投稿日: Oct 16, 2016 10:9:1 PM
2015年に環太平洋乳幼児教育学会(PECERA)第16回大会で見学した保育学校を紹介します。この学会で楽しみにしているのは、会場近郊の就学前教育に関わる施設見学が組み込まれていることです。
2015年7月24日に、Wunanbiri Community Preschool(ウナンビリ・プレスクール)に行ってきました。開園時間は午前9時から午後3時、3~4才の子どもたちが通っています。シドニーのアボリジニー文化継承のプレスクールとして歴史が古い園だそうです。子どもたちは広域から通園してくるので保護者の送迎が必要です。送迎が難しい家庭はスタッフやボランティアが支援する場合もあるそうです。アボリジニーをルーツとする子どももしない子どもも共に学ぶ、経済的に不利な状況にある子どもを支援することを目的としたプレスクールです。
金曜日の午前中で、祝日前のため、子どもの人数が少なくゆったりとした雰囲気でした。
玄関を入るとすぐに事務室(職員室)があります。その前には、始められて間もないナショナル・カリキュラム・スタンダードのポスターと、アボリジニーを象徴する絵や旗などがかざられていました。
アボリジニーとは、オーストラリアに元々住んでいた人々を総称する言葉です。イギリスから来た人たちによって、次第に土地を奪われ、子どもたちも家庭から引き離されて強制的にイギリス式教育を受けさせられてきたので、努力をしていかないとアボリジニーの言葉も文化も失われてしまう危機的状況にあります。
玄関には、11の言語で歓迎のことばが刺しゅうされたタペストリーが飾られていました。このタペストリーを指しながら、見学者どうしも話が弾みます。
日本で、「学校を見る」「園を見る」というと、実践している所を見る、設備を見て勉強しようという姿勢が前に出るような気がします。しかし、オーストラリアでは、まず「出会い」がありき。お互いを知ることを大切にしているようです。
この学校だからということもあるかもしれませんが、地域の背景や歴史、なぜこの保育学校が必要なのかを理解することがまず重要と考えられたようで、ディレクターと学会の案内の先生を含めて、「語り合う」時間がたっぷりありました。子どもたちの様子、保育を見る時間はその分少なくて残念でしたが。
さて、玄関や室内の写真をご紹介します。
配色や、教材・遊びの材料の選択にも、自然と共生してきたアボリジニー文化が反映されています。本物に近いミニチュアを使って、シドニーの街中にある園であっても、自分たちの命を育てている自然や生物に興味を持たせたいのだそうです。
次の写真は、部屋から外のテラスにつながるエリアで、左側の壁下の棚は、先生用のものや画用紙、テープ、はさみ等の素材が置かれています。手前のテーブルはブロック遊びのテーブルのようでした。壁や天井からつるされたロープには子どもたちの作品が飾られていました。
BELONGINGがテーマの壁は、この教室への所属感、自分たちの部屋であるというメッセージが強く出ています。選択されている画用紙の色を見ても、オーストラリアの大地の色が好まれて使われているように感じました。
下は、外に出て振り返って建物を見たところです。冬ではありますが、このテラスで、おやつや昼食を食べていました。手袋をしないで過ごせる程度の気温でした。
タイヤがある写真は、外遊びのエリアの一部です。隣はオフィスや工場、アパートですので、このような壁が作ってあり、絵によって閉塞感が出ないように工夫されていました。
オーストラリアのプレスクールや保育所を他にも見たことがあるのですが、広い何もない平らな地面は日本ほど広くありません。植物を植えてあるエリアや、ごっこ遊びのエリアや、砂遊び等ができるエリアが構成されていました。(子どもたちが遊んでいたので、一瞬無人になったすきに写真を撮りました。)
さて、見学が終わって玄関のエリアに戻ってくると、アボリジニーの旗の横に説明が書いてあるのを見つけました。
「アボリジニーの旗」 固有民族である年長者ハロルド・トーマスによって1971年にこの旗がつくられた。この旗はアボリジニーのアイデンティティを象徴している。黄色は太陽(命を与えるもの)、赤は大地(土地とのつながり)を象徴し、様々な儀式で使われる赤黄色でもある。黒はアボリジニーの人々を象徴している。
以前は、少数民族教育のための特別な教育予算が組まれており、これまでは一日の保育に対して補助金を受けていたそうです。しかし2015年8月時点では、就学前教育(プレスクール)を無償にする方向で制度変更が提案されていました。この場合の就学前教育とはナショナル・カリキュラムに基づいて幼児教育を行っているプレスクールや保育所を指しています。オーストラリアのプレスクールは1日4~6時間、週2、週3回のプログラムが多いようです。毎日通う子どもや長時間保育を必要とする場合の長時間の部分は別の枠組みで考えられているようでした。制度の変更によって少数民族教育への特別予算が消えてしまうのではないかと心配しているディレクターは、「Wunnabiriにとってどのような条件になるのか不明な部分が多く、あちこちの地域の有力者と相談して対応方法を探しているところだ」とおっしゃっていました。
~ その後 ~ The Daily Telegraph 2016年9月14日の記事より (筆者 訳)~
2016年9月、シドニー市があるニュー・サウス・ウェールズ州の州知事は、1億1500万豪ドルの予算を地域のNPO法人が運営する750のプレスクールに向けると昨日発表した。来年の1月から、4才と5才の地域のプレスクールに通う子どもは、1人あたり毎週15時間分にあたる4250~6600ドルを補助される。平均1日22ドルの減額になり、保障額が現在の130%になる。
新しい枠組みでは、所得の低い家庭とアボリジニーのためのプレスクールの料金を賄うことができる。4才の娘がウンナビリ・コミュニティプレスクールに通うスキャノンさんは、この変更を喜び、母親たちが仕事に戻ることができるようになると喜んでいた。「このシステムはとてもありがたいです。特にシングル・ペアレントにとって利益が大きいです。」
(執筆:内田千春,2016年10月8日)