その夜遅くアシムが泣いたので私は起きて、よしよしとあやしておりました。そんな私の肩にそっとストールをかけて下さる御方がおられて。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
ゼオラさんも私も、ヒソヒソ声でお話します。ゼオラさんはお仕事でお疲れでしょうに、アシムを抱き取ると慣れた手付きであやされて
「ミルクあげようか」
泣き方ですぐアシムの気持ちを読み取って下さいました。人肌に温めたミルクを作られアシムに飲ませて下さると、背を叩いてゲップをさせて下さいます。私はお礼申し上げてまたアシムを抱っこさせて頂くと、眠るまで優しく揺らしておりました。ゼオラさんはベッドにうつ伏せで眠っておられる分身さんにふと目を移されると
「スヤスヤ寝ちゃって」
やっぱり優しく苦笑なさいます。
「リテはさ、前世って信じる?」
ゼオラさんは私をベッドに座らせて下さると、ご自身も私の隣にお座りになって。寝てしまったアシムをそっとゆりかごに戻されて、ゆっくり揺らして下さいました。
「ぜんせ……ですか?」
「今より前の人生ってこと」
私はよくわからなくて、ただゼオラさんのお顔を見守ります。
「俺は覚えてるんだよね。そして俺は前世でも君に会ってるんだ」
私は不思議な気がして。胸がドキドキ致しました。
「昔の君は目が見えないのに客を取らされてて、でも文句も言わずに笑ってた。俺は何とか君を自由にしてあげたかったんだけど、金がなくて……。悪い病気をうつされた君が乞食になったのを引き取って、死ぬまで面倒を見たんだ」
私は時折、目の見えない私をどなたかが強く抱きしめて下さる夢を見ることがありました。ゼオラさんのお話はどこか懐かしくて。胸が締め付けられるような気が致します。
「君は両目を隠されると安心した顔をするでしょ。昔の記憶が残ってるのかもね」
私はほっとため息をついて、ゼオラさんのお顔を見つめました。ゼオラさんの濃紫色の瞳は吸い込まれそうに深く、お優しくて。
「昔の君は妊娠したら怒られる境遇だったからね。この子を妊娠した時すごく不安そうな顔してたのも、昔の癖が残ってたのかもしれないと思った」
「そう、なんですね……」
妊娠が怖い気持ちはなんとなくわかりましたので、私はゆっくりうなずきました。
「俺の執着心は半端ないって言ったでしょ。たださすがに、今世で君を見つけた時は息が止まったけどね……」
ゼオラさんは私をギュッと抱きしめて下さると、そのまま横になられました。
「君を見つけられて良かった。君はこの世でもやっぱり放っておけないような境遇でぼんやりしてるんだから」
私をその強い腕にお抱きになって、護って下さいます。
「前世の君は死の床に伏しながら何度も俺に礼を言って、『可愛い嫁を貰って幸せになれ』って言ったんだ。俺、悲しくてさ。その遺言を今実行してるわけなんだけどね」
私は涙がポロポロこぼれて止まりませんでした。ポロポロ、ポロポロこぼれて、ゼオラさんのお胸を濡らしてしまいます。
「ありがとうございます、本当に……」
そんなに前から私を見ていて下さったなんて。まるで奇跡のように思いました。ゼオラさんは私の涙を親指でそっと拭って下さると
「今度こそ幸せになるんだよ。俺がついてるから」
神さまのように優しく微笑んで下さいました。