投稿日: Jan 16, 2017 2:59:9 PM
音階の話が続いたので、そろそろ違う話題をと思ったのですが、音階の音律(音高の相対的関係)を必死で計算した日を思い出してしまいました。
音が高いとか低いとか、感覚的でなくて、もう少しパシッとわかりたい、とか思ったことはありませんか?
そんな人がずっと昔にいたのですよね。有名な話だと思いますが、ピュタゴラスが、ドレミファソラシドの各音の音律を数字で出しました。
前に本のコーナーで芥川也寸志氏の『音楽の基礎』(岩波新書)をご紹介したことがあります。その中にその話が出てきます。それが、一読しただけでは私にはチンプンカンプン。かいつまんでお話すると、以下のようでした。
ピュタゴラスは、一弦琴の支柱を動かしながら、次を確認した。
① 弦の長さを1/2にすると、1オクターブ高い音が出る。
② 弦の長さを2/3にすると、5度上の音が出る。
③ 弦の長さを3/4にすると、4度上の音が出る。
これらに5度を重ねていくことによって、ドレミファソラシドの音はすべて振動数比の計算で出すことができる。
しかし、5度を重ねていくと、13番目にもとの音の1オクターブ上の音が出てくるが、これは、①の音とは若干合わない。この誤差をピュタゴラス・コンマという。誤差は、531441/524288 である。
この本を読んだのは学生時代です。わからないままに、「少しは誤差が生じたのね」くらいに放っておこうとしたのですが、この本を薦めてくださった指導教官は、すかさずそんなところを突いてこられました。
「この誤差はどういう計算から生じたのかわかるか?」で、計算がはじまりました。上の楽譜の番号順に書きます。
楽譜上の一点ハ音を「ド」として、基音とします。基音なので1。
「ソ」は、1の「ド」より5度上(ドから数えて5番目)なので、弦の長さを2/3にするということは、振動数比は3/2です。なので、3/2
「レ」は、2の「ソ」より5度上にして1オクターブ下げていますから、振動数比は、2からすると、3/2(2の「ソ」)×3/2×1/2(オクターブ下がるから)です。なので、9/8。
「ラ」は、3の「レ」よりより5度上ですから、9/8×3/2。なので、27/16。
「ミ」は、4の「ラ」より5度上にして1オクターブ下げていますから、27/16×3/2×1/2です。なので、81/64。
以下、同様な手順で計算すると次のようになります。
81/64×3/2 = 243/128。
243/128×3/2×1/2 = 729/512。
729/512×3/2 = 2187/1024
2187/1024×3/2×1/2 = 6561/4096
6561/4076×3/2 = 19683/8192
19683/8192×3/2×1/2 = 59049/32768
59049/32768×3/2 = 177147/65536
177147/65536×3/2×1/2 = 531441/262144
13番目の音は、実際は楽譜の〔 〕の中の1オクターブ高い「ド」と同義となります。本来なら、1オクターブ上の音は弦の長さを1/2にすればよかったのですから、振動数比は2であるはずですが、この計算では531441/262144≒2.027となり、2にはなりませんでした。したがって、この音から1オクターブ下げた、元の「ド」の音を計算して出してみても、1にはなりません。次のようになります。
531441/262144×1/2 = 531441/524288≒1.014
これで、上のピュタゴラス・コンマの数値が出てきたわけです。つまり、もとの音よりも若干高くなります。やっと本に載っている数値にたどり着いて、おお!っと思ったことでした。
でも、ここでぴったり1に戻ってほしいところなのに、微妙に違って、ピュタゴラスはさぞカリカリと来たことでしょうね。ピュタゴラス・コンマではなくて、ピュタゴラス・ジレンマだったのではないか?と思ってしまいます。
ジレンマは、ピュタゴラスだけではなかったかもしれません。中国でも同じような考えで、計算で各音の高さを確定しようとしていましたから。
ところで、気をとりなおして、1オクターブ上は振動数比2として、ドの音を基音としてピュタゴラスがつくった音階を整理すると、次のようになります。
でも数値がスッキリしていませんね。音を重ねる時、振動数比が単純なほど、きれいにひびきます。ピュタゴラス音階では、ド−ソのような5度の振動数比はまだきれいですが、ド−ミとかソ−シの3度の振動数比はとても複雑そうな数字であらわされています。時代が下って、音楽で3度の響きが中心になってくる頃には困ったことになりました。
そこで、純正調音階が出てきます。この音階は、振動数比を少しいじって、きれいな響きをめざしました。
だいぶん、きれいな数字になってきました。響きもきれいです。 でも、今度は、ド−レの2度とレ−ミの2度の間隔の数値が合わない、つまり、同じ音程のはずなのに幅が違うというような問題がいろいろ起こりました。
そこで、最後の虎の巻として登場したのが、平均律音階です。
「いっそ、みんなで少しずつきたなくならない?」方式とでもいいましょうか。1オクターブを数学的に1オクターブの12半音で均等に割って、算出したのです。どの音ひとつとっても、きれいな整数比にはなっていません。つまり、みんな不純な響きを少しずつ持って、でも不公平なし、という感じです。
これによって、音の関係が均一になり、転調が容易になりました。実に実用的な音階になったのです。現在、ピアノは特にリクエストがない限り、平均律で調律されています。
正確な音の高さ、きれいな響きを求めてきた結果、不純を均等にわけあってしまえと解決するとは、なかなか大胆な発想ですね。もし、日本であれば、ピュタゴラス・コンマの微妙なずれをあえて愉しむことを音楽としていたかもしれません。
でも、きれいな響き、心地よい響きというのは、やはり人間は求めたいものです。純正調は、現代でも生きています。一流オーケストラの演奏などでは、純正調で音をとっていくことがよくあります。今回の話は、子どもには直接関係ありませんが、もしかすると、子どもたちの声がピアノの音よりほんの少し高かったりした時は、無理にピアノに合わせようとはさせず、無伴奏で声に耳を傾けてみてください。子どもたちだけの声の方が心地よい響きになっているかもしれません。
(執筆:山中 文、2017年1月7日)