ルースさまの朝はかなり早かった。小鳥のさえずりと共に起き、たかはわからないけれど、私が起きて朝の支度を終えた頃には、もうお邸を出てしまわれたそうだ。
「旦那様は早朝馬たちの様子をご覧になられてから聖堂に出向かれ、お勤めをなさいます。夜までお帰りになりません」
召使いたちは冷たい口調で私に教えてくれた。何となく感じていたけれど、私はこのお邸のメイドさんたちに嫌われている気がする。これは、アレだな。このお邸の人にとって、私が一番嫌っていた父の愛人みたいな存在に今の私がなっちゃってる感じかな。違いといえば、実家では私は召使いたちと共に愛人を避けていたけれど、今は避けられる立場ってことかしら。
私は丸腰で敵地に赴いてしまったようだと思った。こういう時メイドたちを上手く掌握する術も世間にはあるんだろうと思いながら、それも寂しい気がして私はなんとなくそのままにしておいた。いきなり異物が入ってきたんだから、嫌われても仕方ないよね。
メイドたちはそれでも職務には忠実で、お茶と食事の提供に続いて、宿に置いてあった私の荷物を従者が持ってきたからと私の部屋まで届けてくれた。従者たちはそのまま主である父の邸に帰ってしまったらしい。まあ、そうなるよね……。
私はルースさまと一緒にいられればそれで満足なのだけれど、召使いたちに嫌われたままなのは悲しいなと思った。とはいえ、いい考えも思い浮かばずに。私は昨日一緒に乗馬をさせてもらったお庭へ行った。馬たちは朝ごはんを食べた後なのか、草地を気持ちよさそうに走り回っている。
「君たちはいいね」
私は賢そうな馬たちの首を一頭一頭撫でさせてもらった。君たちと話せたら。ルースさまのこと、もっとたくさん聴きたいのにな。荷物まで送り届けられて、いよいよ退路を断たれた感じを私は受けた。もともと実家を出るつもりではいたけれど、このアウェー感。ルースさまに相談するのも告げ口みたいになって嫌だし、これは踏ん張りどころだよね。
お花でも贈ればいいのかな。美味しいお菓子や、綺麗な洋服とか? なんて、露骨なわいろは下品か。私がいろいろ無い知恵を絞って考えながら歩いていると、半開きになったドアの陰でメイドたちがひそひそ話をしているのが聞こえた。
「シシリー様を差し置いて」
その単語だけが聞こえて。やっぱり彼女が奥様の第一候補だったのだと思うと、私は嬉しいような悲しいような複雑な気分になった。どうしてこんなに彼女のことが気になってしまうんだろう。じっとルースさまのことを見ていた彼女の姿が亡き母と重なる気がして私は苦しかった。私が略奪しちゃったのかな。
ルースさまに選ばれたのは私なんだから、自信をもってどーんと構えていればいいんだろうけれど。私はできれば召使いたちとも信頼関係を築きたいと思っていた。彼らにまで好かれるシシリーさんって、どんな魅力を備えた方なんだろう。お会いしてお話してみたいな、なんて……。お仕事を終えて帰ってこられたルースさまと一緒に夕食を頂くときも、私はぼんやりそんなことばかりを考えていた。