04「イギリス文化論」(2021/10/ 5) 英国の紋章に書かれたモットー

・英国国家元首(UK Head of State)及び英国政府(Her Majesty’s Government)の紋章(Coat of Arms)に書かれたモットー

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Royal_Coat_of_Arms_of_the_United_Kingdom.svg

http://en.wikipedia.org/wiki/Order_of_the_Garter#mediaviewer/File:Royal_Coat_of_Arms_of_the_United_Kingdom.svg

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Royal_Coat_of_Arms_of_the_United_Kingdom_%28HM_Government%29.svg

http://en.wikipedia.org/wiki/British_passport#mediaviewer/File:Ukpassport-cover.jpg

上部の中世フランス語原文: Honi soit qui mal y pense.(現代語表記 Honni soit qui mal y pense.)オニソワ・キマルィプォーンス。

英訳1: Cursed be the one who thinks it evil. クァーストビーザワン・フースィンクセティーヴゥ。

英訳2: Evil be to him who evil thinks. イーヴゥビートゥヒム・フイーヴゥスィンクス。

英訳3: Shame on him who thinks evil of it. シェイムォンヒム・フースィンスィーヴォヴェット。

英訳4: Dishonour to him who thinks ill of it. ディッナートゥヒム・フースィンスィルォヴェット。

英訳5: Damnation to him who thinks ill of it. ダムネイショントゥヒム・フースィンスィルォヴェット。

和訳1: 禍(わざはひ)あれ、思(おも)ひ邪(よこしま)なる者には。

和訳2: 思(おも)ひ邪(よこしま)なる者に禍(わざはひ)あれ。

和訳3: 其()を惡(わる)くとる者(もの)に禍(わざはひ)あれ。

下部のフランス語原文: Dieu et mon droit. ディウ・エ・モンドほワ。

英訳: God and my right. ダンマイらイト。

和訳: 天主様(一神教の神)と我が権利。

中文譯繁體字表記: 上帝及我的權利。(Shàngdì jí wǒ de quánlì. シャンディ・チンウォダチェンリー。

中文訳簡体字表記: 上帝及我的权利。(Shàngdì jí wǒ de quánlì. シャンディ・チンウォダチェンリー。

【解説】

紋章の上部に時計回りで書かれた呪いのような中世フランス語は、現在の英国及び英連邦で最高の勲章とされるガーター勲章(Order of Garter: http://en.wikipedia.org/wiki/Order_of_the_Garter#mediaviewer/File:Arms_of_the_Most_Noble_Order_of_the_Garter.svg )に書かれた詞(ことば)であり、これには次のような逸話がある。

1348年(1344年説もあり)のこと、国王エドワード三世(Edward III, 1312-77; 在位1327-77)と、その長男エドワード黒太子(Edward, the Black Prince, 1330-76)が、24名の騎士達をロンドン郊外のウィンザー城(Windsor Castle)に召集して騎士団、のちのガーター騎士団(Knights of the Garter; 現在の Knights and Ladies of the Garter) を設立した頃、舞踏会で或()る貴婦人の靴下止め(garter ガーター)が外(はず)れて床に落ちた。それを見た周りの紳士淑女は忍び笑いをしたが、エドワード三世は何食わぬ顔でそれを拾い上げ、「オニソワ・キマ ルィプォーンス。」とフランス語で言って自分の足に付けたという話である。この靴下止めを落とした貴婦人は、後(のち)に再婚して長男エドワード黒太子の 妃となったソールズベリー伯爵夫人ジョウン(Joan of Kent, 1328-85)であると言われている。つまりは将来の息子の嫁を庇(かば)ったというお話。

エドワード黒太子の時代には百年戦争(英 the Hundred Years’ War, 1337-1453; 仏 la Guerre de Cent Ans ラゲーふ・ドゥサォンザォン)でフランスと 交戦していた筈(はず)なのに、なぜフランス語を用いたのかという疑問が起こるが、これはまず、イングランドの王室は1066年にノルマンディー公国(現 フランス北部)からやって来た征服王朝であり、フランス語話者だったことを考える必要がある。十四世紀(1301-1400年)になっても、イングランド の宮廷言語はフランス語だった。そのため、エドワード三世も靴下止め(garter)を拾い上げた際、フランス語で「思ひ邪なる者に禍あれ」と言ったので ある。

百年戦争に際しての敵味方という観点では、フランス語は確かにイングランドの敵方であるフランス王家の言語だったが、イングランドの味方についたブルゴーニュ公国(仏 le duché de Bourgogne ルデュシェ・ドゥブふゴーニュ; 英 the Duchy of Burgundy ダッチー・オヴブァーガンディ)の言語でもあった。フランス語は敵の言語であると同時に味方の言語でもあったわけだ。この靴下止め(ガーター)の一件から十四年後の1362年に、エドワード三世は従来のフランス語に換えて英語を裁判と政治の公用語と定めた。しかし宮廷では相変わらずフランス語の優位が続いた(ちなみに二十一世紀の現在でも、バッキンガム宮殿での女王主催の宮中晩餐会の献立表はフランス語でのみ書かれている)。国王が公式の場で初めて英語を使ったのは、さらに三十七年後の1399年10月13日のヘンリー 四世(Henry IV, 1367-1413; 在位1399-1413)の戴冠式(たいかんしき)のことだった。また、「交戦相手国が憎ければその言語まで憎い」(日本流に言うと「坊主憎けりゃ袈裟 (けさ)まで憎い」; 英語では He who hates Peter harms his dog. 「ピーターを憎む者はその飼い犬にまで危害を加える」、または To hate the ground he treads on. 「ヤツの踏む地面まで憎い」)と考えるようになったのは、全面戦争(total war)という概念の生まれた二十世紀(1901-2000年)の第一次世界大戦(the Great War; the First World War; World War I, 1914-18)に入ってからのこと。それ以前は交戦相手国の言語であっても、これといった反撥(はんぱつ)はなかった。

・スコットランドに於ける英国国家元首の紋章に書かれたモットー

http://en.wikipedia.org/wiki/Royal_coat_of_arms_of_Scotland#mediaviewer/File:Royal_Coat_of_Arms_of_the_United_Kingdom_%28Scotland%29.svg

上部の羅典語原文: In dēfens. イン・デーフェンス。

英訳: In defence. イン・デフェンス。

米訳: In defense. イン・デフェンス。

和訳1: 防御(ぼうぎょ)して。

和訳2: 擁護(ようごして)して。

和訳3: 辯護(べんご)して。

中文譯繁体字・簡体字表記: 在防守 (Zài fángshǒu. ツァイファンショウ。

下部の羅典語原文: Nemo me impune lacessit. ネモメインプーネ・ラケシット。

英訳1: No one provokes me with impunity. ノウワンプろヴォウクスミー・ウィズィンピューネティ。

英訳2: No one can harm me unpunished. ノウワンキャンハーミアンニッシュト。

和訳1: 何人(なんぴと)も我(われ)に危害(きがい)を加(くは)へば懲罰(ちやぅばつ)の免除(めんじよ)は無()し。

和訳2: 何人(なんぴと)も罰(ばつ)を受()けずに我(われ)に危害(きがい)を加(くは)ふこと能(あた)はず。

【解説】

この呪いのような羅典(ラテン)語の脅し文句については、面白い伝説がある。ここで言う me (メ: 「我」の意)とはスコットランドの象徴である薊(アザミ: thistle)のことである。十三世紀(1201-1300年)後半にノルウェーのヴァイキングたちがスコットランドを侵略し、夜襲を掛けてきた際に、ヴァイキングの軍勢(ノルウェー軍)は薊(アザミ)の棘(とげ)にやられて叫び声を上げてしまった。それでスコットランド軍は敵の襲撃に気づき、撃退することができたのだった。爾来(じらい)スコットランドでは薊(アザミ)のことを守護薊(しゅご アザミ: guardian thistle)とも呼び習わすようになった。

・ウェールズ大公(皇太子)チャールズの紋章及びバッヂに書かれたモットー

http://en.wikipedia.org/wiki/Charles,_Prince_of_Wales#mediaviewer/File:Coat_of_Arms_of_Charles,_Prince_of_Wales.svg

http://en.wikipedia.org/wiki/Charles,_Prince_of_Wales#mediaviewer/File:Prince_of_Wales%27s_feathers_Badge.svg

ドイツ語原文: Ich dien. イヒディーン。(現代ドイツ語散文表記 Ich diene. イヒディーネ。)

英訳: I serve. アイスァーヴ。

和訳: 我は奉仕す。

中文譯繁体字表記: 我服務。 (Wǒ fúwù. ウォーフーウー。

中文訳簡体字表記: 我服务。 (Wǒ fúwù. ウォーフーウー。

・エディンバラ公の紋章に書かれたモットー

http://en.wikipedia.org/wiki/Duke_of_Edinburgh#mediaviewer/File:Coat_of_Arms_of_Philip,_Duke_of_Edinburgh.svg

英語原文: God is my help. ゴッディズマイルプ。

和訳: 天主様(一神教の神)は我が助け。

中文譯繁體字表記: 上帝是我的幫助。(Shàngdì shì wǒ de bāngzhù. シャンディ・シウォダバンジュー。

中文訳簡体字表記: 上帝是我的帮助。(Shàngdì shì wǒ de bāngzhù. シャンディ・シウォダバンジュー。

・ケイムブリヂ公ウィリアム王子(チャールズ皇太子の長男)の紋章

https://en.wikipedia.org/wiki/Prince_William,_Duke_of_Cambridge#/media/File:Coat_of_Arms_of_William,_Duke_of_Cambridge.svg

・サセックス公ハリー王子(チャールズ皇太子の次男)の紋章

https://en.wikipedia.org/wiki/Prince_Harry,_Duke_of_Sussex#/media/File:Coat_of_Arms_of_Harry,_Duke_of_Sussex.svg

【参考】

中世ヨーロッパから続く伝統「紋章」のデザインには意味がある 豊富な写真と図で読み解く『【図説】紋章学事典』

朝日新聞 じんぶん堂 by 好書好日

2020年8月15日(土)

https://book.asahi.com/jinbun/article/13609433

スレイター(Stephen Slater, 生年非公開) 『【図説】紋章学事典』(創元社, 2019年9月)

*原著 The Illustrated Book of Heraldry — An International History of Heraldry and Its Contemporary Uses (直訳『紋章学の挿絵入の本 紋章学の一つの国際史とその現代の使用』)は2005年刊行。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4422215329/?tag=koshokojitsu-22

【比較・参考】

日本国政府発給の旅券(パスポート)の文面

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88#mediaviewer/File:Japanese_Passport_Information_page.jpg

https://www.google.co.jp/search?q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%B0%91%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E6%9C%AC%E6%97%85%E5%88%B8%E3%81%AE%E6%89%80%E6%8C%81%E4%BA%BA%E3%82%92%E9%80%9A%E8%B7%AF%E6%95%85%E9%9A%9C%E3%81%AA%E3%81%8F%E6%97%85%E8%A1%8C%E3%81%95%E3%81%9B%E3%80%81%E3%81%8B%E3%81%A4%E3%80%81%E5%90%8C%E4%BA%BA%E3%81%AB%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AA%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%89%B6%E5%8A%A9%E3%82%92%E4%B8%8E%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%80%81%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AE%E8%AB%B8%E5%AE%98%E3%81%AB%E8%A6%81%E8%AB%8B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%82&biw=1280&bih=891&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=g3g8VI38JpPh8AXM3IGICQ&ved=0CAgQ_AUoAw

(日本語)

日本国民である本旅券の所持人を通路

故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な

保護扶助を与えられるよう、関係の

諸官に要請する。

日本国外務大臣

(英語版) The Minister for Foreign Affairs of Japan requests all those

(英和逐語訳)日本国外務大臣は要請する。全ての者に

whom it may concern to allow the bearer, a Japanese national,

関係しうる、~させ、所持人、つまり日本国民を

to pass freely and without hindrance and, in case of need, to

通行すること 自由に支障なく、且()つ、必要な場合、

afford him or her every possible aid and protection.

与えられんことを、彼または彼女(同人)に 可能な限りのあらゆる援助と保護を

(原田試訳)

日本国外務大臣は、所持人、つまり日本国民を自由に支障なく通行させ、且()つ、必要な場合は、同人に可能な限りのあらゆる援助と保護を与えられんことを関係の諸官に要請する。

英国政府発給の旅券(パスポート)の文面

https://www.google.co.jp/search?q=her+majesty%27s+secretary+of+state+requests+and+requires+in+the+name+of+her+majesty&client=firefox-a&hs=5jX&rls=org.mozilla:ja:official&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=HXc8VP2QNMuC8gXy8IHoAQ&ved=0CAkQ_AUoAg&biw=1280&bih=891#rls=org.mozilla:ja:official&hl=ja&tbm=isch&q=Her+Britannic+Majesty%27s+Secretary+of+State+Requests+and+requires+in+the+Name+of+Her+Majesty&imgdii=_

(英語原文)Her Britannic Majesty’s

(英和逐語訳)英国女王陛下の

Secretary of State

国務大臣は、

Requests and requires in the

要請し、且()つ、要求する。~に於いて

Name of Her Majesty

女王陛下の名

all those whom it may concern to allow

関係しうる全ての者が~させんことを

the bearer to pass freely without let or hindrance,

所持人をして自由に通行させ何の支障もなく

and to afford the bearer such assistance

且()つ、所持人に与えられんことを援助

and protection as maybe necessary.

と保護を必要とあらば

(原田試訳)

英国女王陛下の国務大臣は、所持人を自由に何の支障もなく通行させ、且()つ、必要とあらば援助と保護を所持人に与えられんことを、女王陛下の名に於いて関係の諸官に要請し、且()つ、要求する。

(参考)

英連邦で今もなお英女王を君主と仰ぐ国々のパスポートの文面

http://en.wikipedia.org/wiki/Passport#The_request_page

豪州(Australia): The Governor-General of the Commonwealth of Australia, being the representative in Australia of Her Majesty Queen Elizabeth the Second, requests all those whom it may concern to allow the bearer, an Australian Citizen, to pass freely without let or hindrance and to afford him or her every assistance and protection of which he or she may stand in need.

原田試訳: 女王陛下エリザベス二世のオーストラリアに於(お)ける代理人である英連邦オーストラリア総督は、所持人であるオーストラリア市民を自由に何の支障もなく通行させ、且()つ、必要とあらばあらゆる援助と保護を所持人に与えられんことを関係の諸官に要請する。

http://en.wikipedia.org/wiki/Australian_passport#Passport_note

なお、豪州では共和制=大統領制への移行の是非(ぜひ)を巡る国民投票(referendum)が1999年11月6日(土)に実施されたが、英国王(British monarch)を国家元首(Head of State)とする現状維持派が勝利した。そのため上記パスポートの文面にも変化が無い。

カナダ(Canada)英文: The Minister of Foreign Affairs of Canada requests, in the name of Her Majesty the Queen, all those whom it may concern to allow the bearer to pass freely without let or hindrance and to afford the bearer such assistance and protection as may be necessary.

カナダ(Canada)仏文: Le ministre des Affaires étrangères du Canada, au nom de Sa Majesté la Reine, prie les autorités intéressées de bien vouloir laisser passer le titulaire librement, sans délai ou entrave, de même que lui prêter l’aide et la protection dont il aurait besoin.

原田試訳: カナダの外務大臣は、所持人を自由に何の支障もなく通行させ、且()つ、必要とあらば所持人にあらゆる援助と保護を与えられんことを、女王陛下の名に於()いて関係の諸官に要請する。

http://en.wikipedia.org/wiki/Canadian_passport#Passport_note

ニュージーランド(New Zealand)英文: The Governor-General in the Realm of New Zealand requests in the Name of Her Majesty The Queen all whom it may concern to allow the holder to pass without delay or hindrance and in case of need to give all assistance and protection.

ニュージーランド(New Zealand)マーオリ語: He tono tēnei nā te Kāwana-Tianara O te Whenua o Aotearoa i raro i te Ingoa o Kuini Erihāpeti ki te hunga e tika ana kia kaua e akutōtia, e whakakōpekatia te tangata mau i te uruwhenua nei i ana haere, ā, i te wā e hiahiatia ai me āwhina, me manaaki.

原田試訳: ニュージーランド国領の総督は、所持人を遅滞支障なく通行させ、且()つ、必要とあらばあらゆる援助と保護を与えられんことを、女王陛下の名に於()いて関係の諸官に要請する。

http://en.wikipedia.org/wiki/New_Zealand_passport#Passport_note

なお、女王陛下の名に於()いて発行されるパスポートを女王自身が所持することはないが、他の王族は所持すると、英国王室公式サイトに書かれている。

https://www.royal.uk/passports

【参考動画】

BBC Monarchy (2007) Part 2 (of 4 parts)

英国放送協会(BBC: British Broadcasting Corporation)制作・放映 『君主制』(2007年)第二部(全四部中)

https://www.youtube.com/watch?v=gi4sj6mxYR8 (リンク切れ)

2019年10月14日(月)

Queen’s Speech at the State Opening of Parliament

女王による議会開会宣言

國會開幕大典(ウィキペディア中文繁體字版)

https://en.wikipedia.org/wiki/State_Opening_of_Parliament

https://www.bbc.co.uk/newsround/27697265

https://www.bbc.com/news/uk-politics-50039587

https://www.bbc.com/japanese/50038422

https://www.asahi.com/articles/ASMBG6HGBMBGUHBI00P.html

https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1571098244/

https://www.youtube.com/watch?v=KA2SJoOgRSQ