豪華な行幸も終わってほどなく、俺は柏木くんの訪問を受けた。
「こんにちは」
「お時間を頂きまして、ありがとうございます」
柏木くんは夕霧くんと一緒に来ていた。彼はいつもの優しい笑顔で俺に挨拶してくれる。俺は柏木くんと夕霧くんの座を設けて二人にすすめた。
「釣りは楽しんでますか」
「はい。なかなか釣れませんが」
柏木くんは日に焼けて元気そうな顔をしていた。良かった。今を楽しんでくれているならそれが一番だ。
「今日は、例の予言の件でご相談があって」
「俺も。お話したいと思ってました」
俺と柏木くんは互いに見つめ合ってしばらく黙った。夕霧くんが真っ直ぐな瞳で俺たちを見守っている。俺は柏木くんが話し出してくれるまで待っていた。柏木くんは考えながら、慎重に言葉を選んで話してくれる。
「三宮さんと文を交わすことをお許し頂けますでしょうか」
「もちろん、文を下されば嬉しいです」
俺はゆっくりうなずくと息を整えてきいた。
「三宮をもらって下さいますか」
柏木くんはハッとした表情で俺を見つめると、しばらく考え込んだ。
「三宮さんは俺のことを気に入って下さるでしょうか」
「不安ですか」
柏木くんはだいぶ長い間黙っていた。
「あの予言では、俺はかなり強引に三宮さんと関係を持つんです。怯える彼女を無理やり……。俺にはとてもそんなことはできません」
「三宮のことを思いやって下さって、ありがとう」
俺は胸が締め付けられる気がした。だいぶ厳しい予言だ。
「三宮さんと文を交わして、俺の気持ちを伝えてみます。お気に召さないようなら……諦めます」
柏木くんはためらいがちに、でも意を決した様子で言った。
「こちらこそ、裳着もまだの娘ですが……。柏木くんのお気に召さなければ、無理なさらないで下さい」
俺は話しながら、つい夕霧くんを見つめた。
「俺の周りは予言と違うようで。三宮も柏木くんの好みに合うかどうか……。少し覗いて見ますか」
「いえ、それは」
柏木くんは戸惑うと、遠慮がちに首を振った。
「申し訳なくてできません。裳着を済まされてもまだ文のやり取りが続いているようでしたら、そのうち機会もあるでしょうから……」
「気を使って下さって、ありがとう」
俺はお礼を言って頭を下げた。彼は真面目な人なんだと思う。柏木くんはふと顔を上げると俺を見つめて、強い調子で語った。
「ただ、俺のほうで気に入らないということは無いと思います。俺はずっと宮様と結婚したいと思っていたので……。その願いのために、もう二十三ですが一人で住んでいます」
「そうですか」
「あの予言を読んで一番驚いたのもそこでした。どうしても宮様と結婚したいと思っている点が今の俺と同じで……。もし三宮様との結婚をお許し頂けるならば、最愛の方としてお迎えします。三宮様に断られたとしても二宮様を所望するような不敬は致しません」
「……ありがとう」
俺は感謝で胸がいっぱいになった。二宮のことまで心配してくれて、誠実な人だと思う。予言の柏木くんもいい人だったのかもしれないな。ただ三宮のことがどうしても諦めきれず、苦しんだのだろう。柏木くんは俺をじっと見つめていたが、やがて悲しげに目を伏せると低い声で尋ねた。
「むしろ、死ぬのがわかっている俺が三宮様を頂いてもよろしいのでしょうか」
俺もしばらく考えた後、落ち着いた声で答えた。
「あの子には辛いことかもしれませんが……柏木くんがあの子を愛して下さるなら、俺の責任で差し上げます。後であの子が泣いても、俺が責任を取ります」
本人がよほど嫌っているのでなければ、親の責任で嫁にやることも必要なのかもしれないと俺は思っていた。自分一人で男を見定め、全てを決めるというのは大変だ。誰のせいにもできない。
「人間皆死にます。死ぬのがわかっているから愛さないということができるでしょうか」
俺は葵さんのことを思い出していた。もし葵さんが死ぬことを知っていたとしても、俺は彼女を好きになっただろう。死ぬことを知っていたなら、なおさら激しく好きになったかもしれない。
「ありがとうございます……」
柏木くんは必死に涙をこらえながら頭を下げた。俺も泣きそうで。でもここで泣いたら柏木くんの死を認めてしまうような気がして、意地でも泣きたくなかった。
「よろしくお願い致します」
「こちらこそ。ふつつかな娘ですが、どうかご指導下さい」
俺たちは互いに頭を下げて。これでいいのかわからないけれど、俺の中では一区切りついた気持ちでほっとしていた。