既に国を生み竟(を)へて、更に神を生みたまひき。
国とは組んで似せたもの、島とは締めてまとめたもの、共に似た表現であります。生れて来る現象子音言霊三十二の精神宇宙に於ける区分と位置が定まりましたので、いよいよ子音言霊の創生に取り掛った、という訳であります。
先に昔の人は人の言葉を雷(かみなり)に譬えた、という話をしました。天空でピカピカッと稲妻(いなづま)が光ると、ゴロゴロと雷鳴が轟きます。それは心の先天構造の十七言霊が活動すると現象子音の言葉が鳴るのに似ているからです。「喉が渇いたな。お茶が飲みたい」という日常茶飯の何でもない言葉を発するのも、実は言葉の原理から言えば、先天宇宙に雷光が走ったからです。人の何でもない平凡な言葉も精神宇宙の大活動の結果です。そこで人間が言葉を発し、それを他人(または自分)が聞き、次にどんな活動が起り、その言葉の役目が終ったらどうなるのであろうか、という事をまとめてみたいと思います。それによって生れて来る子音言霊の精神宇宙に占める位置や区分、またその内容がはっきり理解されて来ると思われるからであります。
先天の活動によって言葉が生れ、発声され、人に聞かれて了解され、言葉の当面の役目が終り、消えて行く。何処へ消えて行くか、と申しますと、元の先天宇宙に帰って行き、記憶として留められます。これが言葉の精神宇宙内の活動の全部であり、その他にはありません。此処に言葉の宇宙循環図を先師小笠原孝次氏著「言霊百神」(一○七頁)より引用します。
先ず精神の先天宇宙の十七言霊が活動を開始します。この際の十七言霊を天名(あな)と呼びます。この天名の活動にて現象子音が生れて来ます。先天十七言霊(天名)の活動は、先天と呼びますように、人間の意識の及ばぬ領域でありますので、其処で何事が起り、意図されたのか、は全く分りません。その分らない内容を一つのイメージにまとめて行く作業が、先程書きました「既に国を生み竟へて、更に神を生みたまひき。……」に続く文章に生れて来ました大事忍男の神より妹速秋津比売の神までの十神の言霊の処で行われる事となります。この十神(十言霊)の属する島の名を津島(つしま)と呼びます。またこの十言霊の作業の処では、先天構造の活動によって起った意図がどんな内容か、がイメージとしてまとめられますが、しかしまだ言葉とはなっていません。この言葉にならない状態を真奈(真名)または未鳴(まな)と呼びます。津島の後に佐渡島があります。この島に属する言霊が八つあります。この八つの言霊の作業によってまとまったイメージが言葉と結び合わされて行き、最後に発声されます。この状態の言霊を真奈または真名と言います。
佐渡島の次に大倭豊秋津(おおやまととよあきつ)島またの名天つ御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)なる島が続きます。この島に属する十四言霊の作業で、イメージが言葉として組まれ、発声された言葉が空中を飛び、やがて他の人(または自分)の耳に聞かれ、復誦され、その内容が一つの意味に煮詰められ、最後に了解され、結果としてまとめられます。この間の十四の言霊の中で最初の四言霊(フモハヌ)が発声された言葉が空中を飛ぶ状態です。この四言霊を神名(かな)と呼びます。残りの十言霊が耳に入った言葉を点検・復誦して納得する作業となります。この時の言霊は再び真奈(真名)と呼ばれます。納得され、了解された言葉は役目を終え、元の宇宙に帰って行き、記憶として残ります。
以上、三島に属する三十二の言霊が後天現象の単位である子音言霊のすべてであります。これを三島に属すそれぞれに別け、更に生れ出て来る順に並べてみましょう。
津島――――――タトヨツテヤユエケメ
佐渡島―――――クムスルソセホヘ
大倭豊秋津島――フモハヌ・ラサロレノネカマナコ
以上三島で三十二の子音が生れます。子音言霊の数はこれで全部です。こう見て来ますと、読者の中にはちょっと奇妙な事になっていることに気付く方がいらっしゃるのではないでしょうか。そうです。狐につままれたのではないか、と思われる言霊の魔術?にかかってしまったかとも思われる事が事実なのだ、という事に気付くのです。それは、先天十七の言霊の活動で次々と三十二の子音が生れます。その生れ出て来る総数三十二の子音が、そのまま生れ出て来る順序をも示している、という事なのです。この様な奇妙な事が起るのも、言霊子音が現象の究極最小の単位であるという事、またこの三十二の現象子音の循環が現象宇宙のすべてを表示しており、少しの欠落も余剰もないという事に由来しているのであります。かくの如き言霊原理の魔術的表現を「言霊の幸倍(さちは)へ」と呼んでおります。この人間社会の生命の営みを言霊イ次元に視点を置いて見る時、其処には五十音の言霊しか存在せず、一切の社会的事物がこの五十音を組合せる事によってその実相を表現することが出来るという、日本語の本質が確認されるのであります。
以上の様な「言霊の幸倍へ」は言霊の学の他の箇所にも見られます。一・二例を挙げますと、言霊五十音(四十八音)全部を重複することなく並べて、人間の持つ一切の煩悩を打破する方法を説いた所謂「いろは歌」、また言霊四十七音を重複することなく並べて、世界文明創造の方法(禊祓)を説いた日文四十七文字があります。この日文四十七文字は奈良天理市の石上神宮に太古より伝わる布留の言本(ふるのこともと)と呼ばれています。