投稿日: Sep 17, 2016 5:17:44 PM
瀬田貞二ぶん
津田櫓冬え
福音館書店
1977年12月刊行〈かがくのとも〉 1982年2月〈かがくのとも傑作集〉
私が尊敬する人の筆頭にあげられるのは児童文学者の瀬田貞二です。『三びきのやぎのがらがらどん』や『指輪物語』の翻訳などで知られています。私がどれほど瀬田貞二を好きかというとは「セタテイジ、セタテイジ、セタテイジ」と名前を3回称えるだけで、顔の筋肉がほころんでくるということで説明しておきます。
では、季節に合わせて「ゆきおこし-ふゆをしらせるくも」という絵本を紹介します。京都府の北部には、日本海につきだした丹後半島があります。半島の東には有名な天橋立、西にこの絵本の舞台となった久美浜湾小天橋があります。日本海沿岸には冬が近づくと北風に乗って湿った雲が押し寄せ、雷を轟かせます。それが「冬を知らせる雲、雪起こし」です。
30年ほど前になります、私はある研修会の帰りにふと思い立って、深夜約2時間ほど車を走らせて、初めてこの久美浜へ向かいました。着いたのは夜が明けたばかりの海岸でした。私の頭の中にはこの絵本の全てのページがしっかりと焼き付いています。この道を登ればこんな眺望が開けて、この道を左に折れて少し下ると、こんな水路があるはず。胸を躍らせながら歩いてゆくと、私の予想はすべて次々と現実のものとなり、絵本で見慣れた景色が、今まさに現実の眺めとして目の前にありました。
この絵本を描いたのは、日本画家の津田櫓冬です。ご実家を調べると、久見浜湾の一番奥に当たるところでお兄さんが洋品店を営んで居られることがわかりました。夏になると兄弟や友達と連れだって、久見浜湾をぐるっと回って先端の小天橋まで海水浴に行かれたのだそうです。この作品には、そういう子どもの頃の体験や記憶が、画家の故郷に向けた深い愛情として、深く美しく描き出されていると感じます。
瀬田貞二は実際にこの地を津田櫓冬とともに訪れて取材し、文章を書きました。土地の古老に尋ねると「ああ、ずっと昔そんな人がしばらく滞在して、いろんな人から話を聞いて回っていたことがありましたね。」という答えが返ってきました。
二度目に訪れたときは、絵本を持って行きました。通りがかったやや年輩の女性に「この絵本をご存知ですか。この海岸を描いた絵本です。」と見てもらいました。「こんなのがあったとは知りませんでしたね。いやー、良く描けてますね。10年ほど前まではこんな景色でしたよ。」と仰っていました。
この絵本を見ていて、同じような景色を描いた絵本があったことに気づきました。ロバート・マックロスキーの『すばらしいとき』(Time of Wonder)です。『ゆきおこし』の最初に出てくる見開きの絵は、『すばらしいとき』の2ページと7ページの見開きの絵とよく似ています。マックロスキーもアメリカ東海岸北部のメイン州ペノブスコット湾に浮かぶ小島に居を構え、島の自然を舞台に絵本を書いた人でした。
遙か先に浮かぶ積乱雲から、雨の一群が流れ落ちるのが見渡せます。それは一幅のレースのカーテンのように景色をやさしく撫でていきます。雄大な景色の中での、ゆったりと流れる夏の時間が心地よい。共通の体験と感動が二つの絵本に存在しています。
夏のゆったりとした日本海は、季節が巡ると表情が一変します。ゆきおこしという雷が鳴ると厳しい冬が始まります。暗くよどみ、水平線ではおよそ海面と空の区別もおぼつかない、日本海の冬です。その土地に生まれ育った画家ならではの色使いで、風音や潮の香までも表現しているように感じられます。瀬田貞二の散文詩を思わせる文章と津田櫓冬の絵とが織りなす、美しい一冊です。
(紹介:清流 祐昭,2015年1月29日)