九月の湖畔は真夏の暑さもひと段落して、涼しい風が心地良く吹いていました。私は白いつば広の帽子を押さえながら、水辺をゆっくり歩きます。
私の腰に腕を回して、ヒューはいつにもましてぴったりくっついて歩きました。どこでもすぐキスしようとするので、私は困ってしまって。
「人のいない所に行かない?」
私がそう言うとヒューはもっと嬉しそうにするので、結局ヒューの術中にはまってしまっている気がします。
「僕たちの秘密、知りたい?」
ヒューが私を抱きしめて誘うように訊くので、私は返事に困ってしまいました。
「私、知るのが怖いの……きっと私の罪、よね?」
「じゃあ知らなくていいよ」
私が戸惑うと、ヒューは怖いほどあっさり提案を引っ込めてしまいます。
「私、どうしたらいいかな……?」
「姉さまって本当、一人じゃ何も決めないんだね」
私はまた怒られたと思ってしょんぼりしましたが、ヒューは始終嬉しそうでした。
「姉さまの、なんでも僕に相談してくれるところ大好き」
ヒューは私の鼻や頬に降るようなキスをくれると、
「僕とキスして。ずっと、僕を愛して。それだけでいいから」
そう言って、すべてを甘くぼかしてしまうのでした。
◇◇◇
町を歩きオペラを鑑賞して、楽しい時間が過ぎていきました。一つのジェラートを互いに食べさせあって。かなり恋人らしいアピールはできたと思います。日も暮れるので、また別荘へ戻ろうと歩いている時でした。
「ヒュー、あの……」
私はヒューにしか聞こえないくらいの小声で、そっと話しかけました。
「さっきから誰か、後ろからついてきてる気がするんだけど……」
「気づいた?」
ヒューは、寄り添って歩く私を嬉しそうにぐいと引き寄せると、
「姉さまにまで気づかれるようじゃ、よっぽど素人なんだろうね」
クスリと笑って囁きます。
「町からずっとだよ。よっぽど僕たちに用があるらしい。ちょっとからかってやろうか」
ヒューはそう言うと、別荘から逸れて人気のない林のほうへ歩を進めました。私は武器を持った怖い人だったらどうしようと思いながら、ヒューにぴったりくっついて歩きます。
夕暮れの太陽が優しく私たちを照らして、季節は夏から秋へ変わろうとしていました。背の高い木々が一定間隔に植えられている遊歩道に来たとき、ヒューはくるっと後ろを振り向き、大きな声で言いました。
「出てきなよ! 下手な尾行者さん。僕たちに用があるんだろ?」
林にはヒューの声だけが響いて、しばらく何も起きませんでした。ヒューは注意深く辺りを見回しながら、さりげなく懐の銃に手をかけています。私はヒューの左腕を胸に抱くように掴んで、息をのんで見守っていました。数分の後でしょうか、帽子をかぶった人が一人、太い木の陰からのっそり姿を現しました。