投稿日: Nov 09, 2016 2:14:10 PM
音階の話が続きますが、私は、音階にかんして、不思議に思ったことがあります。だいぶん昔の話です。息子が2歳の頃でした。
ある日、息子が父親と二人でお風呂に入っていた時のことです。お風呂場から何か言い争うような声がきこえました。聞き耳を立てると、どうやら『クラリネットをこわしちゃった』(石井好子作詞 フランス曲)で揉めているようです。
よく知られているように、この歌は、3番で、小節が長くなっています。2番の「ドとレとミの音が出ない」という歌詞の部分が、3番では「ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない」という歌詞になり、その分長くなっているわけですね。
息子は、その長くなっているところが気に入っているのか、はたまた気になっているのか、風呂場で繰り返し歌っています。しかし、どう歌っても♪ドとレとミとソとラとドの音が〜♪になってしまい、「ファ」と「シ」が出てきません。そこで、父親が「♪ドとレとミとファとソと♪だよ」と教えていたようです。しかし、息子は「わからない!」とひと蹴りです。そして、再び♪ドとレとミとソとラとドの音〜♪と歌います。しかし、そこでまた父親が「ドとレとミとファ」と直します。が、また「わからない!」と断言すると、再び♪ドとレとミとソとラとドの音が〜♪と始めます。それを延々繰り返していたのです。
私は思わずほくそ笑みました。「ファ」と「シ」が出てこないなんて、やはり、日本人の子どもたちにはペンタトニックが生きていて、このふたつの音は出にくいのだ、なんて典型的な日本人らしいデータなのだと。そして、即座に録音をはじめたのでした。職業柄、子どもの歌っているところはすぐさま録音・録画するように準備していたものですから。
でも、録音しながら、すぐに、別にペンタトニックかどうかの問題はないことに気づきました。なぜなら、この歌の「ドとレとミとソとラとドの」の歌詞の部分のメロディーは全部ドの音で、♪ドドドド…♪で歌うからです。つまり、「ファ」と「シ」ということばは出てこなかったけれど、メロディーとして「ファ」と「シ」が出てこなかったわけではなかったのです。自分の早合点にあきれたものでした。
しかし、では、なぜこの時、この子どもには「ファ」と「シ」ということばが出てこなかったのでしょう?いまだにわからないままです。歌いにくい「ファ」や「シ」はことばとしても出てこないのでしょうか?
ところで、息子たちは、このあと、この揉めごとをどうやって解決したでしょう。実は、ここからが私にとっては面白いことになりました。
息子と父親はひたすら♪ドとレとミとソと…♪→「ドとレとミとファ」→「わからない!」を繰り返していましたが、そのうち、息子は一瞬だまった後、その次の歌詞に進み、♪とっても大事にしてたのに、こわれて出ない音がある♪を朗々と歌いだしました。お、進んだな、と思って聞いておりましたら、なんと、さらに、♪えんえんええーん えんえんええーん 泣いてばかりいる子猫ちゃん♪と、『犬のおまわりさん』(さとうよしみ作詞、大中恩作曲)に移行したのです。
おそらく、この時、「こわれて出ない音がある」という歌詞から「困った状況」を思い浮かべ、同じく「困った状況」である迷子の子猫ちゃんを連想したのでしょう。そこで、歌を渡り、見事に、『犬のおまわりさん』の♪犬のおまわりさん、困ってしまってワンワンワワーン、ワンワンワワーン♪に着地したのでした。
実は、同じ頃、息子のこのような連想的な表現を他でも見ました。昼間庭で遊ばせていた時、毛虫がいたので、「さわったらだめよ。痛いよ」と息子に声をかけたことがありました。その後、息子を連れて車で買い物に出かけると、交通事故の場面にであい、腕を押さえて救急処置をしてもらっているけが人の方をみかけました。「事故だね。かわいそうに」というと、息子がひとこと、「事故って毛虫だからねえ」としみじみと言ったのです。おそらく、「事故で怪我」→「痛い」→「痛いは毛虫」と連想していったのではないかと思われます。
同じようなことを歌でもやっているわけです。実は、このような連想的な渡り歩きこそ、2〜3歳児の歌の特徴です。2歳児は、歌をひとつの作品だとは見ていないようです。でたらめ歌を歌っていてそれがいつの間にか既成の歌のメロディーになってしまい、そのままその既成の歌に移行する、などということもしばしばあります。また、花壇にバラの花が咲いていても菊の花が咲いていても、「♪チューリップのはなが〜♪だねえ」と、半分歌、半分ことばのようにつなぎます。おそらく、咲いているのがバラでも菊でも、ここでは、たくさん花が咲いていることから、『チューリップ』(近藤宮子作詞、井上武士作曲)の歌を連想したのでしょう。そして、それは一曲を歌い切るのでもなく、ことばとミックスされた表現となってあらわれています。このような渡り歩きは、この頃の子どもたちにとっては、一向に構わないことのように見受けられます。
いまだに「ファ」と「シ」のことばの謎は解決していませんが、こんな風に、自由に連想して歌をつくったり、切ったり、つなげたりすることができる2〜3歳児は、なかなか表現者として有能だとは思いませんか?
*文中、歌っている部分は♪〜♪、楽曲名は『』、歌詞部分は「」で示しました。
(執筆:山中 文 / 2016年11月2日)