投稿日: Dec 01, 2016 4:2:53 AM
子ども時代に「森のムッレ」という妖精に出会うことができなかった、かつて兵庫県市島町の町長をされていた方は自身の子ども時代のことを思い出し、こうおっしゃったそうです。
子どものころには十分すぎるくらい自然のなかで遊びまわっていた。(略)セミの採り方も上級生から教えてもらって達人までになった。だけど、(略)自然の循環のなかに私たちも生きていて、私たちの行動は自然に影響を及ぼしているというようなことは聞かなかった。私は町長になっていろいろな政策をやってきたが、もう少し早く、自然の循環を理解していたら護岸工事のやり方ももう少しかわっていたかもしれない。
ムッレは子どもと自然をつなぐ存在として、スウェーデンのヨスタ・フロムが創始した森のムッレ教室に登場する妖精です。「ムッレ」の語源はスウェーデン語の土壌を意味する“mullen”。「すべての生き物の生命の源が土壌にある」ということを子どもたちに伝え、自然の循環について考えるきっかけとなることを願って名づけられたそうです。
そして、ムッレを通して自然の大切さを子どもたちに伝える環境教育が「森のムッレ教室」です。通常、保育者ではなく森のムッレ教室の研修を受けたリーダーがムッレに扮して森の中で子どもたちの前に現れるのですが、子どもたちは、人間が着ぐるみを着てムッレになりきっているとは思っていません。筆者が森のムッレ教室のリーダー養成講座で出会った方で、約20年前の幼児期にムッレと出会った、という方はそうおっしゃいます。
ムッレは森の中に住んでおり、森にやってきた子どもたちに、自然を保護するために人間にしてほしいこと、してほしくないことを伝える存在です。「なぜ森にゴミを捨てたらいけないの?」と子どもたちに問いかけたり、「お花を摘むのはいいけど、根っこまでとらないでね」などと約束をしたりします。
下の画像は、筆者が約6年前に訪れたフィンランドのある保育園の保育室の一角です。子どもたちは、ペットボトル、紙類などを分別しながらリサイクルボックスに入れるのですが、リサイクルボックス近くの壁面にはムッレと森の生き物が描かれています。森のムッレ教室を導入しているこの園では、子どもたちが、ムッレの話を思い出しリサイクルの意味を理解しながら実践できるように、保育室の環境作りに工夫がなされています。森の住人ではない保育者がゴミの分別の話をするよりも、森に住んでいるムッレが話した方が納得できますよね。
現在、スウェーデン発祥の森のムッレ教室は北欧を中心として様々な国に広まっていますが、日本では、兵庫県市島町という小さな町で根付き、リーダーの養成や各種研修がなされています。本書には、その立役者で現在も中心となって活動をしている高見豊さんの体験談が掲載されています。森のムッレ教室を人々に知らせ、広めるために地元の保育所に勤める保育士が率先して協力して町を動かし、とうとう森のムッレ教室の日本での本拠地となりました。本書では、地域と保育所が協働して形を成していく様子も描かれています。
第2章では、ムッレ教室を導入し、自然を生かした大きな園庭のある園(スウェーデン南部のルンド市郊外のスターレンガン保育園)と都会にある一般的な園(スウェーデンで3番目に大きな都市であるマルメ市内の近代的なアパートの一角にあるレーキャッテン保育園)の比較調査 注1が紹介されています。
子どもの健康(年間平均病欠率の比較から)、体力テスト(EUROHITの結果の比較から)、集中力(アメリカでMaCarney氏が開発した「ADDES」注2を指標に各園の保育士による評価の比較から)といった数的な比較の他に、遊びの質の比較が紹介されていました。レーキャッテン保育園の子どもの遊びが遊具に頼り切ったものになりがちであるのに対して、スターレンガン保育園の子どもの遊びは、内容が深く創造性が豊かであるとのこと。なぜこのような遊びの質に違いが見られるのかというと、スターレンガン保育園では、遊具がすべて自然の物なので、子どもたちは遊んだ後に片づけをする必要がなく、遊んでいたものをすべて翌日までとっておくことができ、翌日になったらまた気兼ねなく遊びの続きをしてさらに内容の深いものになっていくことが可能な環境ができているからではないか、とのことでした。この調査結果から、自然の豊かさそのものよりも、子どもが豊かな自然にどうかかわっているのか、という視点で丁寧に見ていくことの重要性を改めて感じました。
(執筆:中田 範子/ 2016年11月11日)
注1 Patrik Grahn他著「Ute på Dagis(保育園の外で)」1997
注2 Attention Deficit Disorders Evaluation Scaleの略
目次
第1章 スウェーデンのムッレ教室とは―その教室といま
第2章 保育におけるムッレ教育の効果―保育園の比較研究から
第3章 森のムッレ教室を日本の子どもたちへ―兵庫県市島町から日本全国へ
第4章 森のムッレ教室はリーダーになることからはじまる―リーダー養成講座
第5章 森のムッレ教室を実践する人々―日本で活動と体験記
終章 森のムッレ教室のこれから―子どもたちの未来のために