十二月になると俺は三宮の裳着の準備を始めた。それほど派手にしなくてもいいかなと思っているけれど。本人の好みも訊いてみようか。
「唐土《もろこし》風の飾りをして下さると嬉しいです」
三宮がそう言うので俺はその希望は叶えようと思った。以前六條院の春の宴に伺ったときも庭の池に唐土風の舟を浮かべていたっけ。最近の流行なのかもしれない。
柏木くんとのやり取りは続いているようで、文の使いが毎日のように来ていた。交際は順調……なのかな。こういうとき母親がいてくれると助かるんだけれど。俺からはどうしてもきけないので、そっと見守るだけにしていた。
「朱雀様、院の大臣《おとど》がいらっしゃいました」
「光《ひかる》が?」
院の大臣というのは太上天皇になぞらえられた光のことだった。帝になっていないのに院と呼ばれるのも何か不思議な気がするけれど。冷泉さんは父である光を院の待遇にはしたかったようだ。
「こんちは」
「光、珍しいね」
朱雀院に光が来てくれるのはめったに無いことなので、俺は驚いて席を設けた。
「外出も大変なんじゃない?」
「そうなんだよ、お付きが多くて」
俺は帝時代から人気がなかったし院になってからも身軽がよくて物々しい護衛は断っていたけれど。光は娘さんは春宮に入内させるし夕霧くんも将来有望だしで、どうしても追従する人が多い。こうして人払いするとき彼らには他の部屋で待ってもらっていた。
「すー兄《にい》たのもー」
そこへ蛍もやってくるので俺は驚くより先に嬉しくなって蛍の席も設けた。
「蛍まで。来てくれてありがとう。どうしたの二人して」
俺はつい浮かれて尋ねたが、光と蛍は俺をじっと見つめてしばらく何も言わなかった。
「……どうかした?」
「すー兄最近体調悪かったりしない?」
「いや、特に変わりないけど」
「急に出家したくなったりは?」
「ああ、出家はそろそろしたいね」
「待って!!」
俺が出家の話題を出すと光は両手を広げて全力で制止したので俺は目を丸くした。
「兄貴、柏木と三宮さんってどんな感じなの?」
「よくわからないけど、文は続いてるみたいだね」
「よし、行ける!」
光はぐっと拳を握ると、強い調子で言った。
「もうすぐ三宮さんの裳着だよね?」
「うん」
「予言ではその三日後に兄貴は出家するんだけど、まだしないで。俺・が・良・い・っ・て・言・う・ま・で・出家はしないで」
「う……うん」
光があまり強く言うので俺はその勢いに押されてうなずいた。
「裳着は盛大にしてあげるから」
「いやいいよ、別に」
「春宮様や冷泉さんからもお祝いがくるから」
「そこまでしなくても」
俺は苦笑したが、光と蛍には考えがあるようで二人で視線を交わした。
「三宮さんは柏木にあげるんだよね?」
「まあ……あの子が嫌がらなければね」
「一緒になるなら柏木の邸に降嫁させるね?」
「そう、だね」
「きちゃったなーこれ。歴史が動くぞ」
蛍は隣に座る光を肘で突いてワクワクしたように言った。
「兄貴、どうせならあの予言を引っ掻き回してやろう」
「うん……でも大丈夫? 誰か困ったりしないかな」
「へーきへーき。むしろあの予言通り進むほうが困んのよ」
「そうなの?」
「特に俺らの死後がね」
蛍がそう言うので、俺は怖いけれどどうしても聞きたいような気がして少し身を乗り出した。
「あのままいくと三十五年後には自殺未遂がおきんの。柏木の子も絡んだね」
「自殺未遂……」
あまりにも不穏な単語が出てきて俺は言葉を失った。
「恋愛の話だと思ってたんだけど」
「いや恋愛なのよ。ただ二人の男が一人の女を取り合って自殺未遂まで追い込むわけ」
「怖い……俺たちそんな怖い世界に生きてたの」
俺はショックでしばらく何も言えなかった。
「そーなのよ。俺たちの人生なんてその前・置・き・みたいなもんよ」
「自殺未遂への前置き……」
俺はなんという人生を送ってしまったのかと真剣に考え込んだ。
「その女を争う二人の男ってのが、柏木の子の薫と俺たちの孫の匂宮なんだ。薫は表向きは俺の子として育つんだけど、自分の出自に疑問をもってるちょっと暗い奴でさ。この薫をはっきり柏木の子として育てれば、もう少し明るい性格になるんじゃないかって」
「なるほど……その子が変われば未来も変わるかもしれないんだね」
「こいつら負の相乗効果を発揮すんだよなー。女の話題を共有すなっつーのに」
蛍は眉をひそめてまだ生まれてもいない子たちを批判した。
「ただ悩みのない薫ってのも面白そうだよなー。どんな子に育つんだろ」
「予言の内容をかなり変えちゃうわけだね」
「そうそう。どうせなら大幅に変更しよう。革命起こそうぜ」
光もいつになく興奮して嬉しそうにしている。
「それで光の奥様も救えるかな?」
「三宮さんがうちに来ないだけで正直かなり救われんのよ。死期は変わらないかもしれないけど、それまで幸せに過ごしてくれたら俺は満足だから」
光がそう言ってくれるので、俺は涙が出そうになった。
「本当にごめんね。大切な奥様を」
「いいって。後はとにかく柏木と三宮さんが上手くいくことを祈るのみだな」
「柏木良い奴だし行けんじゃねーか?」
「そうだね」
俺は微笑んで、そうなってくれると良いなと思った。
「ちなみに、未来の夕霧くんや冷泉さんは大丈夫?」
「あーあの二人なら死なないよ」
「そうなの?!」
「予言の中ではね」
蛍が教えてくれるので俺は嬉しく思った。長生きしてくれるみたいでよかった。二人がずっと仲良くしてくれると嬉しい。
「裳着の準備進んでる? 俺も手伝おうか」
「ありがとう。初めてだからよくわからなくて」
「任せな。俺この前やったから」
光がいろんな人に指示したり手配したりして手伝ってくれたので、三宮の裳着も無事に終わりそうな気がして俺は安堵しながら光に感謝した。
「未来、変わると良いね」
「変わるよ絶対」
「めっちゃ楽しみー」
俺たちは未来を良い方向に変える約束をしあって。俺は明るい気持ちで帰る二人に手を振った。