専門英語(歴文)10(2014/ 7/17) 西洋音楽史(古楽とバロック音楽)

古楽または初期音楽(英 early music)の代表例としてのグレゴリオ聖歌(羅 Cantus Gregorianus カントゥス・グれゴりアーヌス; 英 Gregorian chant グれゴーりアン・チャーント)

六世紀(501-600年)末から七世紀(601-700年)初頭の西欧宗教界に君臨した教皇グレゴリウス一世(540?-604; 在位590-604)が多くを作曲し、編纂したと誤って考えられたため、「グレゴリオ聖歌」の名で知られるようになった。しかし実際には8世紀中盤以降の フランスでローマ聖歌とガリア(古代フランス)聖歌を統合したものが起源と考えられている。主に九世紀(801-900年)から十世紀(901-1000 年)にかけてフランク人の居住地域(主に現在の独仏の辺り)で発展した単旋律、無伴奏のローマ・カトリック教会の宗教音楽のことを指す。

http://ja.wikipedia.org/wiki/グレゴリオ聖歌

http://en.wikipedia.org/wiki/Gregorian_chant

「デウス、デウス・メウス(天主様、我が天主様)」

http://www.youtube.com/watch?v=HxjYWvF5ttc

「ディエス・イらェ(怒りの日)」

http://www.youtube.com/watch?v=Dlr90NLDp-0

無料ウェブ辞典Wiktionaryによる英単語 chant の定義

http://en.wiktionary.org/wiki/chant#Verb

http://en.wiktionary.org/wiki/chant#Noun

Verb(動詞)

To sing, especially without instruments, and as applied to monophonic and pre-modern music.

Noun(名詞)

Type of singing done generally without instruments and harmony.

古楽または初期音楽(英 early music)の発展型としてのルネサンス音楽(英 Renaissance music)

十五世紀(1401-1500年)から十六世紀(1501-1600年)のルネサンス期に栄えた音楽。ポリフォニー(polyphony = 多声)という複数の独立した声部(パート)からなる声楽、特に宗教音楽が代表的と言える。ルネサンスの建築や美術がイタリアを中心に栄えたのに対し、ルネ サンス音楽はアルプス以北のフランドル(現在のベルギー王国のオランダ語圏)やブルゴーニュ公国(現在のフランス東部)で栄えた。後期ルネサンスになると 海を越えたイングランドでも盛んになる。

例1)フランスの作曲家ジョスカン・デ・プレ(Josquin des Prés, c.1450-1521)。ミサ曲で有名。

『パンゲ・リングア(語れ舌よ)ミサ』の中から「キりエ・エレイソン(主よ憐れみ給へ)」

http://www.youtube.com/watch?v=goMeBZt5JZA

例2)イングランドの作曲家トマス・タリス(Thomas Tallis, c.1505-85)。聴取の限界を超えた声部を幾重にも重ねたポリフォニーが荘厳さを生み出すモテット(motet)と呼ばれる宗教曲で有名。

「大主教パーカーのための詩編曲(Tunes for Archbishop Parker’s Psalter)」(1567)の第3曲

http://www.youtube.com/watch?v=aBOof5CJEJI

この旋律を廿世紀(1901-2000年)の英国作曲家ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams, 1872-1958)が「トマス・タリスの主題による幻想曲(Fantasia on a Theme of Thomas Tallis)」(1910)に用いたもの

http://www.youtube.com/watch?v=ihx5LCF1yJY

例 3)イングランドの作曲家トマス・モーリー(Thomas Morley, 1557?-1602)。上記の作曲家に比べて大作曲家とは言い難(がた)いが、イングランド・ルネサンス期の代表的劇作家シェイクスピア (William Shakespeare, 1564-1616)の劇の一部に曲をつけたことで知られる。

シェイクスピア作の喜劇『お気に召すまま』(As You Like It, 初演1600頃)につけられた歌「それは彼氏とその彼女だった(It was a lover and his lass)」

http://www.youtube.com/watch?v=luaRyfJWmos

http://www.youtube.com/watch?v=Wz8fL0u-x6A

バロック音楽(英 Baroque music)

十七世紀(1601-1700)初頭から18世紀(1701-1800年)半ばまでの音楽の様式。通奏低音を使用し、感情に則した劇的表現を行なう。歌劇 (opera)という新ジャンルの原型や、声楽(vocal music)から独立した形での器楽(instrumental music)は、バロックの時期に初めて確立された。今日につながる音楽の原型を作ったと言えるが、反面、後の時代(ウィーン古典派やロマン派)に比べ、 旋律(melody)そのものの魅力には乏しく、音の連鎖が紡(つむ)ぎ出されるだけ。

例1)ヴェネチア(現在のイタリア北東部)の作曲家ヴィヴァルディ(1678-1741)。日本のマスコミは誤ってビバルディとしている。長年忘れ去られていたが、近代に入って再発見された作曲家。3×4=12曲から成るヴァイオリン協奏曲集『四季』(伊 Le quattro stagioni レクアットろスタジョーニ; 仏 Les quatre saisons レカットふセゾン; 独 Die vier Jahreszeiten ディフィーア・ヤーレスツァイテン; 英 The Four Seasonsフォースィーズンズ)が特に有名。

『四季』から「春」

http://www.youtube.com/watch?v=RnwuF-MCRuo

『四季』から「冬」

http://www.youtube.com/watch?v=eH4oGJcCzdM

例 2)ナポリ王国(現在のイタリア南部)の作曲家ドメニコ・スカルラッティ(Domenico Scarlatti, 1685–1757)。著名な作曲家アレッサンドロ・スカルラッティ(Alessandro Scarlatti, 1660–1725)の息子。555曲にも及ぶ鍵盤ソナタを作曲した。鍵盤ソナタ ニ短調 作品番号K.1またはL.366(英 Keyboard Sonata in D minor, K.1 or L.366)第一楽章 I. Allegro(アッレグロ 迅速に)を現代のピアノと当時のチェンバロ(独伊でチェンバロ、仏でクラヴサン、英でハープシコード)で聴き比べる。

現代のピアノ版(レナード・ギルバート演奏)

http://www.youtube.com/watch?v=mU4SiahbKe0

当時のチェンバロ版(リュック・ボーセジュール演奏)

http://www.youtube.com/watch?v=lrrCDsxI5eQ

例3)神聖ローマ帝国(現在のドイツ)の作曲家テレマン(Georg Philipp Telemann, 1681-1767)。生前はバッハ以上の名声を博したが、歿後に忘れ去られた。1733年(テレマン52歳頃)出版の『食卓の音楽』(独 Tafelmusik ターフェルムジーク; 英 Table Music テイブルミュージック; 仏 Musique de table ミュジック・ドゥターブル)が最も有名。第1集から第3集まであり、全部聴くと4時間以上かかる。現代で言うBGM(background music背景音楽)の先駆け。器楽か声楽のどちらか、あるいは両方で演奏することができた。

『食卓の音楽』第1集

http://www.youtube.com/watch?v=N3DeZzwpNHQ

例 4)神聖ローマ帝国(現在のドイツ)の作曲家バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685-1750)。長年忘れ去られていたが、19世紀に特に作曲家メンデルスゾーンの尽力で作品が再発見された作曲家。バッハ一族は音楽家の家系であ り、他のバッハとの混乱を避けるためにJ.S.バッハと略記されることが多い。英米仏などではバッハではなく、誤ってバックと発音されることが多い。ま た、日本ではバッハ家で一番偉大であるという意味で、「大バッハ」という呼び名も使われる。膨大な作品の中から、ここでは管弦楽協奏曲であるブランデンブ ルク協奏曲集(独 Brandenburgische Konzerte ブらンデンブふギッシェ・コンツェアテ; 仏 Concertos brandebourgeois コンセふトォ・ブはンデンブふジョワ; 英 Brandenburg Concerti ブらンデンバーグ・コンチェアティ)を聴く。1721年(バッハ36歳頃)にブランデンブルク=シュヴェート辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈されたためブランデンブルクの名 で今日知られるが、実際バッハのオリジナル楽譜には題名として当時流行のフランス語で Six Concerts avec plusieurs instruments (シスコンセーふ・アヴェックプリュジエーふゾァンストひゅモァーン)、つまり「種々の楽器のための6つの協奏曲」とのみ記載。

『ブランデンブルク協奏曲』から第4番第一楽章

http://www.youtube.com/watch?v=zWe7kzZF4gU

例 5)神聖ローマ帝国(現在のドイツ)から英国に帰化した作曲家ヘンデル(独名Georg Friedrich Händel ゲオるク・フりードりヒ・ヘンデル; 英名George Frederic Handel ジョージ・フレデリック・ハンドゥル, 1685-1759)。ここでは1717年(ヘンデル32歳頃)の英国王ご一行様の舟遊びのための音楽『水上の音楽』(英 Water Music ウォーミュージック; 独 Wassermusik ヴァッサームジーク) を聴く。作曲者のヘンデルは1710年に神聖ローマ帝国(現在のドイツ)の中の小国ハノーファーで、君主の選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒの宮廷楽長に就い ていた。しかし1712年以降は外遊先の英国ロンドンが気に入って定住し、ドイツへの帰国命令に従わなかった。ところが1714年にこともあろうにその選 帝侯ゲオルク・ルートヴィヒが英国王ジョージ一世(George I, 1660-1727; 在位1714-27)として英国議会から迎えられることになる。そこでヘンデルが新国王との和解を図るため、1715年のテムズ川での王の舟遊びの際にこ の曲を演奏したという俗説が有名。しかし最近の研究では事実ではないと考えられている。確実とされているのは、1717年の舟遊びの際の演奏であり、往復 の間に三度も演奏させたという記録が残っている。

『水上の音楽』全曲

http://www.youtube.com/watch?v=q27aV-IiQWo

(3分47秒から1時間9分10秒)