投稿日: Jan 27, 2017 12:29:44 AM
本書は、現代ドイツを代表する哲学者が、生徒同士、生徒と教師・保護者との会話のかたちで、日常にある題材と身近な言葉で倫理の根本を考える、倫理学の入門書である。
10章からなるが、個人的には第4章「黄金律と敬意」が最も興味深かった。生徒たちは、「よい行いとわるい行いとはどうやって分けられるのか、よい人間でありたいと思うならどういう規則に従って行動しなくちゃいけないのか・・・、そういうことについて、いつでも通用するような答え(判断基準;評者注)」(101頁)について会話をしていた。
行き詰った生徒たちはある教師の下へ向かい、対話を始める。道徳感覚や道徳的感情の対話を経て、「黄金律」=「あなたがたが人からしてもらいたいと思うことすべてを、あなたがたも人に対して行いなさい」という規則にたどり着く。周知のようにこの規則は、いかなる時も行為の善悪の判定ができるので、黄金のように不変の価値があるため、黄金律と呼ばれる。しかし、その黄金律に関してある生徒から反論が出て、対話が再開される(122-123頁)。
生徒A;…不十分だと思います。黄金律がぼくたちを道徳的なふるまいに向かわせることができる、なんて思えません。
教 師;君の言う通りだよ…この課題(自分の行いが善か悪かを判断すること;評者注)に対して黄金律が回答を示してくれた。だけど、人々がいつも黄金律に従って行動するだろう、ということまでは、黄金律からはどうしても導き出せない…。
生徒B;それはどうしてですか?もし人が道徳的によい行為をするための黄金律をしっているなら、それで十分ではないでしょか?
教 師;いいや、残念ながらそれでは十分ではなんだよ。世の中は…自分たちの行いがわるいとことだと認める人は多いが、だからといってそれをやめるかというと、かならずしもそうではない。道徳と自己利益が真っ向から対立する場合があるのを、私たちの誰もが経験したことがあるはずだ。
判断基準を知っていることと、倫理的・道徳的に行動できるかは別なのである。この後、教師はある思考実験を提示し、我々が道徳的ふるまいに駆り立てるのは、自分自身に対する羞恥心と、「人間として価値がない、などと自分のことを思いたくはないという願望」(128頁)ではないか、と投げかけている。
さて、専門職倫理と関連付けた時、保育者は専門職としてよい行為(なすべき行為)は、倫理綱領などによって示され、理解している(はずである)。しかし、それができない時やジレンマに陥った時にどのように判断し、行動するのかの判断基準や思考プロセスについて養成課程などで学ぶ機会はほとんどない。そのような意味で、本書は保育と直接関係ないが、倫理的思考を深める上で有用だろう。
(紹介:鶴 宏史,2017年1月26日)
目次
1 いちばんひどい犯罪って何?
2 どんな種類の盗みも同じように人に害を与える?
3 他者を苦しめるのはぜったいだめ?
4 約束することと欺くこと
5 黄金律と敬意
6 連帯-人助けの義務
7 共感と反感
8 罰と責任能力
9 徳と自己決定
10 人生の意味