海軍艦隊がずっと護衛してくれたおかげもあって、私たちは無事出発した港に帰ってくることができた。お世話になった王家の皆さまとの別れを惜しみつつご挨拶して、帰路につく。
ルースさまのお邸は王宮のそばなので、私たちの乗る馬車は陛下の馬車のすぐ後ろを走っていた。陛下は島から連れ帰った怪しい女性を同じ馬車に乗せて、やっぱり親しげにお話しておられた。二人はどうなるんだろう。私がルースさまのお邸に住まわせて頂いたように、彼女も王宮に部屋を与えられるのかもしれないと私は不安に思った。
「サーシャ」
私が沈んだ顔で国の未来を憂いていると、ルースさまが私の手をそっと握って仰った。
「私たちの結婚のことなのですが」
「はい……えっ?」
私はハッと我に返ってルースさまを見つめた。
「私との結婚、考えてくれましたか?」
「あ、はい」
お断りする理由は何もなくて、私はコクンとうなずいた。そうか、まだ結婚していなかったんだ。
「今までお待たせしてしまってすみません。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」
私は姿勢を正すとペコリと頭を下げた。私の方こそ、ルースさまに吟味されて及第点だったのかな。久しぶりに海を見てはしゃいでしまって、だいぶ粗野な本性を見せてしまった気がするけれど……。
「ありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします」
ルースさまはにっこり笑まれると、私に丁寧に確認して下さった。
「サーシャさえよければ近く式を挙げたいのですが、いかがですか。衣装やしきたりなど古くからの決まり事が多くて、自由にはできないのですが」
「はい、仰せのままに致します」
やっぱり私は頷いた。陛下の心配をしている場合じゃなかった。私だって田舎伯爵の末娘なのだ。王家の方から見れば、怪しい海賊娘と同類に違いない。ちゃんとしなきゃ。私がきゅっと身を引き締めると、ルースさまは少し悲しげに微笑まれた。
「若いあなたを閉じ込めて、私の生活に無理やり従わせるようなことをしてしまいましたね。すみませんでした」
「いえ、そんな。私の方こそ助けて頂いて、ありがとうございます」
ルースさまが謝って下さるので私は恐縮した。私のほうこそ帰る場所がなくて、ルースさまを利用したような形になってしまったのに。
「私、舞踏会が終わったら家出しようと思ってたんです。無理やりお見合いさせられるのも嫌だったので」
「家出、ですか」
ルースさまは生まれて初めてその単語を口にするかのようにビックリなさっておられた。
「今回遊びに行ったような離島がマーレタリアにもあるので、そこで漁師さんに弟子入りして網の打ち方から習うつもりでした」
「マーレタリアでは女性も漁に出るのですか?」
「船が沈むって嫌われますよね。うちも本島ではそうなんですが、人の少ない離島ではそうも言っていられないので、夫婦で漁をする人もいます」
ルースさまを次々ビックリさせてしまっているなと思いながら、私は本音を話した。
「私、夫婦で働くの素敵だなってずっと憧れてて。ルースさまのお仕事を少しでもお手伝いできるの、とっても嬉しいです」
貴族っぽい考え方じゃないんだろうけれど、私はそう思っていた。支えあうって感じで好きなんだ。女は引っ込んでろ! って思う人もいるだろうし、力仕事では邪魔になるかもしれないから、万人向けとは言えないと思うけれど。
「ありがとう……。私も、私の生き方を尊重してくれるサーシャに出会えて幸せです」
ルースさまは少し声を詰まらせてそう仰ると、私を抱きしめて下さった。私たち、いい夫婦になれそうかな? 私はシシリーのためにもルースさまをお支えして、幸せになりたいと思った。