投稿日: Sep 17, 2016 5:38:13 PM
悲しい時やつらい時、人は音楽によって助けられることがあります。誰かが歌い出した歌声が徐々にひろがり、大合唱になって感動を呼ぶこともあります。
こういう時の音楽の力は大きいものです。音楽にはこのような力があるからこそ教えるのだということが、教育における音楽の意義として繰りかえし強調されてきているように思います。しかし、音楽がもつ力や感動は、子どもに強要するものではありません。したがって、指導者側が子どもにとらえてほしいと願うものではあっても、直接教えるものにはなりません。
たとえば「ある点から一定の距離にある点の集合」という事象は、「円(○)」の図形に表されることによって実に明快に示されます。あるいは、「追いかける」という日常的な動きは、カノン1として「音のずれ」で表すことによって、我々は「追われるー追いかける」の関係の表現を音の新たな面白さで捉えることができます。私たち人間は、数、図形、音、色などの表現手段で、ことばでは表せない、ものの表し方や見方ができることを発見してきました。
粗くいえば、そのようなものの表し方や見方を音楽の特質にそくして知り、自己の世界観をひろげるところに、音楽を学ぶ意味があるかと思います。音楽は良いものだということだけとなえても、それが音によるものの表し方や見方につながることは多くありません。保育・教育現場における音楽活動は、良いものだからと強要されるものではなく、子ども自身が能動的に感じ取ったり表現したりするために、音や音の構成による表し方や見方を発見することができるものであるべきでしょう。
中学生に、演歌をつくる授業を行ったことがあります。
昔からの演歌の特徴は、まず長音階や短音階の四番目と七番目の音を抜いた音階が多く使われることです。リズムは、「チャンチャカチャッチャ」といった付点のリズムや、「ン」とつまるような休符の使用などが特徴的です。また、歌詞は、「あなた変わりはないですか 日毎寒さがつのります」2というように、七五調の歌詞が多くなっています。
これらから、授業では、いろいろな音階の学習をしたあと、いくつかの演歌の紹介とともに、表1のように演歌の特徴を押さえました。
中学生たちは、最初は「演歌なんていやだあ」と言いながらも、つくる過程で「結構演歌っぽくなる」ことに興味を持ちはじめました。そして、それにつれ、楽譜の書き方は、生徒の方から教えてくれと言ってくるし、自分たちで教え合うようになりました。結局、この授業は、卒業年次に聞いた「中学校3年間の音楽授業でもっとも印象に残っている授業は?」との問いに、クラスの半数以上の生徒がこの授業だと答えるものとなりました。
この授業例でのなによりの成果は、先の問いでこの授業が印象に残っていると答えた生徒の一人が「だから僕は演歌が嫌いだ、ということがわかった」と述べたことです。
筆者がこの授業で演歌をとりあげたのは、演歌はすばらしいと教えようと思ったからではありません。演歌が、誰でも「これは演歌だ」とわかる、演歌らしさを漂わせるわかりやすい構造を持っていたからです。
演歌は、好む人もいれば、好まない人もいます。繰り返しますが、音楽という教科ができることは、ある音楽はすばらしい、とか、ある音楽は低俗だと教えることではなく、それらを生徒自身が感じ取っていくためのツールを持たせることだと思います。
先に「だから僕は演歌が嫌いだ、ということがわかった」といった生徒は、嫌いだった演歌の構造を知ることによって、演歌に持つ自分の感情を理解しました。そして、演歌づくりを楽しむことができました。だからこそ、その生徒は一方で、演歌愛好者に対して理解を持つことができるでしょう。
小中学校では、子どもたちに音や音の構成による表し方や見方をひろげていかせるために、音や音の構成そのものをダイレクトに取り扱います。保育現場は、未分化な子どもたちが主役ですから、少し様子や場面が異なります。保育現場では、就学後とはちがう、もっと日常的な場面で、音を使って感情をあらわし、音や音の構成で遊んでいるのです。
ある保育所で、降園時、一人の男の子とおかあさんが、園庭のこいのぼりを見上げていましたところ、突然、その子どもが一番を歌いはじめました。
♪やねよりたかい こいのぼり おおきいまごいは おとうさんママ!
ちいさいひごいは こどもたち おもしろそうにおよいでる♪
その子どもは歌い終わると、にこっとおかあさんを見て笑い、おかあさんの手をひっぱって帰りました。
その子どもは、「こいのぼり」の歌の中におかあさん(ママ)が出てこないことを知っていました。保育所で歌っている時に、「ママがいないねえ」とつぶやいていましたから。そして、降園時に、泳ぐこいのぼりを見あげて、歌のフレーズもリズムをくずさずに、息継ぎの休符の中にうまく「ママ」を入れて創作し、その気持ちを見事に歌に解決したのでした。
このコーナーでは、そのような保育現場における子どもたちと音や音楽との関係にもっと気づいていきたいと思っています。また、音や音の構成による表し方や見方についても、いくつかご紹介していけるといいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
(執筆:山中 文 / 2016年9月2日)
注1 カノンとは、基本的に、いくつかの声部が先行の旋律をずらして模倣するようにつくられた曲あるいはその形式をさします。
2 都はるみ「北の宿から」(作詞/阿久悠、作曲/小林亜星)の歌詞の一部より。
* この文章の最初の方は、「音楽教育はなぜ必要か」(『教育研究』No.1328、筑波大学附属小学校教育研究会、18-21、2012)に掲載した内容を改変したものです。