西曆2017年 9月~10月 個人電子書簡(Ladies first の件で公共放送局及び番組制作会社へ回答)

2017年9月29日(金) 13:25 JST

株式会社 〇〇〇〇〇〇〇〇

〇〇〇〇様

スイスのチューリッヒ国際空港にてメールを拝読いたしましたが、搭乗時刻になってしまい返信できず、帰国後にバタバタしていて返信が大いに遅れてしまいました。私のような万年講師にご質問の白羽の矢(この言葉の由来もあまり宜しくないと聞きますが、、、)が立ったことに驚いております。

実は結論から申しますと私自身、英語の言い回し ladies first (レイディーズ・フアーストゥ)について「中世の騎士道に由来する紳士的行動」という俗説と、「男性が自分の身を守るために女性を盾にしていた」という俗説のほかに知るところは多くありません。また、「騎士道(chivalry)」と「女性を盾に」は一見矛盾するようでいながら、その実、合理的な理由が見え隠れします。中世に西欧の騎士(knights)が活躍した時代、騎士は敵の襲撃に遭って殺害される危険がありました。そこで自宅に訪問客があると、まずは妻を先頭にして扉を開けさせた。女性ならいきなり斬りつけられる可能性は低いだろうとの考えですが、夫の身代わりとも取れます。とはいえ、騎士ともなれば使用人の一人も雇っていた筈であり、来客があれば先ずは使用人が応対したでしょうから、この俗説にはちょっと無理があります。

一方で、その同じヨーロッパ中世には騎士による貴婦人崇拝という慣習、つまり騎士たる者は貴婦人(ladies)の名誉を何としても護るという麗しき習わしがありました。貴婦人・淑女を引き立てるという意味で ladies first の習慣が起こったと考えるのが自然ではないでしょうか。有名なところでは、国王エドワード三世(Edward III, 1312-77; 在位1327-77)と、その長男エドワード黒太子(Edward, the Black Prince, 1330-76)に由来し、現在の英国及び英連邦で最高の騎士道勲章とされるガーター勲章(Order of Garter: 日本人では明治天皇以降の歴代天皇が叙勲者)の起こりです。手前味噌ですが、「イギリス文化論」授業資料ウェブページ「英国王室紋章に書かれたモットー」( https://sites.google.com/site/xapaga/home/coatofarms )の【解説】を一読ください。

余談ですが、今となっては lady という英単語の地位は大いに落ち、給食のおばさんをイギリス英語で dinner lady と呼びます。お昼なのにディナーなのは、人口の多くを占める英国労働者階級では昼に dinner を食べ、夕方に tea と称する食事を摂るからです。

もう一つは、聖書の時代の中東から欧州へと繋がる羊飼いの遊牧生活の伝統が考えられます。羊を率いて或る土地から別の土地へと移動するに際して、羊飼いは羊を前に歩かせ、自身は後ろからついて行きます。そうすることで大切な財産である羊たちを外敵(獣や敵対者)から護るのが比較的容易になります。女性についても羊と同じことが当て嵌まります。妻や娘を先に歩かせることで、女性という財産を護ったわけです。古代や中世に於いて女性は一家の主(あるじ)たる男性の財産と考えられ、現在のような独立した一個人ではなかったのです。

以上、曖昧な解説になってしまい、御社番組制作者のご期待ご意向に沿うような内容でないとすれば、申し訳ございません。

最後にお言葉ですが、番組企画書PDFファイルにあった、、、

○クッキーとビスケットの違いってなに? ⇒答え:乳脂肪分の割合の違い。

について私は、cookie は米語なのでアメリカ流の製法で作られたお菓子、biscuit はイギリス英語なのでイギリス流の製法で作られたお菓子と理解しております。

○乾杯のときに「カチン」とグラスを合わせるのは、なんで?

⇒答え:お互いのグラスに毒が入ってないことを証明するため。

について私は、悪魔除けのため(お祝いの席で悪魔に嫉妬されるのを避けるため)と理解しております。

昭和女子大学

総合教育センター講師

原田俊明

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2017年9月29日(金) 15:58 JST

株式会社 〇〇〇〇〇〇〇〇

〇〇〇〇様

番組を面白くしようというお気持ちは分かります。が、西欧の ladies first の習慣について、「これが起源だ!」と自信をもって言えるものがありません。騎士たちの貴婦人崇拝と、羊飼いの遣り方の踏襲の方に個人的には傾く者ではありますが、これらについても「男性が自分の身を守るために女性を盾にしていた」という俗説を打ち負かすほどのインパクトには欠けています。

>先生のご説明を拝読した私の理解で恐縮ですが、

>仮にその「盾」説が存在したとしても、

>結局のところ、それは襲撃する側の「貴婦人崇拝」の心理を逆手にとったある種の作戦、

>つまり元々「女性を大切にする」という心理が意識的にか、無意識的にかあったからこそ、

>「女性ならいきなり斬りつけられる可能性は低いだろう」という考えに至ったということでよろしいでしょうか。

興味深い解釈だと思います。確かに「いくら敵対する側の騎士でも、騎士道精神に則れば、卑怯な真似(=女にいきなり手を出すこと)は出来なかろう」という心理が護りの側の騎士に働くため、それを逆手にとった作戦というわけですね。残念ながら私には断言できません。もし番組にコメントするとすれば、「騎士道の貴婦人崇拝の習慣から女性を崇拝したからこそ ladies first が起こったとする見方と、実は男性が自分の身を守る手立てだったとする、一見相矛盾する見方があります。それに中東から来た牧羊の文化も見逃せませんね。」としか言いようがありません。

以上、奥歯に物の挟まったような不明瞭な解答にしかなっておらず恐縮です。

昭和女子大学

原田俊明

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2017年10月4日(水) 18:00 JST

〇〇〇〇〇〇〇〇〇部

〇〇〇〇〇様

Ladies first の話で面白い番組を作るのはなかなか大変そうです。

>■「羊飼い」説についてご質問です。

> 「羊を前に歩かせることによって、外敵から護るのが容易」とありました。

> 敵が前から来たら、羊が最初にやられてしまいそうですが、

> どのような観点から容易なのでしょうか?

仰せのように、もし狡猾な敵が不意に奇襲してきたら無傷で逃げるのは難しいと思われます。しかしながら、それでも羊飼いが先頭を歩くことに較べれば、群れの後ろを歩いた方が多少なりとも敵の動きを事前に察知しやすいのではないでしょうか。先般、〇〇〇〇〇〇〇〇の〇〇〇〇様に書きそびれましたが、敵の襲撃への備えのみならず、迷える子羊などを出さぬよう見張りやすくするため、保護目的で羊飼いが群れの後ろを歩くことも考えられます。

>敵は財産目的なので羊は襲わない。

> →よって羊を前にすることで、敵がひるむ。

> →その隙にやっつける。

>ということでしょうか?

いいえ。羊飼いにとって最大の敵は肉食獣ですので、その敵は喜び勇んで羊を襲うでしょう。

>ローマ帝国時代の騎士階級では、貴族の身分は長男が跡継ぎになるのが決まりだった。

>そのため、次男以降は裕福な未亡人に取り入って、前夫の後釜に座るしかなかった。

>その際に、婦人たちに気に入ってもらうための処世術として、

>レディーファーストが生まれたのではないかといわれている。

>いわゆる「未亡人ナンパ」説とでも言いましょうか。

>この信憑性はいかがでしょうか?

(誤)騎士階級

(正)貴族階級

古代ローマは再婚が非常に多かったと伝えられています。配偶者との死別後の再婚、離婚後の再婚、ともに多かったそうです。「次男以降は裕福な未亡人に取り入って、前夫の後釜に座るしかなかった」はやや大袈裟な気がしますが、確かにそのような結婚も多かったでしょう。また、ローマの政治家、小カト(Cato Minor, 95 BC – 46 BC)は一旦妻マルシア(Marcia, circa 80 BC - ?)と離婚し、その元妻に金持ち年配政治家ホルテンシウス(Quintus Hortensius, 114 BC – 50 BC)と結婚させ、その年配男が死んでから、未亡人となった元妻と再婚し、まんまと財産をせしめたという話です。しかしこれだと ladies first からは話が逸れてしまいますね。

「未亡人ナンパ」説については、なんとも回答できません。男性側に下心があって女性を大切に扱うという話なら、世界に先駆けて早くも1893年に女性参政権を与えた英領ニュージーランド(現英連邦ニュージーランド: 但し、女性の被選挙権は1919年から)のことを思い浮かべます。地球の反対側にまで英国の白人女性を呼び込むのに難儀したため、女性を鄭重に扱ったという話です。

昭和女子大学

原田俊明