投稿日: Aug 01, 2017 2:26:2 AM
東京都の西部を南北に横断するモノレールに乗ると、かなたに楕円形の大きく目立つ建物が見えます。この一見、奇抜な印象の建物が「ふじようちえん」の園舎です。園舎の建築に有名なデザイナーが関わると「やっぱり面白い」、「こんなにも奇抜で奇妙なデザインになるものなのか」、と多くの人は思うのではないかと思います。私もその一人でした。しかし、実際に園内に足を踏み入れて先生方のお話を聞くと、この奇抜なデザインの一つひとつが現代の子どもに対する思いを込めた保育環境であることがわかります。
寒ければ走り回って身体を温め、日向ぼっこすればよい。暑ければ、木陰に涼んで水を飲み、風に吹かれていればよい。ふじようちえんはそんな空間を用意している。機械を使って環境を制御するのではなく、「人が動いて心地よい居場所を見つけたらいいじゃないか」とでも言っているような単純な建築が、今の時代にこそ評価されるべきである。
これは、ふじようちえんが日本建築学会賞を受賞したときに寄せられた文章です。園舎を改築するにあたり、園長である著者とデザイナーの佐藤可士和さんは、いまある自然環境を生かすことから出発し、「園舎自体が巨大な遊具」というコンセプトを構想したそうです。
そして、そこからなぜ園舎の形が楕円形へと行きついたのかが興味深いです。発端は園長先生が一日中園内を歩き回って、保育室をのぞきながら子ども一人ひとりとかかわるのに丁度よい形だから、ということだったそうですが、実際に園舎を楕円形にしてみたら(写真1,2)、園舎の屋根に上がって走り回る子どもがおのずと増えたそうです。楕円形だからこそ、子どもたちは一旦止まって踵を返すことなく回遊魚のように走り続けることができるのですね。実際に研究者がふじようちえんの子どもたちの歩数を調べたところ、都内でサッカーを取り入れている幼稚園の子どもの約3倍以上も多かったそうです。
写真1
写真2
この楕円形の園舎は保育環境が予想外の子どもの動きを生み出した例ですが、意図的にこだわりを持って作られた保育環境もあります。その例が「あえて不便を作る」という意図のもとに作られた、照明のスイッチ(写真3)、保育室のドア(写真4)、園庭の水道(写真5)です。多くの子どもたちが、便利な生活環境のなかで育っており、中には「先生、リモコンはどこ?」と尋ねる子どももいるそうです。スイッチ一つであかりが灯り、前に立てばドアが開き、手をかざせば水が流れるという環境を見直し、ひもを引っ張らないとつかない照明、最後まで力を込めて閉めないと隙間風が入ってしまうドア、そして、園庭の水道には意図的に水受けをつけず、水を流すと自分の足が濡れるということを体感できる仕組みをつくっています。つまり、自分の足が濡れるという体感があれば、保育者が伝えなくても自分で気づいて蛇口を閉めることになるだろう、という子どもの気づきを大切にした環境づくりがなされているのです。
写真3
写真4
写真5
「子どもだけではなく、保育者もいつまでもここにいたいと思うのではないか」とは、先日の当園の公開日に見学させていただいたときに、私自身が抱いた率直な感想です。子どもも保育者もわくわくした気持ちで、適度に不便そして存分に自然を感じられる環境にかかわってみると人々が暮らすうえで大切なことが見えてくるのかもしれません。
ふじようちえんの子どもたちは上履きを使用していないそうです。なぜ上履きを使用しないことになったのでしょうか。「当たり前にいつもここにあるもの」という保育環境の一つひとつを「本当に子どもの生活に必要か」という視点でとらえてみるとそれぞれの園の「ひみつ」のしかけを作り出すことができるかもしれません。
(紹介:中田範子,2017年7月19日)
目次
一章 園舎自体が育ちの道具
二章 ふじようちえん式モンテッソーリ・メソッド
三章 幼稚園での子どもたち
四章 子育てに「正解」はない
五章 働く先生が幸せになること