(あめ)の狭手依比売(さでよりひめ)といふ。 先天の力動を心象に渡す
次に佐渡(さど)の島を生みたまひき。 心象を物象に渡す
次に大倭豊秋津(おほやまととよあきつ)島を生みたまひき。またの名は天(あま)つ御虚空豊秋津根別(みそらとよあきつねわけ)といふ。かれこの八島のまづ生まれしに因りて、大八島国(おほやしまくに)といふ。 物象を物質現象へ渡す
然ありて後還ります時に、
吉備(きび)の児島(こじま)を生みたまひき。またの名は建日方別(たけひかたわけ)といふ。 初期の運用規範。先天規範。
次に小豆島(あづきしま)を生みたまひき。またの名は大野手比売(おほのてひめ)といふ。 主体側の働き規範。八種。
次に大島(おほしま)を生みたまひき。またの名は大多麻流別(おほたまるわけ)といふ。 大いなる運用価値を持った主体側の規範。
次に女島(ひめしま)を生みたまひき。またの名は天一根(あめひとつね)といふ。 主体的な価値によって創造された表現現象。
(黄泉国)
次に知珂(ちか)の島を生みたまひき。またの名は天の忍男(おしを)。 主観だけの主張をたしなめる。
次に両児(ふたご)の島を生みたまひき。またの名は天の両屋(ふたや)といふ。 主客の合一した世界。
既に国を生み竟(を)へて、更に神を生みたまひき。かれ生みたまふ神の名は 心を産む領域を確保した後、言霊を産む
-------------------------------------
------------------------------------
神名が次に次にと出てくる古事記では、最初に出た神と次に出た神との間には何があるのでしょうか。川の流れには淀みがなく、時の動きにも断絶がありません。
また神の名を呼ぶ時、その名前には一つの長さがありますが発音される音と音の間には何があるのでょうか。