第9回の講義では、第13章"Longitudinal research: applications for the design, conduct and dissemination of early childhood research / Stephen R. Zubrick"を参考にしながら、幼児期研究における縦断研究法について論じる。第13章の標題を訳すと、「縦断的研究法:幼児期研究の計画・実施・普及のための活用」となる。
縦断研究とは、子どもの場合、時間的に追いかけていって、その変化を捉える方法である。3,5、7歳の年齢比較をする時に、一斉に3歳を調査し、5歳を調査し、7歳を調査するような場合を横断研究法と言う。同じ調査対象者に対して、3,5、7歳のそれぞれの時期に繰り返して調査することを広義の縦断研究法の中でも縦断的パネル研究という。縦断研究とは変化を見ていくという点で素直なやり方である。現在では、縦断研究は発達心理学の主要な方法となっている。ここで言っている縦断研究とは、量的、統計的に処理するやり方である。1人、10人とか少数の人を追いかけるのは、追跡研究とは言うが、縦断研究と称するのは望ましくない。どのくらいの規模で成り立つかは研究の方法や目的にもよるが、調査対象者数は数十人(100名以上でないとたいていはうまくいかないが)から数千人くらい(時に1万人程度)で、研究の時期は数ヶ月、1、2年という短期縦断、数十年の長期縦断まである。研究期間が最高に長いのがアメリカで、生まれてから死ぬまですなわち70年から90年くらいまでの長い研究もある。
縦断研究は、早いものでは1920年代から始まり、人間が生まれてから死ぬまで(調査可能な範囲まで)続けている。0歳から始める研究もあれは、10歳から始める研究もある。その研究の目的によって異なる。身体、健康、疫学、健康的な問題については、60歳以降くらいから研究を始めれば調査対象者の中に癌や糖尿病などを発症する人もいるので、研究期間としては適切であろう。日本でもいくつかの縦断研究は開始されており、無藤も加わって実施した乳幼児研究もある。日本で年に1回の大規模パネル調査として、厚生労働省が行っている調査がある。諸外国では非常に多く、アメリカではいくつもの縦断研究がある、ニュージーランドのものがよく引用されるが、アイスランドのものもある。ニュージーランド、アイスランド、ハワイでは島国であるため調査対象者が比較的移動が少なく追跡しやすい。縦断研究は色々な問題があり、対象者が引っ越してしまい連絡がつかなくなってしまうという問題がある。日本の場合には、携帯電話でつながる可能性もあるが、郵便だと引っ越して分からなくなることもある。家庭訪問や大学に来てもらう研究は手間がかかって、引っ越されると大変なことになってしまう。アンケート調査では郵便で送って返してもらうだけでも大変である。途中で脱落するケース、調査を断られるケース、引っ越してわからなくなるケースなどある。実を言うと、これから話す話の多くは、質問紙だけの研究は少ない。実際には、質問紙だけで追跡する研究は世の中には多く存在するが、研究としての価値は低い。研究価値がある研究というのは、家庭訪問や実験室調査を重ねていき、数百人から数千人を対象としたものである。
ここでは触れないが、幼児教育の効果や色々な議論は縦断研究によってなされてきた。そういうものの中にはアメリカで有名になったジェームズ・ヘックマンの研究がある。彼の研究はアメリカの幼児教育のデータを再分析して有名になった研究であり、イギリスでも数千人規模の縦断研究があり、調査対象者は高校を卒業したくらいの年齢になっている。1990年代に開始された研究である。その他、対象者が生まれてから長期間で信じがたいくらい大規模な研究もあるが、大抵の研究は2年~3年くらいの期間でやっているものが多い。縦断研究は質問紙だけでやるのも結構大変だが、調査協力者の数を維持することも大変な苦労を要する。研究の中には4、5年かけてもものにならないものもある。
イギリスなどでは、大規模な縦断研究があり、例えば、家庭訪問、幼稚園や保育園を訪問して、研究室にも年に数回来てもらって、乳児から研究を開始して中学生まで数千人規模で行うなどである。年間10億円単位で費用がかかるだろう。日本で大規模な縦断研究がないのは予算の関係だと思われる。日本では年に一億円の研究でも難しい。さて、縦断研究で20人30 人を対象にやっても統計的に意味のある結果が出ないので研究的には意味がない。縦断研究というのは通常は共同研究で実施するため、修士論文や博士論文などの個人研究ではできない。著名な研究者が数名で協力し合い、国家プロジェクト並みにやっていかないと成り立たない。縦断研究はやることは難しいし、費用がかかる。アンケート調査ならば郵送費だけで済むが、愛着を調べるような心理学の研究では、時には実験室に来てもらったり、家庭訪問をしたりして親子のあり方を観察などする。時間的にも一人あたり半日はかかる。子どもに知能検査をする場合、集団式は信頼性が低いので、個別式を30分から1時間かけて実施する。しかも、対象者数は100名でも少ないとされる。縦断研究では、どうしても年々対象者数が減っていくので、最初に多めに取らないといけない。それが第一の問題である。縦断研究ができる国はナショナルプロジェクトで行っており、韓国、アイスランド等々があげられる。アイスランドやニュージーランドなどは島なので移動が少ない。アイスランドの場合は人口が数十万人しかいないため、国の中でほぼ家系が分かっている。アメリカで多いのは連邦政府や財団が費用を助成しており、幼児教育の大規模調査は、カーネギー財団が年間何億円以上も費用を出している。
2番目の問題は、目的となる研究対象者を手に入れなければいけないということである。そこら辺の人を取っていいというような研究の場合は、普通、産婦人科から追跡する。アメリカでは、コミュニティ新聞に研究協力についての広告を出すか、または、赤ちゃんが生まれるという記事が出たのを見て、そこから対象者を見つけていく場合がある。対象者を絞っていくと研究の実施はさらに難しくなる。要するに、決まった場所にいる人たちは見つけようがあるし協力もしてもらえる可能性があるが、難民の人たちとその子どもがどうなるかを追跡するような研究の場合は大変である。まず、研究の協力を得ることが大変だし、同じ場所に暮らしていないことがほとんどであろう。社会的に重要な問題はそういうところにあるので難しい。
アメリカの研究では、虐待や不適切な養育を受けた子どもを追跡する研究が多い。そのような研究の場合、児童相談所と協力しているが、日本ではほとんどそのような研究はできない。個人情報保護法に抵触するであろうし、そうでなくても児童相談所は協力してくれないだろう。さらに、そういう家庭や親に協力してもらうのは日当1万円くらいを支払わなければいけない。日本でも日当1万円出せば協力してもらいやすい。特に、小さい子どもを持っている親には協力してもらいやすい。タクシーで送迎するというものもあるが、1ケースのデータを取るのに何万円もかかってしまう。
テキストの204ページには、縦断研究では何を調べるかについて述べられている。つまり、個人内の変化を見ていくのである。例えば、幼稚園、小学校に通っているということや、家庭内では、両親の離婚、虐待などの出来事で見ていく。縦軸に、認知、感情、行動(問題行動、暴力、自殺、犯罪)、態度などを示し、他に、学校成績などを調べて学力として示すこともできる。身体的成長、心理社会的なものとして友人関係を調べることもある。年齢、心理社会、生理的な変数との関係や問題行動を引き起こす可能性のある要因を見つけていく。知能検査のIQが高い、抑鬱度が低いなどの関連を調べる、こういう類いの発達精神病理学の研究ではリスク要因というものがあるが、問題行動に対して多いか少ないか、起きるか起きないかに関連するかもしれない要因のことである。学校の学業成績に対して、親の学歴、貧困、虐待、両親がそろっているか離婚しているかなどとの関連を検討した場合に色々あり得る。愛着がうまくいっていないことと学業成績が悪いというのは相関である。思春期というのは色々な意味で危険な状態が高くなる。小学校高学年から高校生くらいまでを思春期というが、危険状態の抑鬱が高く、非行行動、犯罪行動、危険行動が起こりやすく、代表的なものとしては薬物があげられる。日本ではアルコールやタバコの問題である。性的に問題がある行動と称しているのは避妊しないセックス(妊娠とともに性感染症の危険がある)、多数を次々に相手にするセックス、見知らぬ相手とのセックスなどが含まれる。
追跡調査をしていくと3グループに分けられるとして、多い方にある要因とない方にある要因とを比較し、それぞれをリスク要因、防御要因という。リスクを表し指標をリスク指標と呼ぶが、その関連は単に相関である。その関係を詰めていき、どういうことが起きて、次の行動等が生じるかを明らかにするのがリスク機構(メカニズム)の解明である。子どもが小さい頃の問題行動には、攻撃行動、いじめ、いじめられる、不登校気味が含まれるが、何が影響するかと言うと、親の学歴、虐待、経済状況、不安定な家庭状況(母子家庭、パートナーがしょっちゅう入れ替わる)、特に重要なのは虐待や暴力、DVを見る。母親の抑鬱などが関連している。子どもの資質として、否定的情動性(かっとなりやすい傾向)などのリスク要因があげられていて、指標で測定している。リスク機構(メカニズム)とは、それぞれの要因の因果関係を見るものである。例えば、母親が鬱だと、数年後に子どもが外的な問題行動や内的な問題行動などの問題行動を起こしやすい。内的な問題行動には、不眠、鬱的状態、チックなどが含まれる。母親の精神衛生が重要な指標となる。それ自体の因果関係は特定されておらず、そのために母子の相互作用を研究するのは別にあり、縦断的に研究をすることもある。母親が鬱的であるということと子どもの問題行動との間に何が起きているのかというプロセスを調べる。例えば、母親の子どもに対する感受性が鈍くなる。子どもが親を求めている時に応じない。子どもが微笑んできた時に微笑みを返さない。そういうことは鬱的状況ではありそうなことである。母親が子どもの食事の世話をしないほどでないにしても、子どもとの感情のやり取りが乏しいというのもありそうだ。リスク機構が特定されるためには、縦断的研究だけでなく、一回だけという研究もあり、メカニズムを明らかにしていく。質問紙研究の場合、大人の意見や態度、鬱状態、子育て、夫婦関係は質問紙でわかるが、子どもとのやりとりは実際の行動との一致度が低く、観察しないとわからない部分がある。そこが手間のかかるところである。
次に、そういう問題について、もう少し細かく見ていく。一人の子どもが生まれて、大人になり、高齢者になっていく。その全貌を知ろうとするのが発達心理学・発達科学である。発達は生物学的にある程度決まっている部分で起こっており、文化社会的な変化、歴史的な変化があり、要因の複雑な関係が絡んでくる。
205ページの図13-1に1945年に生まれた子どもの場合の仮説的ライフコースが示されている。縦軸に、心理的、社会的、生理的変数があり、横軸に、時間軸があり、乳児、幼児、青年、大人、中年、高歴者となる。環境的文脈には、家族、コミュニティ、社会が含まれる。家族とは、親と子の関係、温かい関係なのか、感受性のある関わりをしているのか、父と母はどうか、祖父母はどうか、きょうだいはどうかということを意味している。コミュニティとは、子どもが属する家族以外の関係、幼稚園、保育園、小学校、中学校、高校、大学、就職先のことである。社会とは、失業するとか、ライフストーリーとか、人生の履歴、人さまざまということである。典型的な流れはあるが、その中で、それぞれの個人が行う、独自の行動がある。例えば、健康問題の場合、14、5歳でタバコの喫煙をし、その後中年でアルコール依存になっていくかもしれない。縦断研究はこれを追いかけていくことである。それに対して、この時点で調べるのが横断研究である。例えば、中学生の時期で横断的にカットしてデータを収集するなどである。
時代的な背景を見てみると、国内の出来事と世界的な出来事が起こっている。1945年に第二次世界大戦が終戦、1950年代にはテレビ発売され、ポリオのための小児ワクチンが開始され、1960年代には男女同一賃金雇用、ベトナム戦争、1972年にシートベルト着用、1975年に高等教育の無償化、1980年代にはエイズ流行、ドルが変動相場になった。その後、奨学金制度の導入、1992年にWWWインターネット導入された。2001年9・11の同時多発テロ、2008年にリーマンショック、そこから立ち直るのに7、8年かかった。2000年代には児童手当の導入、世界財政危機が起こった。これらの時代的背景が、子どもの発達の中心にどの程度重要かはさらに検討が必要である。より直接的に子どもの世界に影響するものとして、テレビの導入や、1980年代のファミリーコンピュータの流行により、子どもの外遊びの時間が減少した。このようにさまざまな変化が起こった。このようなことが発達研究の難しさにつながっている。1歳に対して、2歳の特徴はこうでと発達心理学者は言いたいが、年齢ごとの脳のあり方、年齢規範による年齢依存で考えてきたことが、テレビゲームやスマホが乳幼児の生活に入ってきて発達の様子を変えていくのである。心理変数や社会変数にどう関連するのかを正確に比較するのは難しい。スマホが入る前と後とで比較するのも難しい。スマホだけが子どもの生活に入っているわけではなく、他の多くの要因が共変して、時代を形成していくので、それだけの影響を見ることはできない。さまざまな変数の絡み合いがある。それは、目的とすることを縦軸にとり、アウトカム(結果)とし、学校の成績、抑鬱、問題行動をアウトカムと言っている。どのアウトカムを選ぶかによって変わってくる。あらゆることを調べる訳にはいかず、どれかに絞るしかない。
縦断研究に伴う問題には以下の6点がある。
第1は、測定の問題である。数千人のデータをとるのだが、それを量的測定で調べている。そういうときの量的指標がどの程度信頼性、安定性があり、信用できるものか。さらに難しいのは、それを時間を追って調べたときに、同じものを測定していると言えるのかという問題である。しかも、ある限られた範囲の中でやるしかない。質問紙調査やインタビュー調査でも同じで、100ページの質問紙、5時間のインタビューには誰も答えてくれないので、ある制限の中で調べるしかなく、そこに研究者のジレンマがある。そこをどうしていくか。身長や体重などの生理学的指標は比較的安定している。測定方法が明確であり、データが測定によって変わることはない。体重や身長は一日の中でわずかな誤差はあるがおおむね安定している。それに対して、心理的指標は少し不安定である。性的成熟については、半年か1年くらいである程度確定できる。繰り返し測定して変化を見たい。多くの縦断研究は、最低、3回、多くて、4,5回は測定を繰り返していく。2回の測定だけだとよくわからないことがあり、縦断研究だとは言いがたい。最低4回くらい測定しないとパターンがわからない。
さらに、似た指標で同じ概念のものとして、例えば、ペアレンタル・モニタリング(親による監督)というものがある。子どもがどこにいて何をしているかを親がどの程度分かっているかを調べるものである。4歳と14歳では親子関係が異なるので質問を変えなければいけない。4歳では、通常子どもは親の目に見えるところにいる。14歳では誰と遊んでいるか親は知らなくてもしょうがないが、「夜中まで一晩中いないことがありますか、そういうときに連絡をさせますか」というように、年齢によって聞き方が変わってくる。
縦断研究のデータの整理は多変量解析で分析できるようになり、測定手段も開発されてきた。唾液、血液、脳波検査、活動計測(万歩計みたいなもの)で活動内容を三次元データで見ることができるようになった。活動の縦の動きも分かる装置を用いて運動量を計る調査もある。スマホを用いて、一日何回もその人の気分状態を聞いていく調査もある。気分の状態を毎日ランダムの作成をし、スマホで5段階で尋ねる。このようなリアルタイム測定や、生理学的には血圧測定などがあり、縦断研究の手法が進化してきた。いかにして対象者に対する負担を減らしながらも妥当性のある信頼性の高い研究をするか。手間をかけずお金をかけずできないか考えることが重要である。
2番目の問題としては、行政的なデータと結びつけていくことである。学校の出席状況、逮捕歴、裁判歴、病院に通っている記録などを用いる。個人情報保護があり難しいが、行政が入ることで部分的にデータを使うことができる。統計的に使うときには許されることもある。子どもの場合は保護者の許可が必要であるが、ヘックマンが用いた元データの中の逮捕歴などは、警察のデータを州政府と協力してもらったのであろう。ということで、許可を得ることは難しいが、行政データを手に入れば重要なものとなる。自分たちが集めているデータと結びつけて研究に用いることができる。小6と中3の学力検査と結びつけると貴重なデータとなるが、個人番号が適当に付いていて、数千人の元のデータに戻らなければならず、結びつけるのは手間やコストがかかってしまう。もし使用できれば非常に重要な意味がある。
3番目は、地域の効果を調べることである。どの地域で調べるかによってそのサンプルは異なる。縦断研究では、特定の地域を限定しているということもある。ヘックマンの研究では、論文の中で貧しく犯罪の多い地域の子どもたちを対象としたと述べている。その研究で幼児教育を行った方がよいという研究結果は、中流階級の子どもには当てはめることはできないかもしれない。大都市圏と地方、地域の影響を丁寧に細かく見ていく。例えば、東京23区の同じ区内でも、高級マンションがたくさん建っているところと、古くからの商業地域ではだいぶ階層も文化も異なるだろう。同じマンションでも、分譲、都営、賃貸によって、収入、学歴が違ってくる。ストリートビューで調べたり実際に行ってみてはどうだろうか。丁寧に見ていく必要がある。本人に聞くか、別な形で調べなければいけない。アメリカのスラムの研究では、「夜中に銃声が聞こえたか」という調査項目がある。イスラエルの調査では、「身近な人で砲撃によって亡くなった人がいるか」という調査項目がある。細かく見ないと、エリアの調査はできない。そういうスラムなどでは、近隣の犯罪が多いので、地域や近隣の効果としては、犯罪、高校中退、薬物、麻薬が蔓延しており、その中で高校を卒業するだけでも大変なのである。
4番目は、ここ20年間で、遺伝子、特にゲノムと環境要因との相互作用を調べる研究が激増していることである。この分野に関しては、医者、生理学者、心理学者が共同研究をしている。そろそろ色々なことが分かってきた。とにかく個人差が大きく、時々暴力を振るわれるという虐待を受けても立ち直れたり、大丈夫だったり、そこに本人の強さがあり、遺伝子による違いが大きいことが分かってきた。環境の影響を受けやすい人と受けにくい人がいる。環境の影響を受けやすい人は、いい影響も受けやすいが悪い影響も受けやすい。反対に、いい影響も受けにくい人は悪い影響も受けにくい。愛情も受けやすいが、例えば、恋人に依存しやすいタイプと依存しないタイプをあげることができる。依存しやすい人はダメージを受けやすい、環境の影響を受けやすい人はうまくいっているときは良いが、どちらの場合がいいとも言えない。双生児研究を用いて、遺伝子と環境との相互作用を調べる研究もある。
5番目は、社会的な不公平、つまり、社会的勾配(social gradients)である。貧困、不平等の問題、親の健康、病気、犯罪などが子どもに影響を与えており、最大の問題は世代間連鎖である。親が生活保護を受け、その子どもが再び生活保護ということもある。それ自体が問題と言うより、失業することが、職につくだけの教育をうけなかったあるいは受けても身に付かなかった人の人的資本(human capital)の問題がある。うまく教育を受けられる機会を用意するとともに、利用できる態度、能力、スキルを養っていかなければならない。近隣の環境の問題や社会的にも問題がある。教育可能性を増すために、人間の力、能力を高めるためにはどうしたらいいか、機会を与えればいいというだけではなく、経済的援助や学費だけでなく、いろんな意味での励まし、つまりエンパワーメントが必要である。小さいときの経済的不平等、文化的不平等については、エリートサラリーマンでも子どもが小さい時に収入はそれほど高くないので、子育てのあり方、暴力などのあり方がどのように影響するのかを調べて、国の政策につなげていくことが重要である。世代間の負の伝達を防ぐことに注目をする。世代間の悪循環を断ち切るかに幼児教育は一つのポイントになっている。中学生で断ち切るのは難しいが、幼児期ならば子どもを変えていく可能性が高いと考えられる。
最後に、スタディ・ガバナンス、つまり研究の管理の問題である。どのようにデータを集めて保管するかという問題。研究が何年にも渡るため、データをどのように保管するのかを考えると、機密情報を扱うため個人で保管するレベルではない。機密情報を保ちつつ、追跡をするためには個人を特定できる記号をつけなければいけない。研究資金を出す政府や自治体、財団の考えるところと研究者の目指すところのずれがでてくるが、そこをどうするか。縦断研究をやると準備に時間がかかるが成果がでない期間がある。研究を開始しても最初の1年間は研究の成果がでない。3回くらい測定すると研究の傾向が分かってきて面白くなってくる。なるほどの結果になるが、それを辛抱強くやる。結果が出ない時にスポンサー側を説得し、早く結果を示すように要望を言われるだろうが、それにどうやって応えるかが難しい。さらに、縦断研究を維持していかなければ行けないが、大体4年くらいで資金が切れて、次をもらえる保証がなく、研究ができなくなってしまうこともある。
以上のように、縦断研究には色々な難しさがあり、そういうことも考えていかなければいけない。縦断研究は、重要な研究方法であり、発達心理学の中心的な研究法の一つである。社会的に個人的にリスク要因の予防という目的にとっては、中心的な方法だが、実際に実施するのは多くの難しさを伴うのである。
(執筆:無藤隆,2017年6月12日)
(まとめ:白川佳子・木村明子)