「言霊」 島田正路 著
はしがき
これから言霊(ことたま)の話をしましょう。皆さんが小学校で習ったアイウエオ五十音図が、なぜ右の行の母音が上かアイウエオの順で並び、横の上段がアカサタナハマヤラワの順で並んでいるのかご存じでしょうか。これはある時代に単に偶然にこの順序で並べられたものが、そのまま習慣になったというのではありません。どうしてもこの順序で並べなければならない理由があるのです。この理由を、そして現代の日本人が使っている日本語の源泉である大和言葉の一音一音の持つ意味を深く探って行くと、究極においてこれからお話しようとする言霊に行き着くのです。
ある言語学者は、「古代の日本人はことたまの存在を信じていました。人間が発した言葉には、その内容を実現する働きがこもっていると思っていました」と言っています。この場合のことたまとは言葉の魂という意味でありましょう。わたしがお話しする言霊とは、言語学者気いうことたまの意味を包含しながら、もっともっと深い意味内容をもったものです。
普通言葉とは、何らかの思考、意識、状況を他人に伝達する手段ぐらいにしか考えられていません。けれどもよく考えてみると、人間は口から発音する以前、頭で考えている時も、実は言葉で考えてるのです。心の動きとは言葉の動きと言ってもよいでしょう。その心の動きを深く深く探っていきますと五十音の言霊に行き着く事になります。端的に言って、言霊とは、人間の精神を構成している根本要素ということができましょう。
「これは何だろう」という思考が始まった瞬間、人間の意識は必ず考える側の主体と考えられる側の客体とに分かれます。この時考える側の主体が捨象され、考えられる側の客体の内容か抽象化、法則化されますと一般に科学が成立します。物質科学は長い間かかって”物”とは何であるかの疑問に取り組み、今世紀に入ってその全貌をほとんど解明するところまで進歩しました。物質の究極単子である諸元素の発見と、それら元素の先験構造の内容である電子、原子核、またその核内構造の解明です。そして核内エネルギーの解放に成功したのです。
この科学への態度とは全く逆に、考えられる側の客体を捨象し、考える側の主体すなわち、人間とは、人間の心とは何であるか、を追求していって、その人間精神生命の先天、後天の究極の構造を明らかにして時、その最終的な要素が言霊と呼ばれているものなんです。
心の根源要素が五十個あります。その五十の要素のそれぞれにアイウエオ五十音を当てはめました。そしてそれを「アイウエオ五十音言霊」と申します。
元素とか原子核内素粒子(核子)が物質宇宙の究極存在だとするならば、五十音言霊はわれわれ人間精神宇宙の究極存在であるということができましょう。言霊とは言語学者のいうような”言葉の魂”の意味ではなく、人間の心と言葉を構成している根本の言葉であり同時に「たましい」であるものということです。全ての大和言葉のものの名前はこの言霊の法則から命名されたものなのです。
話を変えて現代世界の人類が直面している物心両面の状況を考えてみましょう。物質科学の進歩は人類に驚異の繁栄と便利さをもたらしました。と同時にもしその使用運用をひとつ誤れば、世界人類全体の破滅といういまだかつてない危機の可能性も現出しました。
第二次大戦以降国際緊張はやむ時なく、繁栄の裏にひそむ破錠が常に人類をおびやかしています。このような世界の危機状況に対蹠するには従来の哲学、道徳、宗教はあまりにも無力です。物質文明の急速な進歩向上に反比例するように、人類の精神文化の水平線は明らかに低下しています。高度に発達した物質分化の巨大な機械のハンドルをにぎっているのは、いまだ精神的には錬金術の水準にした達していない、道徳的には幼稚な人間なのです。物質文明と精神文化の完全な跛行状態といえます。
ある精神主義者は物質科学の進歩追求をこの段階でストップさせるべきだと主張します。
しかしそれは歴史を逆行させることで、不可能でしょう。要は現代のごとく高度に発展した物質科学を人類の真の福祉に役立つようにコントロールすることが可能となるよう、人間精神の高揚自覚ができるかどうかが問題なのです。現代の科学文明を完全に包摂してコントロールできる人間精神とは、現代科学と少なくとも同じ程度の精密な詳細な内容を備えた精神の先験、後天の構造原理でなくてはなりません。と同時に現代の”科学する心”をその構図の中に合理的に組み入れることのできる精神原理であることが要求されるでしょう。このことが可能となったとき初めて人間社会の営みである物と心の分化の両輪が調和の廻転運行を開始できることとなります。
言霊の話は日本語の成立の起源と深い関係を持っています。言葉がどのようにできたかがはっきりしてきますと、日本の歴史の発見に明るい光を投げかけることにもなりましょう。これからお話しする言霊の原理が、以上の日本と世界の課題に明快な解決策を提供することができるものと思っています。
この本を読んで言霊の意味に興味をもたれた方は、ぜひ個自分の心の内容に立ち入り言霊の存在を確認して頂きたいものです。そのことによってわれわれ日本人の話す日本語の持つ素晴らしい内容と、人間の心の霊妙としか言いようのない構造に気付かれることでしょう。と同時に、人間とは何であるか、日本人とは、という問題に明確な回答を手にされることとなりましょう。
目次。「言霊」
言霊の発見と変遷
言霊とは
五十音の区分
母音
半母音
父韻
親音
子音
再び父韻について
次元の相違と父韻
四つの五十音図
事物に名を付けること
言霊による宇宙とは
言霊原理の発見、隠没、復活
言霊と古事記
言霊と仏教典
言霊と聖書
言霊を自覚確認する方法について
言霊子音の自覚について
言霊原理による創造について
古事記と日本書紀
濁音と半濁音
神代文字
言霊学随想
日文。ひぶみ
俳句と和歌
宗教について
仏教へ
キリスト教へ
漢方医学者と自然農法者へ
ピタゴラスの定理
あとがき