訓読:ここにホオリのミコト、そのはじめのことをおもおして、おおきなるナゲキひとつしたまいき。かれトヨタマビメのミコトそのナゲキをきかして、そのチチにもうしたまわく、「ミトセすみたまえども、つねはナゲカスこともなかりしに、コヨイおおきなるナゲキひとつしたまいつるは、もしなにのユエあるにか」ともうしたまえば、そのチチのオオカミ、そのミむこのキミにといまつらく、「けさアがむすめのかたるをきけば、『ミトセましませども、つねはナゲカスこともなかりしに、コヨイおおきなるナゲキひとつしたまいつ』ともうせり。もしユエありや。またここにきませるユエはいかにぞ」とといまつりき。かれそのオオカミに、つぶさにそのイロセのうせにしツリバリをはたれるサマをかたりたまいき。ここをもてワタのカミ、ことごとにハタのヒロモノ・ハタのサモノをよびあつめて、「もしこのツリバリをとれるウオありや」とといたまう。かれもろもろのウオどももうさく、「このごろタイなも、『ノミトにノギありて、ものエくわず』とウレウなれば、かならずコレとりつらん」ともうしき。ここにタイのノミトをさぐりしかば、ツリバリあり。すなわちとりいでてすまして、ホオリのミコトにたてまつるときに、そのワタツミのオオカミおしえまつりけらく、「このハリを、そのイロセにたまわんときに、ノリたまわんさまは、『このハリは、おぼち、すすじ、まぢち、うるぢ』といいて、シリエデにたまえ。しかして、そのいろせアゲタをつくらば、ナがミコトはクボタをつくりたまえ。そのいろせクボタをつくらば、ナがミコトはアゲタをつくりたまえ。シカしたまわば、あれミズをしれば、ミトセのあいだ、かならずそのイロセまずしくなりなん。もしそれシカしたまうことをうらみて、せめなば、シオミツタマをいだしておぼらし、もしそれウレイもうさば、シオヒルタマをいだしていかし、かくしてたしなめたまえ」ともうして、シオミツタマ・シオヒルタマあわせてふたつをさずけまつりて、すなわちことごとにワニどもよびあつめて、といたまわく、「いまアマツヒダカのミコ、ソラツヒダカ、ウワツクニにいでまさんとす。タレはイクカにおくりまつりてカエリコトもうさん」とといたまいき。かれおのもおのもミのナガサのまにまに、ヒをかぎりてもうすなかに、ヒトヒロワニ、「われはヒトヒにおくりまつりて、カエリきなん」ともうす。かれそのヒトヒロワニに、「しからばナレおくりまつりてよ。もしワタナカなるとき、ナかしこませまつりソ」とのりて、すなわちそのワニのくびにノセまつりて、おくりだしまつりき。かれいいしがごと、ヒトヒのうちにおくりまつりき。そのワニかえりなんとせしときに、ミはかせるヒモガタナをとかして、そのくびにつけてナモかえしたまいける。かれそのヒトヒロワニをば、いまにサイモチのカミとぞいうなる。
口語訳:ある夜、火遠理命は、ここに来た初めのことを思い出し、大きなため息をついた。これを聞いた豊玉毘賣命は、父神に「三年間ここに住んでおられて、いつもは嘆息することなどなかったのに、今夜は大きなため息をついておられましたわ。何か事情がおありなんでしょうか」と言った。そこで父の大神はその婿の君に「今朝私の娘が言うには、『三年間ここに住んでおられて、いつもは嘆息することなどなかったのに、今夜は大きなため息をついておられました』ということです。何か事情がおありでしょうか。また、ここに来られた理由はどういったものですか」と尋ねた。そこで火遠理命はその大神に、兄が失した釣り針を返せと責めるので困り果てた状況を詳しく語った。すると海神は、海の大小の魚を悉く呼び集めて、「この釣り針を取った魚はいるか」と尋ねた。そのとき諸々の魚たちは「この頃鯛が、『喉にとげのようなものがあって、ものが食べられない』とつらがっています。この鯛が取ったのでしょう。」と申し立てた。そこで鯛の喉を調べてみると、釣り針があった。それを取り出してきれいに洗い、火袁理命に奉ったが、綿津見の大神は「この針をあなたの兄に渡すとき、『この針は、おぼち、すすぢ、まぢち、うるぢ』と言って、後ろ手に渡しなさい。そうして、兄が高いところに田を作ったら、あなたは低いところに田を作りなさい。また兄が低いところに田を作ったら、あなたは高いところに田を作りなさい。そうすれば、私は水を支配していますから、三年の間には、あなたの兄さんは、貧しくなってしまうでしょう。だけどもし兄さんが恨んで戦いを挑んできたら、今度は鹽盈珠を出して兄を溺れさせ、苦しいからよしてくれと言ったら、鹽乾珠を出して助けてあげなさい。」と言って、鹽盈珠と鹽乾珠の二つを与えた。それから海の鰐たちをすべて呼び集め、「いま天津日高の御子、虚空津日高が地上の国に帰ろうとしておられる。お前たちの中で、だれが御子を何日で送って還ってこられるか」と尋ねた。そこで鰐たちは、それぞれ体長によって送る日の長さを申し立てたが、その中で一尋鰐は「「私は一日で御子を送って帰ってこられます」と言った。そこでその一尋鰐に、「ではお前が御子を送れ。ただし海中を進むとき、御子に怖ろしい思いをさせてはならんぞ。」と命じ、その首に御子を乗せて送り出した。すると本当に言った通り、一日で送った。その鰐が帰ろうとしたとき、御子は持っていた紐小刀を鰐の首に付けて送り返した。その一尋鰐を、今は佐比持神と呼ぶ。
訓読:ここをもてツブサにワタのカミのおしえしコトのごとくして、かのツリバリをあたえたまいき。かれそれよりのちいよよまずしくなりて、さらにあらきこころをおこしてせめく。せめんとするときは、シオミツタマをいだしておぼらし、そのウレイもうせば、シオヒルタマをいだしてすくい、かくしてタシナメたまうときに、のみもうさく、アはいまよりゆくさき、ナがミコトのよるひるのマモリビトとなりてツカエまつらんともうしき。かれいまにいたるまで、そのおぼれしときのクサグサのわざ、たえずつかえまつるなり。
口語訳:そこで、すべて海神の教えた通りにして、その鉤を与えた。この後、火照命は次第に貧しくなって、ついに心が荒れすさんで攻めて来た。その攻めようとするときに、鹽盈珠を出して溺れさせ、「助けてくれ」と言うと、今度は鹽乾珠を出して助けた。このようにして苦しめたので、ついに降参して、「僕はこれからはあなたの昼夜の守護の人となって仕えよう」と言った。そのため今でも、その溺れるときの種々の動作を(舞として)伝えている。