投稿日: Sep 19, 2016 5:55:39 AM
視覚障害者である著者は、「耳で聞く音の他に、耳の中にある圧力を感じる器官が発達しているらしく、たとえば音を発しない壁でも条件がよければ数メートル手前からその存在を感じることができる」と言う。音を発するものを頼りにするのと同じくらいか、あるいはそれ以上に、この「プレッシャー」感知能力に頼って歩いているのだそうである。そんな著者の「音から見る世界」が、感性あふれる見事なタッチで描かれた一冊。
たとえば……
ある年の梅雨、わたしは通勤途中に信号が変わるのを待っていた。頭上の傘に大粒の雨が降り注いでいる。あんまりうるさく落ちてくるので、ふと、傘の天井のあたりに内側から掌を当ててみた。形からいうと、手で傘を支えたような格好である。そんなことをしたところで雨が食いとめられるはずもない。ところがそのとき、私は何か、とても不思議な感触を覚えた。掌に大きな丸いものがひっきりなしに落ちてくる。まるで小人が掌の上で踊っているかのようだった。あるいは、妖精たちが宝石をばらまいているとでもいったほうがいいかもしれない。その一瞬前まで、重苦しい音の圧力となって私の頭にのしかかっていた雨が、突然、無邪気でかわいらしい粒々に姿を変えて、掌の上で楽しそうに飛び跳ねている。それはまさに、空が魔法の箱となって、恐ろしい雨をえもいわれぬ滴の精に変身させた瞬間だった。
一冊の本を読み解くことで伝わってくる、風の息吹、水の鼓動、生命の躍動、そして人の温もり…。著者の「音の目線」は、「見えないけれど大切なもの」を、きっと読者の心へ届けてくれることでしょう。
(紹介:吉永 早苗,2015年7月21日)