投稿日: Feb 08, 2017 12:1:56 PM
トンネルの中で、思わず「わぁ〜〜っ」と大きな声を出した経験、ありませんか?なぜ、大きな声を出してしまうのでしょう。声が、よく響く(反響が大きい)からですね。
広島の幼稚園にお伺いした時、2階の保育室から階段を降りて遊戯室(ホール)に走り込んで来る子どもたちも、その多くが「わぁ〜〜っ」と声を上げていました。ダイナミックな遊びに向かう勢いに加え、声の響きが広がるのを面白がっているようにも見えました。ホール内では、カプラを「カラカラカラ」と音を立ててばら撒く子どもの姿がありました。その直後、数人の子どもが「コッコッコ」と言いながら、腰をかがめてそのカプラを拾って歩くのです。カプラは鳥の餌。面白い遊びを思いつくものだなあと思いましたが、カプラをばら撒く時の音の響きが、子どもの遊びを誘発しているのではないかと思いました。
そこで、東京都内のある幼稚園で、音の響きと子どもの行動の関係について調査をしてみることにしました。この幼稚園を選んだのは、以前伺った際、音の響き方の多様性を感じたからです。①響きの広がる感じのする玄関ホール、②自分の出した音が跳ね返ってくるようなテラス、③ホールとテラスを繋ぐ階段下のカーペットスペースは音が吸収される感じ。その3カ所にビデオカメラを設置し、午前中の自由な遊びの時間の様子を録画してみました。
子どもの動きを、「足元の動き」「声」「モノを使った行為」の3種類に分類したところ、「足元の動き」がもっとも多彩であったのは②のテラスでした。爪先で歩く、強弱をつけて歩く、リズミカルに跳ねる、蹴り上げて走る、わざと大きな音を立てて歩くなど、その歩き方も多様でしたが、歩いたり走ったりという動きが、いつの間にかスキップやダダダダと足を踏み鳴らす動きに変わってしまうというように、動きが途中で変化するのが印象的でした。子どもたちは、自分の動きに応じて変化する音を楽しむために、テラスを移動しているようにも思われました。
「声」がもっとも多様であったのは、①のホールです。感嘆詞の「アー」とか「オー」とか、弾んだ気持ちの「ラララー」、動作の勢いを表すような「ウォー」「ガー」など、語尾をのばす発声、一音一音をはっきりと発音するような(マルカート的な)発声がしばしば観察されました。自分の声を意識的に響かせる面白さや、音に包まれる心地よさを感じているように思いました。ビーズを一面にばら撒いたり、積み木の箱をひっくり返したりする「モノを使った行為」も、音が大きく響く面白さから生じたものでしょう。
「モノを使った行為」が多様だったのは、③のカーペットスペースです。紙で作った紐や箱を振り回し、手すりや壁に当てて音を出したり、ホールでは拡声器に見立てていたラップの芯を、撥のように使って身の回りのモノを叩いて音を出したり。また、ラップの芯を耳に当ててまわりの音を聴き、音の変化に気づいたり、それをホールの方に向けて遊びの声や音を聴いたりする行為もありました。「聴く」ということ自体が、遊びになり得るのですね。
この観察から、①響きの広がる空間は、音や声を大きく響かせようとする行為を促し、②響きの吸収されるような空間は、音や声に耳を澄ますことを促す。また③音の跳ね返る空間は多様な音を生み出す動作を引き出し、子供に音と戯れることを教えるといったことがわかりました。(詳細は、拙著『子どもの音感受の世界』萌文書林pp.72-89をご参照ください。)
今日、騒がしい音環境下にある多くの保育室において、静けさに配慮することは、大変重要な課題です。子どもが精神を集中させて緻密な動作を伴う遊びをしたり、声のやり取りの細かなニュアンスを感じ取ったりすることは、静けさがしっかりと確保される中で、初めて可能となります。加えて、子どもが身のまわりの音風景に感性を開く際にも、騒音は甚だ不適切な障害物にほかなりません。
このように、音響レベルの全体的な水準を下げることは、今日の保育環境においてとても大切なことですが、音風景に関するデザイン上の配慮のない防音対策を行うことは、絶対にこれを避けなければなりません。
音と環境の関係のあり方は、相互作用的です。「響き」の有り様は、子どもの遊びを強力にアフォードしていました。その際「環境」は、刺激のように「押しつける」のでなく、知覚者が「獲得し」、「発見する」ことで、そういった心地よさを保育環境の中に確保することが重要でしょう。
騒音対策と称し、すべての床面をコルク張りにしたり、壁面を吸音材で埋め尽くしたりしてしまったなら、今回の観察で得られたような、多様な音を伴う子どもの表出行為は、まるで姿を消すことでしょう。仕切りにカーテンを用いたり、床面にカーペットを敷き詰めたりするなど、モノの配置や素材を工夫することでも、音環境は多様に変化します。静けさを保障するということについては、保育者の言葉かけや配慮によってある程度の成果を得ることができますが、いったん除去された音の響きが元に戻ることはありません。
レッジョ・エミリア市の幼児教育の取り組みには、「場の音響は除去するのではなく、設計されるべき」と明言されています。反響音や周波数などの物理的な音響が、同市に所在する園舎の設計指標の一つの基準となって確立しているのです(レッジョ・チルドレン/ドムス・アカデミー・リサーチセンター:田邊敬子訳『子ども・空間・関係性ー幼児期のための環境メタプロジェクト』学研,2008,p.96)。音環境のデザインを考えるとき、物理的に音を測定する意味は大きいわけですが、自分の耳で聴いた感覚、積み木で床面を叩き合わせたときの音の印象は、音響分析(波形分析ソフトを用いた残響分析)の結果と正確に一致するものでした。
ご自身の聴覚のもつ可能性を信じ、子どもが感受する音を同じ聴位に体験してみてください。それが、音環境をデザインする試みの第一歩です。ご紹介した観察では、子どもたちが、場の響きを感受して遊びに取り入れていることがわかりました。保育者もまた、多様な音響空間に身を置き、その場の余韻を味わってみることで、子どもにとって最も望ましい音環境をデザインする手がかりを得ることができるのではないでしょうか。
(執筆:吉永早苗,2017年2月5日)