投稿日: Feb 02, 2018 4:13:41 AM
子どもが小さい頃に失敗した会話の記録が二つあります。
一つは、遠足のお弁当について下の息子との会話です。
保育所に通っていましたから、普段は給食です。たまの遠足だから、弁当作りに励もうかと思い、子どもに聞いてみました。
「お弁当、何入れて欲しい?」。
私は、テレビドラマによく見られるように、息子が声を弾ませて「卵焼き」「ウインナー」などと言い、私が「そうだね、どんな風にしようかねえ」などと応えるような微笑ましい会話シーンを一瞬想像したのでした。
でも、聞いている途中から、息子の日頃の大好物を思い出し、しまったと思いました。勘は当たりました。息子が弾んだ声で答えたのはこれでした。
「納豆と汁」。
難題でした。
もう一つは、出張に行く前にお土産を尋ねた時の会話です。
「お土産は何がいい?」
これは、まったく疑わずに車や汽車系のおもちゃを想像していました。毎日、どちらかで遊び、どちらかのビデオを見ていましたから。
でも、またまた声を弾ませて言ったのは、これでした。
「上り列車!」
これも難題です。
その後、思い出しました。彼が見ていたビデオには、「来た来た、向こうから上り列車がやって来た」という解説が入っていたのでした。
「ああ、このように返して来るのか」と思うようなことは、上の息子も負けずとやってくれました。
小学校1年生の初めての参観日のことです。「ひ」という字を習う授業でした。先生は黒板に大きく「ひ」と書き、書き順をなぞらせたりしたあと、「『ひ』のつくものにはどんなものがありますか?」と子どもたちに尋ねました。
子どもたちは、次々に「ひよこ」「ひこうき」などと答え、先生はにっこりして「そうね」と返しながら、黒板にそれらの絵を貼っていきました。いい参観日の感じです。
そこへ、息子が、なぜか粘土を丸めて粘土板でゴロゴロ転がせながら(国語の時間なのに!)、手もあげずにつぶやいたのでした。
「ひざし」
「日差し」の絵は難題です。当然用意されていませんでした。先生はとりあえず気にしないことにしたようです。すると、重ねて、また息子が手もあげずに言いました。
「ひかげ」
なんと、続けて、次のようにも。
「ああ、『ひのたま』もある!」
「日陰」も「火の玉」も難題です。先生は、手を上げてない意見だったこともあり、黙って別の挙手を促していきました。息子も言ったら満足したようで、取り上げられなくても気にせず、また粘土遊びに戻りました。先生にしてみれば、参観日なのに、とんだハプニングだったことでしょう。親としては、まったく冷や汗ものです。
しかし、息子の態度は別として、私は面白いなあと思ったのでした。「どんなものがあるか」と問うたとき、先生はすべて「物体」を想定していたと思います。手をあげて答えた子どもたちの答えもすべて「物体」でした。ですが、息子が答えたのは、「状態」や「存在」にあたるものだったからです。
とすると、この答えは、ものの名前に具体的な形を持った「物体」以外のものがあることを子どもたちが学ぶチャンスになるかもしれない、と思ったのです。国語の授業にはまったく門外漢ですが、この後、どう展開したら授業が面白いだろうかと考えたことでした。
子どもはこちらの思い込みに堂々と踏み込んできます。そんな時、こちらの思い込みや枠で子どもたちに接していることを実感させられたり、枠を外してみる見方の楽しさ・面白さを見つけさせてくれたりするように思います。
こういったことは、音楽を介した場面でも起こります。
たとえば、「ひげじいさん」の手遊び歌は、私は、手遊びとしては、歌詞に合わせて‘ひげじいさん’や‘こぶじいさん’ ‘てんぐさん’ ‘メガネさん’などの様々な動作をすることが楽しいくらいの歌ととらえていました。
ところが、2歳初めの頃の子どもと遊んだ時、この手遊び歌で一番子どもが期待しているところは‘キラキラキラキラ’部分でした。
この手遊び歌は、3歳以上児と遊ぶと、曲の途中の‘ひげじいさん’や‘こぶじいさん’ ‘てんぐさん’ ‘メガネさん’部分で動作を共有して微笑み合ったりします。でも、2歳児は、まだなかなか他者と合わせて歌うことができません。どうしても後から付いて来るように歌ったり、一部分だけ合わせたりします。この歌も、ゆっくり動作を真似しながら歌い付いてくるという感じで進みました。
何度かやっているうちに、‘メガネさん’までは後からついてくるのに、‘トントントントン手は上に’あたりになると、私が歌っている途中から‘キラキラキラキラ’を先行して歌うようになりました。手を上からヒラヒラさせて楽しそうに降ろします。しかし、‘手はおひざ’部分になると、また後追いして‘ひーざ’というのでした。何度やってもそうです。
なぜ‘キラキラキラキラ’部分だけ先行するんだろう、としばらく考え、ああ、そうかと思いました。
この手遊び歌は、音楽的にもなかなか面白い手遊び歌です。下に書いたように、1フレーズごとに開始音が高くなっていきます。それと同時に手遊びする位置も高くなっていきます。
‘トントントントンひげじいさん’→♪ドドドドドレミレド♪
‘トントントントンこぶじいさん’→♪レレレレレミファミレ♪
‘トントントントンてんぐさん’ →♪ミミミミミファソファミ♪
‘トントントントンメガネさん’→♪ファファファファファミレミファ♪
‘トントントントンては上に’→♪ソソソソソファミファソ♪
そして、この後から、一気に「ド」まで下るのです。
‘キラキラキラキラ手はおひざ’→♪ソファミレドシラシド♪
つまり、だんだん手が上がっていくのに連動して音高的にも上がっていくことで緊張感が増し、‘キラキラキラキラ’で一気に緊張感がほぐれていくようになっているのでした。2歳児は、‘キラキラキラキラで上に上げた手を降ろす時を期待しているのだなとわかりました。
とすると、3歳以上児も、実は、それぞれのおじいさんの手遊びの動作だけを楽しんでいるだけではなく、それにつれて音が高くなっていく(それを自覚しているかどうかは別として)緊張感とともに手遊びし、そのあと開放される心地よさを味わっていたのかもしれません。
2歳児の思わぬ動きから学んだできごとでした。この手遊びは、何気なくよく使われます。最後に‘てはおひざ’という歌詞があることから、集まりの時にこの歌を歌って静かにさせることがねらわれたりすることもあります。なごませることや静かにさせることだけを念頭に置いていると、うっかり見過ごすかもしれないと思ったことでした。
001でお話しした、「こいのぼり」の歌の例でも、この歌に対する大人と子どものこの違いが見えます。大人は、この歌を歌わせる時、五月の節句の話をしたり、鯉のぼりを見せたりする中で、そのイメージで歌わせることを念頭にしているかと思いますが、001であげた子どもにとって、この歌を完成させる課題は、歌詞の中にいない「ママ」を入れることでした。そこで、鯉のぼりを見上げながら、歌に♪ママ!♪を挿入して作り変え、満足したのです。
これなども、「ああ、このように返して来るのか」と学んだ一例です。こういう「自分だけのひげじいさん」「じぶんだけの鯉のぼり」を壊さないようにしたいなと思っています。
(執筆:山中 文 2018年1月30日)