行幸の日の課題が上手くできたこともあり、夕霧くんは進士《しんじ》になった。進士は式部省のとても難しい試験に受かった人しかなれない資格で、今回受かったのはたったの三人だそうだ。秋の司召では侍従に昇進した。五位になったのかな。冷泉さん、本当はもっと早いペースで加階させたいんだろうな。でも夕霧くんほど家柄や頭の良い人が下の方にいるのもどこか格好良かった。
俺にとっては大仕事だった行幸も無事終わり、季節は巡ってまた年が明けた。光《ひかる》三十五歳、冷泉さん十七歳、夕霧くんは十四歳になる。皆どんどん大きくなるな。夕霧くんは御所の行事に出たりしてしばらく忙しそうにしていたが、春のある日不意にうちに来た。
「三宮さんて人、見せてもらえますか」
少しきつめの真っ直ぐな瞳で俺を見る。
「ごめん、裳着もまだで。今年で九つなんだ」
俺がすまなそうに答えると
「そういう意味じゃないす」
彼は少し慌てた様子で首を振った。
「どんな人か知りたくて」
「ああ、なるほど」
俺はしばらく考えていたが
「琴《きん》が上手いかな。あと俺を叱るくらいにはしっかりしてるかも」
俺が知りうる限りの三宮情報を伝えた。
「顔も見たほうがいい?」
女性の顔を見せるのはあまり良くないんだけれど。夕霧くんなら信頼できるだろうと思って俺はきいてみた。
「いえ、いいです」
夕霧くんは俺の伝えた少ない情報だけで何かを察したのか、腕を組んで考えこんでいる。
「結婚しそうな相手とかいますか」
「いや、全然」
俺は苦笑して首を振ったが、女の子のことについてはすぐ自信がなくなってしまった。
「でも俺が知らないだけかもしれないね。うちに貴族の車が出入りしてる形跡はないけど。文のやり取りも多分ないと思う。きつめに監視したほうがいいのかな?」
「いえ」
夕霧くんは前を向いたまま頬をかくと、ため息混じりに言った。
「予言と現実って、結構違うもんですね」
「そうなの?」
「はい」
夕霧くん、困っているのかな。俺は何とかして助けてあげたいけれど、どうすればいいかわからずしばし沈黙した。
「特に朱雀さん周りが違ってます」
「そうなんだ?!」
そう言われると心配になった。俺台本通りに生きれてないのかな。そもそも台本読んでないからなあ。
「あの人はムカつくくらい予言通りです」
「光?」
夕霧くんがうなずくので、光はまた夕霧くんを怒らせようとしているのかと俺は苦笑した。どっちが子どもかわからないなあ。それでも夕霧くんは真っ直ぐ育っているのだから光の育児法が正しいのかもしれない。
「六條|京極《きょうごく》に四町占めてデカい邸建ててます」
「四町?!」
俺はびっくりしてつい大きな声を出してしまった。普通の貴族の四倍はある大邸宅だ。まあ光だからそのくらいの財力はあるんだろうけど……。
「紫《むらさき》さんの父上の五十の賀があるとかで」
「ああ。そのお祝いのために大きい家を作ってるんだ」
「それだけじゃないと思いますけど」
夕霧くんはすごく嫌なのか、きれいな眉をひそめて横を向いた。女性たちのための邸なんだろうな……。夕霧くんのくつろげる場所があるといいのだけれど。
「忙しいのにうちに寄ってくれてありがとう」
「いえ」
夕霧くんはこの後も時折うちに来ては俺と話をしてくれた。俺に会うフリで三宮の偵察なのかもしれないけれど。俺はそれでもよかった。夕霧くんには生まれ育った三條のお邸と、光の二條邸にある東の院がとりあえずの居場所らしい。
光は八月には新築した六條院へ移ったらしく、御所でも皆が光の大邸宅の噂をしていた。家がますます広く遠くなって父子が顔を合わせる機会は減るかもしれないが、夕霧くんにとってはそのほうが気が楽なのかもしれないな。難しい年頃だし、俺は彼には父親とケンカしてほしいようなほしくないような、複雑な心境だった。