33「イギリス文化論」(2022/ 2/ 1) 英国大衆文化から見るフランスへのまなざし

【例1: 互いを悪く言い合う英仏の言語使用例】

[英語]

複合語として、

frog-eaterろッギータ)、または一つの単語にした frogeaterろッギータ

https://en.wiktionary.org/wiki/frogeater

A French person.

(日本語直訳)蛙(カエル)食人

(日本語意訳)フランスの蛙(カエル)食い野郎

または略して単に frogろッ)、屡々(しばしば)大文字で書き出す Frogろッ

(日本語直訳)蛙(カエル)

(日本語意訳)フランスの蛙(カエル)野郎

オクスフオッド大学出版局(OUP: Oxford University Press)刊行の『オクスフオッド英語辞典』(OED: Oxford English Dictionary)12巻本は、frog-eater という英複合語を次のように定義している。活字での初出(しょしゅつ)は同辞典によると1863年とのこと。

one who eats frogs, a term contemptuously applied to Frenchmen;

蛙(カエル)を食べる者、侮蔑(ぶべつ)的にフランス人男性を指す用語。

そして同辞典ウェブ版( https://www.oed.com/view/Entry/74855?redirectedFrom=frog-eater#eid139667322 )では、

a person or animal who eats frogs; esp. (derogatory) a French person or a person of French descent.

蛙(カエル)を食べる人または動物。特に(侮蔑的に)フランス人もしくはフランス系の人。

とあり、屡々(しばしば)大文字で書き出す Frog も同様に「(侮蔑的に)フランス人もしくはフランス系の人」の意味になるとしている。ウィクショナリーと OED のウェブ版は男女両方を指すとしているが、OED の紙版は男性のみを指すという見解だ。

[フランス語]

単語として、

rosbifほスビッフ

(日本語直訳)ローストビーフ

(日本語意訳)イングランドのローストビーフ野郎

ウィクショナリー英語版(English-language Wiktionary)によるフランス語の単語 rosbif の2番目の定義は以下のようになっている。

https://en.wiktionary.org/wiki/rosbif

(pejorative, ethnic slur) an English person

(軽蔑的に、民族的な侮蔑として)イングランド人

一方、『オクスフオッド英語辞典』(OED: Oxford English Dictionary)12巻本は、2番目の定義として以下のようにしている。

A French pejorative term for an Englishman.

イングランド人男性を表すフランス語の軽蔑的な用語。

そして同辞典ウェブ版( https://www.oed.com/view/Entry/167501?redirectedFrom=rosbif#eid )は、2番目の定義として以下のようにしている。

Among French-speakers: (a pejorative term for) an Englishman.

フランス語話者の間で、(軽蔑的な用語として)イングランド人男性。

したがって、ウィクショナリーは男女両方を指すとしているが、天下の OED は紙版・ウェブ版ともに男性のみを指すという見解だ。

フランス国立文章及び辞典リソースセンター(CNRTL: Centre National de Ressources Textuelles et Lexicales)のウェブサイトに転載された『電算化済フランス語宝典』(TLFi: Trésor de la Langue Française informatisé, 1971-94)によると、上記の定義での rosbif の活字の初出(しょしゅつ)は1867年とのこと。

https://www.cnrtl.fr/definition/rosbif

http://stella.atilf.fr/Dendien/scripts/tlfiv5/advanced.exe?8;s=1537532190;

[英語]

熟語として、

to take French leaveトゥテイクフれンリー)または不定冠詞つきで to take a French leaveトゥテイクァフれンリー

https://en.wiktionary.org/wiki/French_leave

(日本語直訳) フランス式に辞去する

(日本語意訳) 断りもなく別れの挨拶もなく出て行く

『オクスフオッド英語辞典』(OED: Oxford English Dictionary)12巻本は to take French leave という英熟語を次のように定義している。

Originally, the custom (in the 18th c. prevalent in France and sometimes imitated in England) of going away from a reception, etc. without taking leave of the host or hostess. Hence, jocularly, to take French leave is to go away, or do anything, without permission or notice.

元来は宴会などから主催者に暇(いとま)乞()いせずに去って行く習慣(18世紀にフランスで流行し、時折イングランドでも模倣された)。故(ゆえ)に滑稽(こっけい)に、「フランス式に辞去する」とは、許可も通知も無く出て行くこと、または何でもやることである。

一方、ウェブ版 OED ( https://www.oed.com/view/Entry/74491?redirectedFrom=French+leave#eid )の語源説明では、

According to an explanation already current in 18th-cent. Britain, this derives from a custom originating in France of going away from a reception, etc., without taking leave of the host or hostess.

既に十八世紀の英国に流布(るふ)していた説明によると、これは宴会などから主催者に暇(いとま)乞()いせずに去って行くフランス起源の習慣に由来する。

また、活字での初出(しょしゅつ)は紙版 OED では1771年としていたが、ウェブ版では1751年ということに改訂している。

[フランス語]

熟語として、

filer à l’anglaiseフィレーアラォングレーズ)、または別の動詞を使って

partir à l’anglaiseパふティーふアラォングレーズ)や

s’en aller à l’anglaiseサォンナレーアラォングレーズ)や

s’esquiver à l’anglaiseセスキヴェーアラォングレーズ)とするのも意味は同様

https://en.wiktionary.org/wiki/filer_%C3%A0_l%27anglaise

https://fr.wiktionary.org/wiki/filer_%C3%A0_l%E2%80%99anglaise

(英直訳) to leave in the English way / to leave in an English way

(日本語直訳) イングランド式に辞去する

(日本語意訳) 断りもなく別れの挨拶もなく出て行く

(原田解説) イギリスの言い回しの方が古く、フランス人が口惜(くや)しがって後知恵でこの表現を考えた。いずれにしろ英仏の人々がお互いを「非礼極まりない奴」と見做(みな)している何よりの証拠である。

フランス国立文章及び辞典リソースセンター(CNRTL: Centre National de Ressources Textuelles et Lexicales)のウェブサイトに転載された『電算化済フランス語宝典』(TLFi: Trésor de la Langue Française informatisé, 1971-94)は、上記の定義での filer à l’anglaise が使用されている例として1912年のガストン・ルルー(Gaston Leroux, 1868-1927)の長篇小説 Rouletabille chez le Tsar (直訳 『ロシア皇帝のもとでのルールタビーユ』、邦題 『ロシア陰謀團』)の抜粋を挙げているのみである。

https://www.cnrtl.fr/definition/anglais

http://stella.atilf.fr/Dendien/scripts/tlfiv5/affart.exe?56;s=1687909005;?b=0;

上記の熟語の直接の関連熟語として、

pisser à l’anglaiseピセーアラォングレーズ

(英直訳) to piss in the English way / to piss in an English way

(日本語直訳) イングランド式にションベンする

(日本語意訳) トイレに行くと言ってその場を離れて戻らない

フランス国立文章及び辞典リソースセンター(CNRTL: Centre National de Ressources Textuelles et Lexicales)のウェブサイトに転載された『電算化済フランス語宝典』(TLFi: Trésor de la Langue Française informatisé, 1971-94)は、pisser à l’anglaise という熟語を次のように定義している。

https://www.cnrtl.fr/definition/anglais

http://stella.atilf.fr/Dendien/scripts/tlfiv5/affart.exe?56;s=1687909005;?b=0;

disparaître (sous prétexte d’un besoin naturel à satisfaire) et ne pas revenir

(自然の欲求=尿意を満たすことを口実に)消え去り戻らないこと

そしてその例文にエミール・ゾラ(Émile Zola, 1840-1902)の1877年の長篇小説 L’Assommoir (邦題 『居酒屋』)の抜粋を挙げている。ゾラは、Dans les meilleures compagnies, on appelle ça pisser à l’anglaise. (最上流社会ではそれを「イングランド式にションベンする」と呼んでいる。)と書いている。

[英語]

熟語として、

a French letterアフれンター)または複数で French lettersれンターズ

https://en.wiktionary.org/wiki/French_letter

(日本語直訳) フランス語の手紙、フランス文字、[複数形に限ると] フランス文学(=仏文)

(日本語意訳) コンドーム

(原田解説) 男性用避妊具である condom (コンドウム)の語源は、十八世紀フランスのコンドン医師(Monsieuer le docteur Condom)またはコントン医師(Monsieuer le docteur Conton)の苗字に由来するという説があるが、そのような名前の医師が実在したか否かは定かではない。他にコニャック(Cognac)と並んで世界的に有名なアルマニャック(Armagnac)という葡萄蒸留火酒(brandy)の銘醸地になっているフランス南西部の小さな地方都市コンドン市(la ville de Condom)にその起源を求める説もある。

[フランス語]

熟語として、

avoir ses Anglaisアヴォワーふセゾァングレ

https://fr.wiktionary.org/wiki/avoir_ses_Anglais

(英直訳) to have the English of one’s own

(日本語直訳) 自分のイングランド人たち(=英軍)を持つ

(日本語意訳) 生理が来る(始まる)

上記の熟語に似た、やや古風な慣用文として、

Les Anglais ont débarqué. (レゾァングレ・ゾンデバふケ)、または

Les Anglais sont débarqués.レゾァングレ・ソンデバふケ

(英直訳) The English have landed.

(日本語直訳) イングランド人たち(=英軍)が上陸した。

(日本語意訳) 生理が来た(始まった)。

ウィクショネール(Wiktionnaire: ウィクショナリーのフランス語版)はこの慣用文の由来を次のように説明している。

https://fr.wiktionary.org/wiki/les_Anglais_ont_d%C3%A9barqu%C3%A9

(XIXe siècle) Par comparaison aux armées britanniques qui, lors des guerres napoléoniennes, étaient vêtues de rouge.

十九世紀)ナポレオン戦争時に赤い軍服を着ていた英国陸軍に譬(たと)えて。

(原田解説) これらの熟語と文章の言い回しは、昔の英国陸軍の赤い軍服(現在でもバッキンガム宮殿前の近衛兵などが着る制服)に由来するが、より具体的にはナポレオンが1815年のヴァーテるロー(Waterloo; 英語読みでウォータルー)の戦いで完敗してから五年もの間、首都パリが英軍に占領されていた頃に出来た言い回しである。

【比較参考】

若い女性患者が3年で10倍…イギリスで「フランス病」、フランスで「イタリア病」と呼ばれた「梅毒」

Dr.えんどこの「皮膚とココロにやさしい話」

讀賣新聞ヨミドクター

遠藤幸紀(えんどう こうき)東京慈恵会医科大学皮膚科講師署名コラム

2019年12月17日(火)

2019年12月19日(木) ヤフーニュース(Yahoo! Japan News)転載

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20191210-OYTET50018/

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20191210-OYTET50018/2/

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191219-00010000-yomidr-sctch (リンク切れ)

https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1576735551/

(前略)梅毒は面白いことに、イギリスでは「フランス病」、フランスでは「イタリア病」と呼ばれていました。「うちの国の病気ではない」と言わんばかりに他の国に責任をなすり付けているかのようですが、この名前にも歴史的背景があったりします。

(改行・中略)梅毒は、コロンブスらの帰港後にまずスペインで流行し、その後はイタリアで流行しています。その理由は、フランスがイタリアに攻め入った際、コロンブスの航海に同行して梅毒に感染したスペイン人が兵士として加わっていたため、それでイタリアで流行し、後にヨーロッパに拡大したとされています。ちなみにドイツでも「フランス病」のようです。笑ってはいけませんが、フランス、明らかに分が悪いですね。フランス自体は、特に関与していなかったはずなのに。(改行・後略)

イスラム教に対する過激な諷刺画(caricature)で悪名高いフランスの週刊シャルリ・エブドォ誌(Charlie Hebdo: 英語読みでチャーリー・ヘブドウ)がブレグジット(Brexit: 英国のEU離脱)を皮肉った表紙に « Mais qui veut des Anglais dans l’Europe? » (メ・キヴゥ・デゾァングレ・ドァーンルゥほップ? =「でも誰が欧州に英国人どもを欲するのだ」)とある。

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/japanindepth/wp-content/uploads/2020/10/463062084fda94541d4c22f1446b540b.jpg

【例2: French という単語を使った滑稽(こっけい)な一人芝居】

英コメディアンとして有名なジェラード・ホフナング(Gerard Hoffnung, 1925-59)は、ヴァイマール共和制時代のドイツでユダヤ系のゲアハルト・ホフヌング(Gerhard Hoffnung, 1925-59)として生まれた(「フヌング」とは、「希望」「望み」を意味するドイツ語の普通名詞・女性名詞)が、13歳だった1938年からナチス政権を逃れて英国に暮らし、英国に帰化した。そしてその地で34歳の若さで病歿した。晩年のホフナングによる1958年12月4日(木)、Oxford Union Society での今や伝説的な一人芝居(stand-up comedy: 立って演じる一種の落語のような余興)のライブ録音が、ホフナング早世後の1960年に Hoffnung at the Oxford Union のレコード盤としてリリースされ、今ではインターネット上で公開されている。

http://sonicbangs.sci.hokudai.ac.jp/yanagisawa/eigo/018funnywords.htm

https://ratiocinativa.wordpress.com/2013/06/01/tyrolean-scenery-or-the-art-of-translation-gerard-hoffnung/

https://www.democraticunderground.com/discuss/duboard.php?az=view_all&address=191x34474

https://www.proz.com/forum/prozcom%3A_translator_coop/2316-%3A_from_gerard_hoffnung%3A_french_widow_affords_delightful_prospects_translation_humor.html

https://www.bbc.co.uk/languages/yoursay/lost_for_words/french/in_bed_with_a_firm_sailor.shtml

https://books.google.co.jp/books?id=I_auCgAAQBAJ&pg=PA150&lpg=PA150&dq=There+is+a+French+widow+in+every+bedroom,+affording+delightful+prospects.&source=bl&ots=vp1br2klP-&sig=FRa0xwv6zFu8HiwLwMxidBMQBJ8&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiq1LyZwL7RAhWSQpQKHZZBAwIQ6AEIVzAG#v=onepage&q=There%20is%20a%20French%20widow%20in%20every%20bedroom%2C%20affording%20delightful%20prospects.&f=false

https://books.google.co.jp/books?id=o6rFno1ffQoC&pg=PA380&lpg=PA380&dq=There+is+a+French+widow+in+every+bedroom,+affording+delightful+prospects.&source=bl&ots=Qzf7CiQi-X&sig=SO3Yb9LSP2YmXrGeanWuJzbvY-k&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiq1LyZwL7RAhWSQpQKHZZBAwIQ6AEIYDAI#v=onepage&q=There%20is%20a%20French%20widow%20in%20every%20bedroom%2C%20affording%20delightful%20prospects.&f=false

https://books.google.co.jp/books?id=kCfdAgAAQBAJ&pg=PT42&lpg=PT42&dq=There+is+a+French+widow+in+every+bedroom,+affording+delightful+prospects.&source=bl&ots=cmpPLVoia0&sig=LATT0aEs4J7dnGgg22xfwY1sCNI&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiq1LyZwL7RAhWSQpQKHZZBAwIQ6AEIZTAJ#v=onepage&q=There%20is%20a%20French%20widow%20in%20every%20bedroom%2C%20affording%20delightful%20prospects.&f=false

https://www.youtube.com/watch?v=sq-q6TcbHLE (音声のみ 3:21-4:00)

(原文の一部) Standing among savage scenery, the hotel offers stupendous revelations. There is a French widow in every bedroom, affording delightful prospects.

(和訳) 野蛮な景色の中に立つホテルは、素晴らしいお告げを提供します。すべての寝室にフランスの未亡人が一人待機していて、きっと楽しいことがありますぞ。

(原田解説) 欧州大陸南チロル地方ドロミティ(註: 第一次世界大戦の激戦地にしてイタリアが墺太利帝國から強奪した地方を指すが、ネット上の多くの個人サイトでは誤ってドイツやフランスということなってしまっている)のホテル経営者(ドイツ語話者)が間違いだらけの英語の手紙を送って寄越(よこ)したという。したがって、ここに書いた和訳も変てこな日本語である。「自然豊か(wild)な風景の中に立つ当ホテルは、素晴らしい景色(views)を提供します。」とすべきところを、「野蛮(savage)な風景の中に立つ当ホテルは、素晴らしいお告げ(revelations)を提供します。」と母語であるドイツ語から派手に誤訳している。また、「寝室には必ずフランス窓(a French window: 一面に透明なガラスが張られたドアのことであり、庭またはヴェランダ等へ抜けられる)があり、素晴らしい眺(なが)めが望めます。」とすべきところを、「寝室には必ずフランスの未亡人(a French widow)が一人待機していて、きっと楽しいことがありますぞ。」と書き間違えている。機械的な翻訳(つまり誤訳)や書き間違いで生じる意味の違いがイギリスの聴衆の爆笑を誘う。アルファベット26文字にのみ依存している英語の世界では、ちょっとした書き間違いが大いなる誤解を生むことがある。たとえば昭和女子大学の英称は Showa Women’s University だが、これを Show a women’s university. と書いてしまうと、「女たちの大学を一つ見せろ(示せ)。」の意味になってしまう。

【例3: フランス語そのものが登場するフランスへの憧れ】

The Beatles (John Lennon, Paul McCartney, George Harrison and Ringo Starr)

“Michelle” (1965)

Written by Lennon–McCartney (i.e. John Lennon, 1940-80 & Paul McCartney, b.1942)

Sung by Paul McCartney (b.1942)

ビートルズ

「ミッシェル」

1965年発表・発売

作詞作曲: レノンとマッカートニー

歌唱: ポール・マッカートニー

https://ja.wikipedia.org/wiki/ミッシェル

https://en.wikipedia.org/wiki/Michelle_(song)

(参考)

和訳DE歌おう!Let's Sing In Japanese ! というチャンネル名のユーチューバー江崎ちょちょ氏による日本語訳詞版「ミッシェル」

https://www.youtube.com/watch?v=6MoxZ-GbadM

実際のスタジオ録音

https://www.youtube.com/watch?v=WoBLi5eE-wY

[歌詞開始]

Michelle, ma belle

ミッシェル、マベル

(ミッシェル、僕の美しい人)

These are words that go together well

これは語呂のいい言葉の組み合わせだ

My Michelle

僕のミッシェル

[Chorus]

[サビ]

Michelle, ma belle

ミッシェル、マベル

(ミッシェル、僕の美しい人)

Sont des mots qui vont très bien ensemble[訳註]

ソンデモ・キヴォン・トゥへビォン・アォンサォンブル

(は、とても語呂のいい言葉の組み合わせだ)

Très bien ensemble

トゥへビォン・アォンサォンブル

(とても語呂がいい)

訳註: Sont les mots qui vont très bien ensemble という具合に複数定冠詞 les ()を用いている歌詞サイトが数多く存在するが、ポール・マッカートニーの実際の発音は複数不定冠詞の des ()に聞こえる。また歌詞二行目の英語原文 These are words that go together well の words に定冠詞 the がついていないことから判断して、その仏訳は Sont des mots qui vont très bien ensemble とするのが妥当である。しかしながら、ザ・ビートルズ解散後(特に二十一世紀)のポール・マッカートニー(Paul McCartney, b.1942)のソロ公演の映像では複数定冠詞の les ()に聞こえ、はっきりと Sont les mots qui vont très bien ensemble と歌っていることが確認できる。実際のところ、本人にもどうでも良いのかも知れない。

I love you, I love you, I love you

愛してる、愛してる、愛してる

That’s all I want to say

言いたいのはそれだけ

Until I find a way

僕が方法を見つけるまで

I will say the only words I know that

僕が知っていて

You’ll understand

しかも君が理解する唯一の言い回しを僕が言う方法をね

[Repeat Chorus]

[サビ繰り返し]

Michelle, ma belle

ミッシェル、マベル

(ミッシェル、僕の美しい人)

Sont des mots qui vont très bien ensemble

ソンデモ・キヴォン・トゥへビォン・アォンサォンブル

(は、とても語呂のいい言葉の組み合わせだ)

Très bien ensemble

トゥへビォン・アォンサォンブル

(とても語呂がいい)

I need to, I need to, I need to

必要が、必要が、必要がある

I need to make you see

僕は君に分からせる必要が

Oh, what you mean to me

あー、君が僕に意味するところのもの

Until I do I’m hoping you will

それから僕は希望する、君に

Know what I mean

僕が意味することを分かってもらえるよう

I love you

愛してるよ

I want you, I want you, I want you

君が欲しい、君が欲しい、君が欲しい

I think you know by now

もう分かっているよね

I’ll get to you somehow

僕はなんとかして君にたどり着く

Until I do I’m telling you so

それから僕は君に言う

You’ll understand

君が理解するように

[Repeat Chorus]

[サビ繰り返し]

Michelle, ma belle

ミッシェル、マベル

(ミッシェル、僕の美しい人)

Sont des mots qui vont très bien ensemble

ソンデモ・キヴォン・トゥへビォン・アォンサォンブル

(は、とても語呂のいい言葉の組み合わせだ)

Très bien ensemble

トゥへビォン・アォンサォンブル

(とても語呂がいい)

I will say the only words I know that

僕が知っていて

You’ll understand

しかも君が理解する唯一の言い回しを僕は言うよ

My Michelle

僕のミッシェル

(原田俊明訳)

【例4: フランス語そのものが登場するフランスへの憧れ】

ELP, or Emerson, Lake & Palmer (Keith Emerson, Greg Lake and Carl Palmer)

“C’est la vie” (1977)

Words by Pete Sinfield (or Peter John Sinfield, b.1943)

Music by Greg Lake (1947-2016)

Sung by Greg Lake

ELPこと、エマソン、レイク&パーマー

直訳「それが人生ってもの」

(英語直訳 That’s life ザッツライ; ドイツ語直訳 So ist das Leben ゾーイスダスレーベン

邦題「セ・ラ・ヴィ」

1977年発表・発売

作詞: ピーター・シンフィールド

作曲: グレッグ・レイク

歌唱: グレッグ・レイク(2016年12月7日(水)、満69歳で病歿)

動画2種

オリジナル音源(2分台にフランスらしさを醸し出すミュゼットの独奏)

https://www.youtube.com/watch?v=xKvGVVpj9jQ

王立カナダ管弦楽団(Royal Canadian Orchestra)との共演ライブ映像(2:30以降にフランスらしさを醸し出すミュゼットの独奏)

https://www.youtube.com/watch?v=qAYzSHOzRHQ

[歌詞開始]

C’est la vie

セラヴィ(それが人生ってもの)

Have your leaves all turned to brown

君のところじゃ葉は全部紅葉してるかい

Will you scatter them around you

葉を周囲にまき散らしてくれるかい

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

Do you love

君には愛はあるのかい

And then how am I to know

そしてどうやって僕が知ることができようか

If you don’t let your love show for me

君が愛を僕に示してくれないのなら

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

[Chorus]

[サビ]

Oh, oh, c’est la vie.

オーオー、セラヴィ(それが人生ってもの)

Oh, oh, c’est la vie.

オーオー、セラヴィ(それが人生ってもの)

Who knows, who cares for me...

知ったものか、誰が僕を好きになってくれよう

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

In the night

夜には

Do you light a lover’s fire

君は恋人の炎に火をつけるのか

Do the ashes of desire for you remain.

君への欲望の灰は残るのか

Like the sea

海のように

There’s a love too deep to show

深すぎて表に出てこない愛がある

Took a storm before my love flowed for you

僕の愛が君のために流れるには嵐がひとつ必要だった

C’est la vie

セラヴィ(それが人生ってもの)

[Repeat Chorus]

[サビ繰り返し]

Oh, oh, c’est la vie.

オーオー、セラヴィ(それが人生ってもの)

Oh, oh, c’est la vie.

オーオー、セラヴィ(それが人生ってもの)

Who knows, who cares for me...

知ったものか、誰が僕を好きになってくれよう

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

Like a song

ひとつの歌のように

Out of tune and out of time

調子っぱずれで時代錯誤で

All I needed was a rhyme for you

僕が必要としたのは君のための韻律だけだった

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

Do you give

君は人に施(ほどこ)しを与える者なのか

Do you live from day to day

(それとも)君はその日暮らしなのか

Is there no song I can play for you

僕が君のために演奏できる歌はないのか

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

[Repeat Chorus]

[サビ繰り返し]

Oh, oh, c’est la vie.

オーオー、セラヴィ(それが人生ってもの)

Oh, oh, c’est la vie.

オーオー、セラヴィ(それが人生ってもの)

Who knows, who cares for me...

知ったものか、誰が僕を好きになってくれよう

C’est la vie.

セラヴィ(それが人生ってもの)

(原田俊明訳)

【例5: フランス語こそ登場しないが、フランスへの屈折した思いの籠った楽曲】

Mike Oldfield (b.1953)

“To France” (1984)

sung by Maggie Reilly (b.1956)

マイク・オールドフィールド作詞・作曲・演奏・プロデュース

直訳「フランスへ」

邦題「トゥ・フランス」

1984年発表・発売

歌唱: マギー・レイリー

動画

販促用公式ビデオ(PV: promotion video)

https://www.youtube.com/watch?v=WLMw9SPcFBI

https://www.youtube.com/watch?v=5QXxozXsDZY

[歌詞開始]

Taking on water,

水に打ち出()でて、

Sailing a restless sea

荒海に漕()ぎ出して行く、

From a memory,

思い出から出て。

A fantasy.

一つの幻想。

The wind carries

風は(船を)運ぶよ

Into white water,

白い波間まで

Far from the islands.

島々[訳註1]から遠く離れて。

Don’t you know you’re

知らないの? あなたは

訳註1: 歌詞中の島々とは、ブリテン島とアイルランド島を中心とした英国諸島のことを指す。

[Chorus 1]

[サビ1]

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Mary, Queen of Chance, will they find you?

メアリー[訳註2]、偶発(チャンス)の女王、あなたは見つけられてしまうのか。

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Could a new romance ever bind you?

新たなロマンスがあなたを縛ることになるのか。

訳註2: 歌詞中のメアリーとは、1542-67年に、生後1週間から24歳半までスコットランド王国の女王として在位しながら途中で反乱によって廃位を余儀なくされ、廃位から19年半を経た1587年2月、44歳と2ヶ月の時に亡命先のイングランド王国にて女王エリザベス一世(Elizabeth I, 1533-1603; 在位1558-1603)への反逆罪で処刑されたメアリー・スチュアート(Mary Stuart, or Mary, Queen of Scots, 1542-87; 在位1542-67)を指す。なお、メアリーは1558年4月24日、フ ランス王アンリ二世(Henri II, 1519-59; 在位1547-59)の王太子フランソワと結婚。翌’59年7月10日に父王の死去を受けて王太子がフランソワ二世(François II, 1544-60; 在位1559-60)としてフランス王に即位したため、メアリーはフランス王妃となるが、翌’60年に国王フランソワ二世が中耳炎を端緒にした脳炎によ り、在位期間1年5ヶ月で、16歳の若さで死去。子宝に恵まれなかったメアリーは、翌’61年8月20日にスコットランドに帰国していた。

メアリー・スチュアートについて詳しくは、前期授業資料20番( https://sites.google.com/site/xapaga/home/feminism1 )の該当する箇所を一読されたし。

Walking on foreign grounds,

異国の地を歩くのは

Like a shadow,

影のよう。

Roaming in far off

放浪するのは故郷から遠く

Territory.

離れた地。

Over your shoulder,

あなたの肩越しに

Stories unfold, you’re

物語は展開し、あなたは

Searching for sanctuary.

聖域(サンクチャリー)を探す途中。

You know you’re

分かっているね? あなたは

[Repeat Chorus 1]

[サビ1の繰り返し]

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Mary, Queen of Chance, will they find you?

メアリー、偶発(チャンス)の女王、あなたは見つけられてしまうのか。

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Could a new romance ever bind you?

新たなロマンスがあなたを縛ることになるのか。

[Chorus 2]

[サビ2]

I see a picture

私は一枚の絵を見る

By the lamp’s flicker.

ランプの揺らめく炎で。

Isn’t it strange how

不思議なことだよね

Dreams fade and shimmer?

夢が色あせて揺らぐなんて。

[Repeat Chorus 1]

[サビ1の繰り返し]

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Mary, Queen of Chance, will they find you?

メアリー、偶発(チャンス)の女王、あなたは見つけられてしまうのか。

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Could a new romance ever bind you?

新たなロマンスがあなたを縛ることになるのか。

[Repeat Chorus 2]

[サビ2の繰り返し]

I see a picture

私は一枚の絵を見る

By the lamp’s flicker.

ランプの揺らめく炎で。

Isn’t it strange how

不思議なことだよね

Dreams fade and shimmer?

夢が色あせて揺らぐなんて。

[Repeat Chorus 1]

[サビ1の繰り返し]

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Mary, Queen of Chance, will they find you?

メアリー、偶発(チャンス)の女王、あなたは見つけられてしまうのか。

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Could a new romance ever bind you?

新たなロマンスがあなたを縛ることになるのか。

Never going to get to France.

決してフランスにたどり着くことはない。

Never going to....

決してたどり着くことはない、、、、

(原田俊明訳)

【例6: 楽曲そのものにフランス語は登場しないが、販促用ビデオはパリの或()るブルジョア家庭の崩壊を描き、字幕は全てフランス語だが、語法上の間違いが若干(じゃっかん)散見されるのが微笑(ほほえ)ましい】

Asia (John Wetton, Steve Howe, Geoff Downes and Carl Palmer)

“The Smile Has Left Your Eyes” (1983)

Written by John Wetton (1949-2017) and Geoff Downes (b.1952)

Sung by John Wetton

エイジアの4人組による楽曲

直訳「微笑みが君の瞳から去ってしまった」

邦題「偽りの微笑み」

1983年発表・発売

作詞作曲: ジョン・ウェットン&ジェフ・ダウンズ

歌唱: ジョン・ウェットン(2017年1月31日(火)、満67歳で病歿)

動画

販促用公式ビデオ(PV: promotion video)

https://www.youtube.com/watch?v=o1cyERYP6tE

[歌詞開始]

[Chorus 1]

[サビ1]

I saw you standing hand in hand.

僕は見た、君が立っているのを、誰かと手をつないで。

And now you come to me, the solitary man.

そして君は僕のもとに来るが、僕は今や孤独な男だ。

And I know what it is that made us live

そして僕には分かる、僕らに続けさせたのが何だったのか

Such ordinary lives.

あんな平凡な生活を。

Where to go and who to see.

どこへ行こうと誰に会おうと

No one could sympathize.

誰も同情してくれない。

[Chorus 2]

[サビ2]

The smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった。

The smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった。

And I’ve become a rolling stone.

そして僕は転がる石(=根無し草)になってしまった。

I don’t know where to go or what to call my own.

どこへ行ってよいものやら、何を自分のものと呼んでよいのやら分からない。

But I can see that black horizon looming ever close to view.

でも僕には見える、あの黒い地平線がぼんやりといつになく近くまで立ち現れているのが。

It’s over now it’s not my fault.

終わってしまった。僕のせいではない。

See how this feels for you.

さあ、これで君はどんな気持ちか。

[Repeat Chorus 2]

[サビ2の繰り返し]

The smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった。

The smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった。

I never thought I’d see you standing there with him.

僕は想像もしてなかった、見ることになるなんて、君があの男とそこに立っているのを。

So don’t come crying back to me.

だから僕のところに泣きに戻ってこないでおくれ。

[Repeat Chorus 1]

[サビ1の繰り返し]

I saw you standing hand in hand.

僕は見た、君が立っているのを、誰かと手をつないで。

And now you come to me, the solitary man.

そして君は僕のもとに来るが、僕は今や孤独な男だ。

And I know what it is that made us live

そして僕には分かる、僕らに続けさせたのが何だったのか

Such ordinary lives.

あんな平凡な生活を。

Where to go and who to see.

どこへ行こうと誰に会おうと

No one could sympathize.

誰も同情してくれない。

[Repeat Chorus 2]

[サビ2の繰り返し]

The smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった。

[Chorus 3]

[サビ3]

Now it’s too late, you realized.

もう遅いさ、気づいても。

Now there’s no one to sympathize.

もう誰も同情する人なんかいない。

Now that the smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった今となっては。

[Repeat Chorus 3]

[サビ3の繰り返し]

Now it’s too late, you realized.

もう遅いさ、気づいても。

Now there’s no one to sympathize.

もう誰も同情する人なんかいない。

Now it’s too late, you realized.

もう遅いさ、気づいても。

Now that the smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった今となっては。

[Repeat Chorus 2]

[サビ2の繰り返し]

The smile has left your eyes.

微笑みが君の瞳から去ってしまった。

(原田俊明訳)

上記の販促用公式ビデオに現れるフランス語字幕

M.G.M.M.

エムジェエムエム

presenté[訳註1]

提供

訳註1: 文中 presenté は、présente の誤記。

LE SOURIRE

微笑みが

A QUITTÉ TES YEUX

君の瞳から去ってしまった

Avec la participation de

出演

TERRY GRANT

テリー・グラント

Jacques

夫ジャック役

VIVIENNE CHANDLER

ヴィヴィエンヌ・チャンドラー

Chantale

妻シャンタル役

NATASHA KING

ナターシャ・キング

Danielle

娘ダニエル役

Musique composee[訳註2] et dirigée par

作曲と指揮

ASIA

エイジア

訳註2: 文中 composee は、composée の誤記。

Souris Danielle.

スーひ・ダニエル。

笑って、ダニエル。

Attention, attention.

アッタォンション・アッタォンション。

注目、注目。

Dors bien ma petite.

ドーふビァン・マプティ。

ぐっすりお休み、かわいい子。

Toi aussi.

トワオッシ。

お前もな。

On ne peut pas continuer comme ça.

オンヌプッパ・コンティニュエ・コムサ。

こんなふうに続けることはできないわ。

C’est Jacques.

セジャック。

ジャックだわ。

Combien d’autres petites aventures

コンビァンドートふプティザヴォンチューふ

他にはいくつ汚らしい不倫を

sordides as-tu eus?

ソふディザチュユ?

君は重ねてきたんだ?

Je t’ai tout donné.

ジュテトゥードネ。

僕は君にすべてを与えた。

Qu’est-ce qui nous arrive?

ケスキヌザひーヴ?

我々にやって来るのは何だ。

Et Danielle.

エダニエル。

そしてダニエルは。

Allez-viens!

アレヴィアン!

さあ行くのよ!

On part!

オンパーふ!

私たちは出てくの!

Ne discute pas!

ヌディスキュットゥパ!

つべこべ言わないで!

Danielle, Danielle!

ダニエル、ダニエル!

ダニエル、ダニエル!

Jacques, Jacques...

ジャック、ジャック、、、

ジャック、ジャック、、、

Danielle s’est enfuie.

ダニエル・セタォンフュイ。

ダニエルが迷子に。

Avez-vous vue[訳註3] une petite fille?

アヴェヴヴュ・ユヌプティットフィーユ?

小さな女の子を見ませんでしたか。

訳註3: 映像で視ると訊()いている相手が男性なので文中 vue (ヴュ)は vu (ヴュ)の誤記。

Non, non Monsieur.

ノンノン・ムシユ。

いえ、いえ、ムッシュー。

Ah — mon dieu!

アー — モンディウ!

あー、なんという!

Chantale — NON!

シャンタル — ノン!

シャンタル — いや!

NON — Ne m’approche pas!

ノン— ヌ・マプほッシュパ!

いや — 私に近寄らないで。

FIN

おわり

(原田俊明訳)

【例7: フランスへの敵意と嫌悪感】

ロアルド・ダール(Roald Dahl, 1916-90)

https://ja.wikipedia.org/wiki/ロアルド・ダール

https://en.wikipedia.org/wiki/Roald_Dahl

ノルウェー人の両親のもとにウェールズ南部で生まれたイギリスの小説家・脚本家・児童文学作家。代表作に『チャーリーとチョコレート工場(Charlie and the Chocolate Factory, 1964)』(田村隆一訳の1972年初出時の邦題は『チョコレート工場の秘密』)。本作は二度も映画化されている(『夢のチョコレート工場(Willy Wonka & the Chocolate Factory, 1971)』と『チャーリーとチョコレート工場(Charlie and the Chocolate Factory, 2005)』)。

ロアルド・ダール(Roald Dahl, 1916-90)作

灰島かり(はいじま かり, 1950-2016)=本名 鈴木貴志子(すずき きしこ, 1950-2016)白百合女子大学講師訳

児童向けユーモア詩集 『こわいい動物(Dirty Beasts, 1983)』

https://en.wikipedia.org/wiki/Dirty_Beasts

の中から「カエルとカタツムリ(The Toad and the Snail)」

日英米アマゾンによる本の紹介

https://www.amazon.co.jp/こわいい動物-ロアルド・ダールコレクション-14-ロアルド-ダール/dp/4566014231

https://www.amazon.co.jp/Dirty-Beasts-Roald-Dahl/dp/0141350547/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1390993959&sr=1-1

https://www.amazon.co.uk/Dirty-Beasts-Roald-Dahl/dp/014150174X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1390993800&sr=1-1#reader_014150174X

https://www.amazon.com/Dirty-Beasts-Roald-Dahl/dp/0142302279/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1390993881&sr=1-1

個人のファンサイトが紹介する話のあらすじ(英語のみ)

https://www.roalddahlfans.com/poems/toad.php

動画

クエンティン・ブレイク(Quentin Blake, b.1932)の挿絵に基づくアニメーション

https://www.youtube.com/watch?v=ly0G-PkOfvA (0:58-6:19 of 6:57)

[以下、ダールの原文と灰島かり和訳文を引用]

[前略]

“I’ll take you for a marvellous ride.”

すごいジャンプをしてみせるから」

As I got on, I thought, oh blimey, / Oh, dreary me. How wet and slimy! / “Sit further back,” he said. “That’s right. / “I’m going to jump, so hold on tight.”

乗ってびっくり、こりゃたいへん。/ カエルの背中(せなか)は、ヌールヌル。/ これじゃすべるよ、ズールズル。/ 「もうちょい後ろ、おしりのほうへ。/ ジャンプするから、しっかりつかまれ!」

He jumped! Oh, how he jumped! By gum, / I thought my final hour had come! / My wretched eardrums popped and fizzed. / My eyeballs watered. Up we whizzed. / I clung on tight. I shouted, “How / “Much further are we going now?” / Toad said, his face all wreathed in smiles, / “With every jump, it’s fifty miles!”

ぴょ~んとカエルは、跳()ねあがった。/ その跳()んだこと、跳んだこと、ぼくは死ぬかと思ったくらい。/ びゅ~んと風を切ってるうちに、/ ぼくの目玉に涙(なみだ)がたまり、/ び~んと鼓膜(こまく)もやぶれかかった。/ 落ちないためには、命がけ。/ それでも、ぼくは問いかけた。/ 「あ、あとどのくらいで、地面におりるの?」 / カエルは、かるく笑って答えた。/ 「ぼくのジャンプは、一回百キロ。/ もうすぐ下に着くところさ」

Quite literally, we jumped all over, / From Scotland to The Cliffs of Dover! / Above the Cliffs, we stopped for tea, / And Toad said, gazing at the sea, / “What do you say we take a chance, / And jump from England into France?” / I said, “Oh dear, d’you think we oughta? / “I’d hate to finish in the water.”

コットランドからっとんで、/ ッと気がつけば、そこはイングランドのじっこ。/ ドーバー海峡(かいきょう)が目の前で、海の向こうはフランスだ。/ 海辺で、ぼくらはお茶にした。/ お茶を飲み飲み、カエルが言った。/ 「ジャンプでこの海、越()えてみようか?/ 海の向こうのフランスまで」 / 「フ、フ、フランス?」 / ぼくの頭は、もうフラフラ。/ 「海に落ちるとあぶないからさ、/ 行くべきかどうか、考えたいんだ」

But toads, you’ll find, don’t give a wink / For what we little children think. / He didn’t bother to reply. / He jumped! You should have seen us fly! / We simply soared across the sea, / The marvellous Mister Toad and me.

せっかくぼくが言ったのに、/ カエルは聞いてはいなかった。/ カエルっていう生き物は、/ 子どもの言うことを、あんまり聞かない。/ ぼくを乗せると、カエルは()んだ。/ とんだジャンプだ、さすがはカエル。/ 見よや、波(たかなみ)たかだか越()えて、/ 空をはばたく、大カエル。/ 地面も海も、真下に消える。/ こわくたって、ぼくも耐()える。/ こりゃおもしろいと、ぼくは言える

Then down we came, and down and down, / And landed in a funny town. / We landed hard, in fact we bounced. / “We’re there! It’s France!” the Toad announced. / He said, “You must admit it’s grand / “To jump into a foreign land. / “No boats, no bicycles, no trains, / “No cars, no noisy aeroplanes.”

そろそろ地面に、きっと会える。/ 下に奇妙(きみょう)な町が見える。/ 着陸はちょっとあらっぽくて、ぼくたち、地面にひっくりかえる。/ 「ふふふ、ここはフランスさ」 / カエルは、すっかりごきげんだった。/ 「飛行機に乗らず、船にも乗らず、/ 電車にも車にも自転車にも乗らず、/ ぼくのジャンプで、外国に到着(とうちゃく)。/ ぼくって、ほんとにすごいやつ。/ 偉大なカエル、世にさかえる」 / カエルはそこで、ふとつかえる

Just then, we heard a fearful shout, / “Oh, heavens above!” the Toad cried out. / I turned and saw a frightening sight— / On every side, to left, to right, / People were running down the road, / Running at me and Mister Toad, / And every person, man and wife / Was brandishing a carving-knife.

なんだかざわざわ不吉(ふきつ)な声が、/ どこからともなく聞こえてきたんだ。/ 「あぶないぞ」と、カエルに言われて、/ ぼくが後ろを、ふりむいてみたら、/ おおぜいの人が走ってた。/ 道路いっぱいに広がって、/ ぼくらめがけて、まっしぐら。/ しかも全員、男も女も、/ 肉切り包丁(ぼうちょう)、手に持って!

It didn’t take me very long / To figure there was something wrong. / And yet, how could a small boy know, / For nobody had told me so, / That Frenchmen aren’t like you or me, / They do things very differently. / They won’t say “yards”, they call them “metres”, / And they’re the most peculiar eaters: / A Frenchman frequently regales / Himself with half-a-dozen SNAILS! / The greedy ones will gulp a score / Of these foul brutes and ask for more. / (In many of the best hotels / The people also eat the shells.) / Imagine that! My stomach turns! / One might as well eat slugs or worms!

いったいぜんたい、どうしたの?/ ぼくらがいったい、なにしたの?/ だけども、ここはフランスで、/ フランス人は、ぼくらとちがう。/ ワン、ツー、スリー、通じないんだ。/ アン、ドゥ、トロワ、なんて言わなきゃいけない。/ それにフランス人が食べるのは、へんてこりんなものばかり。/ 人気のごちそうは、カタツムリだよ。/ カタツムリを半ダース、お皿にのせて、/ ペロペロペロリと喰()っちまうんだ。/ 「うまい、もっとくれ」と、言うやつもいれば、/ 殻(から)をチュウチュウ吸()うやつもいる。/ ゲロゲロゲロっと、ぼくは吐()きそう。/ カタツムリを食べるというのなら、/ ウジもナメクジも食べるんじゃないの!/ みんな似()たようなもんだもん!

But wait. Read on a little bit. / You haven’t heard the half of it. / These French go even more agog / If someone offers them a FROG! / (You’d better fetch a basin quick / In case you’re going to be sick.) / The bits of frog they like to eat / Are thighs and calves and toes and feet. / The French will gobble loads and loads / Of legs they chop off frogs and toads. / They think it’s absolutely ripping / To guzzle frog-legs fried in dripping.

う~、キモチワルと読むのをやめる? / いや、もうちょっと読んでくれ。/ もっといいこと教えてあげる。/ 食べるのはカタツムリだけじゃないんだ。/ フランス人はカエルも食べる。/ カエルと聞いたら、もうたいへん。/ よだれをダラダラ流すんだってさ。/ (みんな、洗面器(せんめんき)の用意はいいか?/ オエッとなったら、すぐ洗面器!) / カエルの足をもぎとって、/ ちぎれた足のももから爪先(つまさき)、/ 油でジュワッとよくあげて、/ さあ食べるぞと、お皿はや。/ 腹(はら)へたんまり、/ 口もと、にんまり。/ あんまりじゃないか、フランス人!

That’s why the whole town and their wives / Were rushing us with carving-knives. / They screamed in French, “Well I’ll be blowed! / “What legs there are upon that toad! / “Chop them! Skin them! Cook them! Fry them! / “All of us are going to try them!”

みんなは、でかいカエルを見つけて、/ ごちそうが来たぞと、とんできたんだ、/ 包丁(ほうちょう)やナイフを用意して。/ 「かかえることができないくらい、/ カエルでかいぞ、こりゃたまらん」 / 「喰()えるぞ、喰えるぞ、腹(はら)いっぱい」 / 「見ろよ、あの足、お肉たっぷり」 / 「急いでもいで、皮はいで、/ 油であげて、喰おうじゃないの」 / 「死にかかってる病人だって、/ カエル食べれば、生きかえる

“Toad!” I cried. “I’m not funk, / “But ought we not to do a bunk? / “These rascals haven’t come to greet you. / “All they want to do is eat you!”

たまらずぼくは、大声あげた。/ 「カエルよ、かえるぞ、どうしても。/ ぼくは弱虫じゃないけれど、/ みんながこっちにやってくるのは、/ きみとなかよくするためじゃない。/ きみを喰おうと思ってるんだ」

Toad turned his head and looked at me, / And said, as cool as cool could be, / “Calm down and listen carefully please, / “I often come to France to tease / “These crazy French who long to eat / “My lovely tender froggy meat. / “I am a MAGIC TOAD!” He cried. / “And I don’t ever have to hide! / “Stay where you are! Don’t move!” he said, / And pressed a button on his head.

だけどカエルは、落ちつきかえる。/ ぼくを見つめて、こう言ったんだ。/ 「わてなさんな、ワふくな。/ われな、きれたフランス人を / っさりやっつけてやりたくて、/ ちこち、しを運んでいるのさ。/ っとおどろくな、たふたするな。/ やしい姿(すがた)のこのぼくは、魔法(まほう)使(つか)いの大ガエル。/ いつらなんか、へいっちゃら。/ さめしまえに、ちゃらにしてやる。/ せって、なにかくれるな。/ あんしんだから、きらめるなよ」 / それからカエルは手をあげて、頭のイボを、ピッと押()した。

At once, there came a blinding flash, / And then the most almighty crash, / And sparks were bursting all around, / And smoke was rising from the ground…

するとまぶしい稲妻(いなずま)走り、かみなりのような音がして、/ あやしい光が、あたりに満ちた。

When all the smoke had cleared away / The Frenchmen with their knives cried, “Hey! / “Where is the toad? Where has he gone?” / You see, I now was sitting on / A wonderfully ENORNOUS SNAIL! / His shell was smooth and brown and pale, / And I was so high off the ground / That I could see for miles around.

もくもくと雲がわき、やがて、けむりが消えてしまうと、/ ややっと、みんなはびっくりぎょうてん。/ 「カエルがいたのは、この地(てん)。/ いなくなったぞ、どこへ移(てん)?/ 手品だったら、こりゃ満(まんてん)。/ ショックが走った、この脳(のうてん)。/ 腰(こし)がぬけたぞ、もう立てん」 / カエルの姿(すがた)は見えなくなって、/ ぼくがどこにいるのか、わかる?/ 巨大(きょだい)なカタツムリの上なんだ。/ 茶色のきれいな殻(から)に座(すわ)って、地面ははるかに足の下。/ 遠くのほうまで見わたせる。

The Snail said, “Hello! Greetings! Hail! / “I was a Toad. Now I’m a Snail. / “I had to change the way I looked / “To save myself from being cooked.” / “Oh Snail,” I said, “I’m not so sure. / “I think they’re starting up once more.”

カタツムはにっこ、ぼくを見た。/ 「びっくしたかい? ぼくの変身。/ 片目(かため)をつぶ、ヒュー、ドロン。/ ムリなくカタツムリになったってわけ。/ タイムリーな変身で、もう安心」 / 「カタツムリだなんて、なんのつもり!」 / ぼくはとっても、おかんむり。/ カタツムリは、フランス人の好物(こうぶつ)じゃないか。

The French were shouting, “What a snail! / “Oh, what a monster! What a whale! / “He makes the toad look titchy small! / “There’s lovely snail-meat for us all! / “We’ll bake the creature in his shell / “And ring aloud the dinner-bell! / “Get garlic, parsley, butter, spices! / “We’ll cut him into fifty slices! / “Come sharpen up your carving-knives! / “This is the banquet of our lives!”

ほーら、みんながさわいでる。 / 「カタツムリだぞ、すごくでかいぞ」 / 「くじらみたいな大きさだわよ」 / 「こまぎれにして、殻(から)につめて、オブンでこんがり焼()こうじゃないか」 / 「ニンニク、パセリにバターもまぜて」 / 「五十人まえは、じゅうぶんにある」 / 「みんなこっちへ、寄っといで。/ 肉切り包丁(ぼうちょう)、よくといで」 / 「カエルより、かえってよかったね」 / 「夢のごちそう、おいしそう

I murmured through my quivering lips, / “Oh Snail, I think we’ve had our chips.” / The Snail replied, “I disagree. / “Those greedy French, they’ll not eat me.”

ぼくはふるえて、つぶやいた。/ 「これでぼくらは、もうおしまい」 / 「そういう考えは、捨()てておしまい。/ くいしんぼうのフランス人なんか、くそくらえさ!」 / カタツムリは、こわがっていなかった。

But on they came. They screamed, “Yahoo! / “Surround the brute and run him through!” / Good gracious, I could almost feel / The pointed blades, the shining steel! / But Snail was cool as cool could be. / He turned his head and winked at me, / And murmured, “Au revoir, farewell,” / And pulled a lever on his shell.

だけど、みんなが近づいてくる。/ 「そのカタツムリを料理するんだ。/ みんなで囲んで切りつけろ」 / 包丁ギラギラ、ぼくらにせまり、/ 頭クラクラ、ぼく倒(たお)れそう。/ ところが、カタツムリときたら、/ ぼくに向かって、ウインクぱちり。/ よゆうをもって、落ちついて、/ 殻についてたレバーをひっぱり、/ 「バイバイ、アデュー」 / と、つぶやいたんだ。

I looked around. The Snail had gone! / And now who was I sitting on? … / Oh what a relief! What joy! Because / At last I’d found a friend. It was / The gorgeous, glamorous, absurd, / Enchanting ROLLY-POLLY BIRD! / He turned and whispered in my ear, / “Well, fancy seeing you, my dear!” / Then up he went in glorious flight. / I clutched his neck and hung on tight.

またまた魔法(まほう)がかかったらしく、カタツムリの姿(すがた)は消えていた。/ 今度ぼくが座(すわ)っているのは、おかしお菓子(かし)鳥(どり)の上だった!/ あー、よかった、助かった。/ かわいくて、カラフルで、かしこくて、/ おかしお菓子(かし)鳥(どり)は、いつだって、/ 子どもの友だちだもの。/ 「あー、おかしいったら、あー、おかしい。/ いつら、っけにとられてる」 / こう言いながら、お菓子鳥は飛んだ。/ 上空(じょうくう)高く、上品(じょうひん)に。/ 上体(じょうたい)かがめて、ぼくは伏()せ、お菓子鳥の首にかじりついた。

[後略] (灰島かり訳)

【参考記事】

英児童文学作家ロアルド・ダール氏の人種差別発言、遺族が謝罪

英国放送協会(BBC: British Broadcasting Corporation)日本語版

2020年12月7日(月)

https://www.bbc.com/japanese/55211350

https://news.yahoo.co.jp/articles/9c1c7d6c4ac49e0ad6c59450d5a0e04ec503a3e3

https://news.yahoo.co.jp/articles/9c1c7d6c4ac49e0ad6c59450d5a0e04ec503a3e3/comments

[もとの英語記事]

Roald Dahl family sorry for author’s anti-Semitic remarks

(ロアルド・ダール遺族が作家の反ユダヤ主義的発言に申し訳ないと)

英国放送協会(BBC: British Broadcasting Corporation)

2020年12月7日(月)

https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-55205354

[更に行き過ぎな米国の例]

ドクター・スース作品、人種差別描写の6作絶版へ

フランス通信社(AFP: Agence France-Presse)日本語版

2021年3月3日(水)

https://www.afpbb.com/articles/-/3334550

https://www.jiji.com/jc/article?k=20210303041233a&g=afp

https://news.yahoo.co.jp/articles/93e9b13c20332681e0e44bf1289253a89caab537

https://news.yahoo.co.jp/articles/93e9b13c20332681e0e44bf1289253a89caab537/comments

米児童作家ドクター・スースの6作が出版停止に、差別描写などで

英ロイター通信(Reuters)日本語版

2021年3月3日(水)

https://jp.reuters.com/article/usa-seuss-idJPL3N2L103H?il=0

https://news.yahoo.co.jp/articles/6cbb53bbe82a21d6d71af6496f28c3c5a143a447

https://news.yahoo.co.jp/articles/6cbb53bbe82a21d6d71af6496f28c3c5a143a447/comments

ス-スさん絵本 人種差別的な描写理由に出版が中止

日刊スポーツ

千歳香奈子(ちとせ かなこ)ロサンゼルス特派員署名記事

2021年3月4日(木)

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202103040000181.html

https://news.yahoo.co.jp/articles/2c2cc1b9b87857eecd896266a53645ed371c46b0

https://news.yahoo.co.jp/articles/2c2cc1b9b87857eecd896266a53645ed371c46b0/comments

【比較参考1】

金水敏(きんすい さとし, b.1956)大阪大学大学院教授による 『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』(岩波書店 そうだったんだ!日本語, 2014年)

https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4000286307/

【比較参考2】

宮沢賢治(みやざは けんぢ; みやざわ けんじ, 1896-1933)の短篇集 『注文の多い料理店』(大正十三年=1924年)所収の九編中の六編目「山男の四月」(大正十年=1921年完成)を靑空文庫で讀む(但し、半角括弧内にルビを新たに補ひ、舊假名・舊漢字に戻す)。なお、山男(やまおとこ)とは山姥(やまんば)の男性版だが、賢治の自画像のような気弱で心優しい存在として描かれる。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43758_17942.html

山男(やまおとこ)は、金(きん)いろの眼()を皿(さら)のようにし、せなかをかゞめて、にしね山(やま)のひのき林(ばやし)のなかを、兎(うさぎ)をねらつてあるいてゐました。

ところが、兎(うさぎ)はとれないで、山鳥(やまどり)がとれたのです。

それは山鳥(やまどり)が、びつくりして飛()びあがるとこへ、山男(やまおとこ)が兩手(りゃぅて)をちゞめて、鐵砲(てつぱう)だまのやうにからだを投()げつけたものですから、山鳥(やまどり)ははんぶん潰(つぶ)れてしまひました。

山男(やまおとこ)は顏(かほ)をまつ赤()にし、大(おほ)きな口(くち)をにや/\まげてよろこんで、そのぐつたり首(くび)を垂()れた山鳥(やまどり)を、ぶら/\振()りまはしながら森(もり)から出()てきました。

[中略]

山男(やまおとこ)はおもはず指(ゆび)をくはえて立()ちました。するとちゃぅどそこを、大(おほ)きな荷物(にもつ)をしよつた、汚(きた)ない淺黃服(あさぎふく)の支那人(シナじん)が、きよろ/\あたりを見()まはしながら、通(とほ)りかゝつて、いきなり山男(やまおとこ)の肩(かた)をたゝいて言()ひました。

あなた、支那(シナ)反物(たんもの)よろしいか。六神丸(ろくしんぐゎん)たいさんやすい。

[中略]

すると支那人(シナじん)は

()はない、それ構(かま)はない、ちよつと見()るだけよろしい。

と言()ひながら、背中(せなか)の荷物(にもつ)をみちのまんなかにおろしました。山男(やまおとこ)はどうもその支那人(シナじん)のぐちやぐちやした赤(あか)い眼()が、とかげのやぅでへんに怖(こわ)くてしかたありませんでした。

そのうちに支那人(シナじん)は、手()ばやく荷物(にもつ)へかけた黃()いろの眞田紐(さなだひも)をといてふろしきをひらき、行李(かぅり)の蓋(ふた)をとつて反物(たんもの)のいちばん上(うへ)にたくさんならんだ紙箱(かみばこ)の間(あいだ)から、小(ちい)さな赤(あか)い藥瓶(くすりびん)のやぅなものをつかみだしました。

(おやおや、あの手()の指(ゆび)はずいぶん細(ほそ)いぞ。爪(つめ)もあんまり尖(とが)つてゐるしいよいよこわい。)山男(やまおとこ)はそつとかぅおもひました。

支那人(シナじん)はそのうちに、まるで小指(こゆび)ぐらいあるガラスのコップを二(ふた)つ出()して、ひとつを山男(やまおとこ)に渡(わた)しました。

あなた、この藥(くすり)のむよろしい。毒(どく)ない。決(けつ)して毒(どく)ない。のむよろしい。わたしさきのむ。心配(しんぱい)ない。わたしビールのむ、お茶(ちや)のむ。毒(どく)のまない。これながいきの藥(くすり)ある。のむよろしい。」 支那人(シナじん)はもうひとりでかぷつと呑()んでしまひました。

山男(やまおとこ)はほんたうに呑()んでいゝだらうかとあたりを見()ますと、じぶんはいつか町(まち)の中(なか)でなく、空(そら)のやうに碧(あお)いひろい野原(のはら)のまんなかに、眼()のふちの赤(あか)い支那人(シナじん)とたつた二人(ふたり)、荷物(にもつ)を間(あいだ)に置()いて向()かひあつて立()つてゐるのでした。二人(ふたり)のかげがまつ黑(くろ)に草(くさ)に落()ちました。

さあ、のむよろしい。ながいきの藥(くすり)ある。のむよろしい。」 支那人(シナじん)は尖(とが)つた指(ゆび)をつき出()して、しきりにすゝめるのでした。山男(やまおとこ)はあんまり困(こま)つてしまつて、もう呑()んで遁()げてしまわぅとおもつて、いきなりぷいつとその薬(くすり)をのみました。するとふしぎなことには、山男(やまおとこ)はだん/\からだのでこぼこがなくなつて、 ちゞまつて平(たい)らになつてちいさくなつて、よくしらべてみると、どうもいつかちいさな箱(はこ)のやぅなものに變(かは)つて草(くさ)の上(うへ)に落()ちてゐるらしいのでした。

(やられた、畜生(ちくしゃぅ)、たう/\やられた、さつきからあんまり爪(つめ)が尖(とが)つてあやしいとおもつてゐた。畜生(ちくしゃぅ)、すつかりうまくだまされた。)山男(やまおとこ)は口惜(くや)しがつてばた/\しやうとしましたが、もうたゞ一箱(ひとはこ)の小(ちい)さな六神丸(ろくしんぐゎん)ですからどうにもしかたありませんでした。

ところが支那人(シナじん)のほうは大(おほ)よろこびです。ひよい/\と兩脚(りやぅあし)をかはる/\゛あげてとびあがり、ぽん/\と手()で足(あし)のうらをたゝきました。その音(おと)はつゞみのやぅに、野原(のはら)の遠(とほ)くのほぅまでひゞきました。

それから支那人(シナじん)の大(おほ)きな手()が、いきなり山男(やまおとこ)の眼()の前(まへ)にでてきたとおもふと、山男(やまおとこ)はふら/\と髙(たか)いところにのぼり、まもなく荷物(にもつ)のあの紙箱(かみばこ)の間(あいだ)におろされました。

おや/\とおもつてゐるうちに上(うへ)からばたつと行李(かぅり)の蓋(ふた)が落()ちてきました。それでも日光(につくゎう)は行李(かぅり)の目()からうつくしくすきとほつて見()えました。

(たぅ/\窂(ろう)におれははいつた。それでもやつぱり、お日()さまは外(そと)で照()つてゐる。)山男(やまおとこ)はひとりでこんなことを呟(つぶ)やいて無理(むり)にかなしいのをごまかさぅとしました。するとこんどは、急(きふ)にもつとくらくなりました。

(はゝあ、風呂敷(ふろしき)をかけたな。いよいよ情(なさ)けないことになつた。これから暗(くら)い旅(たび)になる。)山男(やまおとこ)はなるべく落()ち着()いてかぅ言()ひました。

[中略]

「助(たす)けてくれ、わあ、」と山男(やまおとこ)が叫(さけ)びました。そして眼()をひらきました。みんな夢(ゆめ)だったのです。

雲(くも)はひかつてそらをかけ、かれ草(くさ)はかんばしくあたゝかです。

山男(やまおとこ)はしばらくぼんやりして、投()げ出()してある山鳥(やまどり)のきら/\する羽(はね)をみたり、六神丸(ろくしんぐゎん)の紙箱(かみばこ)を水(みず)につけてもむことなどを考(かんが)へてゐましたがいきなり大(おほ)きなあくびをひとつして言()ひました。

「えゝ、畜生(ちくしやぅ)、夢(ゆめ)のなかのこつた。陳(ちん)も六神丸(ろくしんぐゎん)もどうにでもなれ。」

それからあくびをもひとつしました。[完]

【比較参考3】

夢野久作(ゆめの きうさく; ゆめの きゅうさく, 1889-1936)こと、生誕時の本名 杉山直樹(すぎやま なおき, 1889-1936)、改名後の本名 杉山泰道(すぎやま たいどぅ, 1889-1936)

「クチマネ」(大正十五年=1926年完成)

を靑空文庫で讀む(但し、半角括弧内にルビを新たに補ひ、舊假名・舊漢字に戻す)

https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/924_21748.html

美代子(みよこ)さんは綺麗(きれい)な可愛(かわい)らしい兒()でしたが、ひとの口眞似(くちまね)をするので皆(みな)から嫌(きら)はれてゐました。

或()る日()の事(こと)、美代子(みよこ)さんはお家(うち)の前(まへ)でたつた一人(ひとり)で羽子(はね)をついてゐますと、一人(ひとり)の支那人(シナじん)が反物(たんもの)を擔(かつ)いで遣()つて來()て、美代子(みよこ)さんのお家(うち)の門口(かどぐち)で、

(おく)さん、旦那(だんな)さん、反物(たんもの)()りまションか

と言()ひました。美代子(みよこ)さんはカチリ/\と羽子(はね)をつきながら、

「入()りまショんよ」

と云()ひました。

支那人(シナじん)はニヤ/\笑(わら)つて美代子(みよこ)さんを見()てをりましたが又(また)、

けんとんけんちゅう(支那(シナ)の織物(おりもの)の名())()りまションか

と云()ひました。

てんどんけんちん入()りまションよ

と美代子(みよこ)さんは矢張(やは)り羽子(はね)をつきながら、又(また)口眞似(くちまね)をしました。

支那人(シナじん)はこの時(とき)大變(たいへん)こはい顏(かほ)をしましたが、何(なに)も知()らずに羽子(はね)をついてゐる美代子(みよこ)さんのすぐうしろに來()て、小(ちい)さな金襴(きんらん)の巾着(きんちやく)をポケットから出()してその口(くち)を擴(ひろ)げながら、

オーチンパイ/\

と云()ひました。美代子(みよこ)さんは矢張(やは)り何氣(なにげ)なく羽子(はね)をつきながら口眞似(くちまね)をしました。

オーチンパイ/\

ハッ

と支那人(シナじん)が大(おほ)きなかけ聲(ごゑ)をしますと、美代子(みよこ)さんは羽子(はね)と羽子板(はごいた)ごと影(かげ)も形(かたち)も見()えなくなつてしまひました。

支那人(シナじん)は又(また)ニヤリと笑(わら)つてあたりを見()まはしましたが、そのまゝ巾着(きんちやく)の口(くち)を閉()じて懷中(かいちゆぅ)へしまつて、反物(たんもの)を擔(かつ)いで今度(こんど)は隣家(となり)の門口(かどぐち)へ行()つて知()らぬ顏(かほ)で、

けんとんけんちゅう入()りまションか

と呼()びました。

美代子(みよこ)さんのおうちの玄關(げんくゎん)で勉强(べんきゃぅ)をしていたお兄(にい)さんの春夫(はるを)さんは、支那人(シナじん)が妙(めう)なかけ聲(ごゑ)をすると一時(いちどき)に羽子板(はごいた)の音(おと)が聞()こえなくなりましたので、變(へん)に思(おも)つて障子(しゃぅじ)を開()けて見()ますとコハ如何(いか)に、たつた今(いま)までゐた美代子(みよこ)さんが影(かげ)も形(かたち)も見()えません。いよ/\變(へん)に思(おも)つて表(おもて)へ驅()け出()して見()ると、お天氣(てんき)の良()い往來(わぅらい)に人通(ひとどほ)りも無()く、二三軒(にさんげん)先(さき)で支那人(シナじん)が、

反物(たんもの)()りまションか

と云()つてゐるだけです。

春夫(はるを)さんはあの支那人(シナじん)が誘拐(かどはか)したに違(ちが)ひないと思(おも)ひました。

どこに美代子(みよこ)さんを隱(かく)したのだらうと思(おも)ひながら、見()えかくれにあとからついて行()きますと、支那人(シナじん)は二三軒(にさんげん)門口(かどぐち)から呼()び歩(ある)きましたが、間()もなく眞直(まつす)ぐに街(まち)を出()てだん/\賑(にぎ)やかな處(ところ)へ來()ました。そうしてこの街(まち)で一番(いちばん)繁華(はんか)な狹(せま)い通(とほ)りへ來()ると、そこの暗(くら)い橫露地(よころぢ)へズン/\曲(まが)り込()んで、黑(くろ)い掃󠄁()き溜(だめ)の橫(よこ)にある小(ちい)さな入口(いりぐち)へ腰(こし)をかゞめて這入(はい)ると、アトをピシヤンと閉()めてしまひました。

春夫(はるを)さんは、この支那人(シナじん)が美代子(みよこ)さんを誘拐(かどはか)しているのぢやないのか知()らんと思(おも)つて、あたりを見()まはしましたが、念(ねん)のため橫(よこ)にある黑(くろ)い箱(はこ)にのぼつて、その上(うへ)にある小窓(こまど)から硝子(ガラス)越()しに中(なか)をのぞいて見()ると、中(なか)は眞()つ暗(くら)で何(なに)も見()えません。只(たゞ)直()ぐ眼()の前(まへ)に大(おほ)きな階段(かいだん)が見()えるだけです。さうしてその上(うへ)の方(ほぅ)から聞()こえるか聞()こえぬ位(ぐらい)、かすかに女(おんな)の兒()の泣()き聲(ごゑ)が聞(きこ)えて來()るやぅです。

春夫(はるを)さんは試(ため)しに窓(まど)を押()して見()ると、都合(つがふ)よくスッと開()きました。占()めたと思(おも)つて、そこから器械體操(きかい たいさう)の尻上(しりあが)りを應用(おうよう)して梯子段(はしごだん)の上(うへ)に出(で)て、あとの硝子窓(ガラスまど)をソッと閉()めました。すると疑(うたが)ひもない女(おんな)の兒()の泣()き聲(ごゑ)が、上(うへ)の方(ほぅ)から今度(こんど)ははつきり聞(きこ)えて來()るではありませんか。

春夫(はるを)さんは胸(むね)を躍(おどら)らせながら、足音(あしおと)を忍(しの)ばせて眞暗(まつくら)な梯子段(はしごだん)を聲(こゑ)のする方(ほぅ)へ近寄(ちかよ)りました。その突當(つきあた)りの眞暗(まつくら)な廊下(らぅか)に一(ひと)つの扉(とびら)があります。聲(こゑ)はその中(なか)から聞(きこ)えて來()るやぅです。

春夫(はるを)さんはその扉(とびら)の鍵穴(かぎあな)にそつと眼()をつけて見()ましたが、思(おも)はず聲(こゑ)を立()てるところでした。

中(なか)には、靑(あお)い洋燈(ラムプ)が眞晝(まひる)のやぅに點(とも)されてゐる下(した)に、大(おほ)きな大理石(だいりせき)の机(つくゑ)があります。その前(まへ)に最前(さいぜん)の支那人(シナじん)が汚(きたな)いシャツ一枚(いちまい)になつて腕(うで)まくりをして、巾着(きんちやく)の口(くち)を開(ひら)いて中(なか)をのぞきながら、

メーチュンライ/\」

と云()ひますと、一人(ひとり)の女(おんな)の兒()が見事(みごと)な洋服(やぅふく)を着()たまゝヒヨイと机(つくゑ)の上(うへ)に飛()び出()しました。

女(おんな)の兒()は机(つくゑ)の上(うへ)に立()つと、暫(しばら)くは眩(まぶ)しそうにキヨロ/\あたりを見()まはしてをりましたが、支那人(シナじん)の顏(かほ)を見()ると、かどはかされた事(こと)に氣()が付()いたと見()えて、ワッとばかりに泣()き出()しました。

支那人(シナじん)はニヤ/\笑(わら)つて巾着(きんちやく)の口(くち)を閉()じながら、

お嬢(ぢゃぅ)さん。あなた、私(わたし)の口眞似(くちまね)をしたでしョ。だから私(わたし)が罰(ばつ)をするのです。さあ、あなたの持()つていらつしやるものを皆(みな)(くだ)さい。着物(きもの)も帽子(ぼぅし)も靴(くつ)もお金(かね)

と云()ふうちに、女(おんな)の兒()を捕(とら)へて下着(したぎ)一枚(いちまい)にしてしまひました。さうして巾着(きんちやく)の口(くち)を開(ひら)きながらかう云()ひました。

さあお嬢(ぢゃぅ)さん、私(わたし)の口眞似(くちまね)をなさい。さうすれば命(いのち)だけは助(たす)けて上()げます。オーチンパイ/\

女(おんな)の兒()が泣()く/\口眞似(くちまね)をすると思(おも)ふと、見()る間()に巾着(きんちやく)の中(なか)に消()え込()みました。

メーチユンライ/\

と、支那人(シナじん)はまた一人(ひとり)女(おんな)の兒()を呼()び出()しました。

かうして支那人(シナじん)は次(つぎ)から次(つぎ)へと女(おんな)の兒()の着物(きもの)を剝()いで行()きましたが、その度(たび)に「口眞似(くちまね)をした罰(ばつ)だ」と云()ひ聞()かせました。

春夫(はるを)さんは、今(いま)にも美代子(みよこ)が出()て來()るか出()て來()るかと待()ちましたが、巾着(きんちやく)の中(なか)の女(おんな)の兒()の數(かず)が多(おほ)いと見()えてなか/\出()て來()ません。その中(うち)に机(つくゑ)の上(うへ)は女(おんな)の兒()の洋服(やぅふく)や和服(わふく)で山(やま)のやぅになりました。

支那人(シナじん)は、その山(やま)を見()ながらさもうれしさうにニコ/\してをりましたが、やがて長(なが)い長(なが)い煙管(きせる)を出()して煙草(タバコ)を吸()わぅとしましたが、燐寸(マッチ)がないのに氣()が付()いて、鍵(かぎ)で扉(とびら)を開()けて廊下(らぅか)へ出()て、梯子段(はしごだん)を驅()け降()りて行()きました。

急(いそ)いで物蔭(ものかげ)に隱(かく)れた春夫(はるを)さんは、その間()に中(なか)に飛()び込()むと、金襴(きんらん)の巾着(きんちやく)を摑(つか)むが早(はや)いか梯子段(はしごだん)を驅()け降()りて、窓(まど)から露地(ろぢ)に飛()び降()りました。

それと同時(どぅじ)に、

「アッ、泥棒(どろばぅ)」

と言()ふ支那人(シナじん)の聲(こゑ)がうしろから聞()こえました。

春夫(はるを)さんは一目散(いちもくさん)に繁華(はんか)な往來(わぅらい)を驅()け出()しました。そのあとから支那人(シナじん)が、

「泥棒(どろばぅ)、泥棒(どろばぅ)」

と叫(さけ)びながら追()つかけて來()ました。往來(わぅらい)の人々(ひと/\゛)は何事(なにごと)だらぅと驚(おどろ)きましたが、間()もなく春夫(はるを)さんは通(とほ)りかかったお巡査(まはり)さんに巾着(きんちやく)ごと押(おさ)へられてしまひました。

その巾着(きんちやく)(かへ)

と追()つかけて來()た支那人(シナじん)が春夫(はるを)さんに飛()び付()きましたが、春夫(はるを)さんはしっかり兩手(りやぅて)で摑(つか)んで、

「嫌(いや)だ嫌(いや)だ。この支那人(シナじん)は人買(ひとか)ひです。お巡査(まはり)さん、捕(つか)まへて下(くだ)さい」

と泣()きわめいてどうしても離(はな)しませんでした。

ジロ/\二人(ふたり)の樣子(やぅす)を見()ていたお巡査(まはり)さんは、

「一度(いちど)調(しら)べねばならぬから二人(ふたり)とも警察(けいさつ)に來()い」

と云()つて、支那人(シナじん)も一緒(いつしよ)に連()れて行()きました。

警察(けいさつ)へ行()くと、二人(ふたり)は警察(けいさつ)の大廣間(おほひろま)で一人(ひとり)の警部(けいぶ)さんに調(しら)べられました。春夫(はるを)さんはその時(とき)に今迄(いまゝで)の事(こと)をすつかり話(はな)して、

「この支那人(シナじん)は人買(ひとか)ひの追()ひ剝()ぎです。うちの美代(みよ)さんもこの中(なか)にゐるのです」

と言()つて金襴(きんらん)の袋(ふくろ)を出()して見()せました。鬚(ひげ)をひねつて聞()いてゐた警部(けいぶ)さんはこれを聞()くと笑(わら)ひ出()して、

「フム、面白(おもしろ)い話(はなし)だ。どうだ支那人(シナじん)、その通(とほ)りか」

と尋(たず)ねますと、支那人(シナじん)は手()と頭(あたま)を一時(いつとき)に振()つて、

(ちが)ひます違(ちが)ひます。この袋(ふくろ)は私(わたし)の大切(たいせつ)な袋(ふくろ)です。この小供(こども)はうそ云()ひます。こんな小(ちい)さい袋(ふくろ)の中(なか)に女(おんな)の兒()が大勢(おほぜい)ゐる事(こと)ありません。噓(うそ)ならあけて御覧(ごらん)なさい

「フム。おい、春夫(はるを)とやら。その袋(ふくろ)をあけて見()ろ」

春夫(はるを)さんが机(つくゑ)の上(うへ)に袋(ふくろ)をあけると、中(なか)から靑(あお)だの赤(あか)だの白(しろ)だの紫(むらさき)だの金(きん)だの銀(ぎん)だの、數(かず)限(かぎ)り無()い南京玉(ナンキンだま)が机上(きじやぅ)一面(いちめん)にバラ/\と散()らばつて床(ゆか)の上(うへ)にこぼれました。

これ欲()しいからこの小供(こども)泥棒(どろばぅ)したのです。そうして噓(うそ)()ふのです

「どうだ、それに違(ちが)ひなかろう。貴樣(きさま)、今(いま)の中(うち)に本當(ほんたぅ)の事(こと)を云()へば許(ゆる)してやる」

と警部(けいぶ)さんは怖(こは)い顏(かほ)をして申(まぅ)しました。そうして支那人(シナじん)に、

「お前(まへ)はもういい。その袋(ふくろ)を持()つて歸(かへ)れ」

と云()ひました。支那人(シナじん)は喜(よろこ)んでピヨコ/\頭(あたま)を下()げて、散()らばつた南京玉(ナンキンだま)を拾(ひろ)ひ集(あつ)めて巾着(きんちやく)に入()れかけました。

泣()くにも泣()かれぬ絕體絕命(ぜつたい せつめい)になつた春夫(はるを)さんは、この時(とき)思(おも)ひ切()つて髙(たか)らかに叫(さけ)びました。

メーチユンライ/\

するとどうでせう。數(かず)(かぎ)りない南京玉(ナンキンだま)が一(ひと)つ殘(のこ)らず消()えてしまふと一所(ひとところ)に、警察(けいさつ)の大廣間(おほひろま)には這入(はい)り切()れぬ程(ほど)大勢(おほぜい)の女(おんな)の兒()が机(つくゑ)の上(うへ)や床(ゆか)の上(うへ)から一時(いつとき)に現(あら)はれて、警部(けいぶ)さんも巡査(じゆんさ)さんも春夫(はるを)さんも支那人(シナじん)も身動(みうご)き出來(でき)ぬ位(ぐらい)になりました。その中(なか)に、

「アッ、お兄樣(にいさま)」

と言()つて嬉(うれ)し泣()きに泣()きながら春夫(はるを)さんに縋(すが)り付()いた女(おんな)の兒()がありました。

「アッ、美代(みよ)ちやん」

と云()ふと、春夫(はるを)さんも嬉(うれ)し泣()きに泣()きました。

魔法(まはふ)使(つか)ひの支那人(シナじん)はすぐに捕(つか)まりました。

春夫(はるを)さんは許(ゆる)されて、美代子(みよこ)さんを連()れて大喜(おほよろこ)びでおうちへ歸(かへ)りました。

他()の女(おんな)の兒()は皆(みな)警察(けいさつ)からお家(うち)へ知()らして迎(むか)いに來()てもらいました。

魔法(まはふ)の巾着(きんちやく)は警察(けいさつ)で燒()いてしまひましたから、もう誘拐(かどはか)されるものは無()くなりました。

美代子(みよこ)さんはそれから決(けつ)してひとの口眞似(くちまね)をしませんでした。他()の女(おんな)の兒()もきつとさうでせう。[完]

【比較参考4】

中国人が実際には話さない「~アルヨ」 イメージはなぜ広まった?

ねとらぼ

2017年10月20日(金)

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1710/16/news015.html

https://image.itmedia.co.jp/l/im/nl/articles/1710/16/l_qk_aruyo-1.jpg

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171020-00000003-it_nlab-life (リンク切れ)

https://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20171020-00000003-it_nlab-life (リンク切れ)

【比較参考5】

中共(中華人民共和国)の抗日ドラマ2種(流暢な中国語、拙(つたな)い日本語、稀(まれ)に流暢な日本語を話す日本軍人)

なお、史実を無視したあまりの荒唐無稽ぶりに同国の視聴者からは「神劇」などと揶揄(やゆ)され、さすがの中国共産党(中共)当局も放置できなくなり、2020年夏に規制に乗り出したという。

『杀寇决(殺寇決)』(「倭寇を殺す決戦」の意; 英副題 Rid of the Bandits: 「匪賊一掃」の意)

https://www.youtube.com/watch?v=t3VRWSr1NVM

『我的鐵血金戈夢(我的鉄血金戈夢)』(「我が鉄血の金の戈の夢」の意)

https://www.youtube.com/watch?v=7YLbPSFs-mA (リンク切れ)

(抗日ドラマを日本のビジネス誌が紹介)

中国「爆買い禁止令」の衝撃~習近平「日本が潤うのをやめさせろ!」 日本旅行が理由で失脚することも

現代ビジネス

2016年2月8日(月)

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47736

https://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160208-00047736-gendaibiz-bus_all&p=2 (リンク切れ)

(前略)

「習近平主席が主催した昨年9月の抗日戦争勝利70周年の軍事パレード以降、テレビの抗日ドラマが全盛で、『日本旅行は素晴らしかった』などと自慢しにくい雰囲気があります。中国人は海外の現地から『微信』(WeChat)で友人たちに自慢するのが大好きなので、そうした雰囲気に呑まれて、日本に行く気がしなくなるわけです」

確かに中国でテレビのチャンネルを捻ると、『殺寇決』(倭寇を殺す決戦)『我的鉄血金戈夢』(我が鉄血の金の戈の夢)……と、ものものしいタイトルの抗日ドラマのオンパレードである。

そしてそれらのストーリーはと言えば、残忍な日本兵が無辜の中国人たちを惨殺し、最後は中国共産党が悪の日本軍を駆逐するという、ワンパターンの勧善懲悪ドラマだ。(後略)