投稿日: Jun 23, 2018 12:38:54 PM
踏切の音
風鈴の音
玄関のチャイムの音
行進の笛の音
これらの中で、音に合わせて手が打てるのはどれでしょう?
「踏切の音」や「行進の笛の音」は、合わせて手を打つことができます。拍間がほぼ等しく、次に鳴る音のタイミングが予測できるからです。しかし、当たり前ながら、「風鈴の音」は風まかせ、「玄関のチャイムの音」はチャイムを押す人まかせですから、拍間が一定ではなく、予測がつかないため、合わせて手を打つことはできません。
私たちが日ごろ接する音楽に合わせて手を打ったり、リズムをとったりすることができるのは、その音楽に拍間が均等な拍があるからです。そのような拍の存在に気付くような小学校用授業プランを実践したことがあります。以下のようなものです。
1 まず、上のような生活の中の音を集め、予測して手が打てる音と打てない音について、クイズ形式で解きます。
2 あわせて手を打てなかった音は、どうして打てなかったのか考えます。
3 拍があるものの例として、木魚にあわせて「観自在菩薩、行深般若波蜜多時…」とみなで般若心経を唱えます。
4 「音楽でも合わせて手を打てないものがあるのか」について考え、いくつかの音楽で確かめます。
生活の中の音に拍があるものやないものがあるように、実は、音楽も、拍があるものばかりとは限りません。日本には、無拍の音楽が存在します。追分(おいわけ)様式の音楽がそれにあたります。追分様式は、馬追いが馬をひきながら自由に歌う馬子唄などが中心です。みなで息を合わせるわけではなく、一人でゆうゆうと表情をつけてうたう歌ですから、特に規則正しい拍は必要なかったのでしょう。また、現代音楽の中にも無拍の音楽が存在します。上の授業プランの4では、行進曲などにこのような曲を混ぜました。追分を聴いた子どもたちからは、「えーっ、これも音楽!?」という声があがりました。
この授業プランでは、生活や音楽の中に規則正しい拍があるかないかに焦点を当てていきましたが、これ以前に、幼児期において、拍の規則正しい間隔を感じ取ったり、その間隔の長さに対応したりする体験はとても重要です。
吉田は、幼児後期(3−6歳)は「二つの異なる行動を一つのリズムパターンにまとめる、あるいは自己のリズムを外界のリズムパターンに合わせて調整するといった、いわば『二次元的リズム行動』の形成と確立の段階」である、と述べています[1]。「二次元的リズム行動」には、けんけんやスキップ、音楽に合わせて歩く等の行動が当てはまります。「音楽に合わせて歩く」ことは、「音楽のもつリズム(外界のリズム)に自己の歩くリズムを調整するというリズム同期の行動」として、「二次元的リズム行動」に該当しています。この時期に「二次元的リズム行動」を確立することが、就学後の「三次元的リズム行動」への発達につながっていくのです1。
この時期の子どもたちにとって、けんけんやスキップも夢中になるものですが、「音楽に合わせて歩く」ことも、なかなか面白い活動のようです。たとえば、ある事例では、映画「ピンクパンサー」の主題曲の冒頭部分の音楽を流したら、5,6歳の子どもたちが、特に指導者が指示しないのに、拍に合わせて「忍び足」で歩き始めています[2]。速さやイメージが違う音楽やリズムによって、「忍び足」をしたり、のっしのっしと歩いたり、小走りでコチョコチョ歩いたりすることなどは、たくさん取り入れたい活動だと思います。それらは、規則正しい間隔に対する感覚を養う、拍の長さ(速さ)を感じ取りその調整を行う等だけでなく、イメージを音や身体で表現することにもつながります。
もともと、私たちは、赤ちゃんの時代から、眠るときに背中をトントンとたたいてもらったり、だっこで体を揺らしてもらったりして、大人からのコミュニケーションの中で拍を感じる経験を積んでいっています。そして、ハイハイや歩行などで、自己の行動をリズムパターンでまとめることができるようになっていきます。実は、「拍」は人にとって生まれた時からの長いつきあいだといえそうです。
(執筆:山中文 2018年6月8日)
[1] 吉田孝:幼児の身体表現教育(2)、松山東雲短期大学研究論集8−1、1977
なお、「二次元的リズム行動」とは、田中昌人らの提案した「二次元的可逆操作」等の用語を 参考に、吉田が考案した用語です。
[2] 保育音楽研究プロジェクト編:青井みかんと一緒に考える幼児の音楽表現、2014
この本の中で白石昌子が紹介している事例です。