「乗馬、ですか」
私はちょっと戸惑ってしまって、お茶を飲みながら曖昧に笑った。
「お嫌いですか」
「小さい頃馬から落ちたことがあって、それからあまり乗れなくて。ドジですよね……」
私はハハハと情けなく笑った。貴族のくせに馬にも乗れないなんて、ガッカリだよね。
「では二人で乗りましょう。私も手綱を持ちますから」
ルースタッド殿下は私を嘲笑なさることもなく、すんなりそう仰って下さった。そこまで言われると断ることはできなくて。私は広いお庭に出ると殿下の馬に乗せてもらった。
艶やかな栗毛で、とても賢く、優しい馬だった。殿下との息もぴったり合っていて、私が乗っても怒らない。殿下は私を前に座らせて下さると、ご自身は後ろに座って私と一緒に手綱を持って下さった。
私は殿下と密着するので緊張したけれど、殿下はとても落ち着いているので、私も姿勢だけは真似しようと背筋を伸ばして座った。殿下はお庭をゆっくり二周された後、馬の歩調を早め、軽く走ってくれて。私は馬上で風を切る楽しさをはじめて知った。
「わあっ! 乗馬って、楽しいん、ですね!」
「ええ」
「今日は、ありがとう、ございます!」
私は馬に合わせて揺れながらルースタッド殿下にお礼申し上げた。私を乗せてくれた馬のたてがみも何度も撫でて、ありがとうを言った。
殿下は馬を下りると労わるようにその首や背を撫でて、手綱と鞍を外し、放牧用の草地に放してあげていた。殿下の馬は他の馬たちと戯れるように駆けまわっていて。仕事を終え、自由にしている時の馬っていいなと思う。
「疲れましたか?」
馬たちの様子を確認しながらルースタッド殿下がそう訊いて下さるので、私は息を弾ませて答えた。
「全然。とっても楽しかったです。殿下は乗馬がお好きなのですか?」
「ええ、昔から好きで。馬は信頼できますから」
さりげない言葉に本音が詰まっている気がして。王家の方って大変なんだと私は思った。
「次はピアノを弾きませんか」
殿下は私を連れてお邸に戻って下さると、昼食をはさんで、今度はピアノを勧めてくれた。お邸というか、お城のような感じだけれど……。他の王族方は住んでおられないようなので、殿下専用のお住まいなんだと思う。
長い廊下を突き当りまで進むとピアノ室と呼べるような部屋があって、立派なピアノが置いてあった。他の楽器と合奏もできそうな、ちょっと広めの部屋だ。
「私、ピアノもあまり弾けなくて」
私は何もできないことを次々露呈していくのが恥ずかしかったけれど、正直にお伝えした。
「私が合わせますから、大丈夫ですよ」
ルースタッド殿下はそう仰ると、私をピアノ椅子に座らせて、ご自身はピアノに片手をつき、私の後ろに立たれた。先生みたいかな?
楽譜もないから戸惑ったけれど、私は右手だけで適当なメロディを弾いた。すると私の音に合わせて殿下はきらめくようなフレーズを即興でお弾きになられる。触れた瞬間に音楽が生まれてくるかのような指先だった。
ルースタッド殿下は前に座っている私に覆いかぶさるように長い腕を伸ばして弾かれるから、私はただドキドキした。私の指と殿下の指が触れて、あっと思って離すと、息もかかりそうなほど近いし。全然集中できない……。
殿下って凄くモテそうだなと私は思った。お顔が美しいのはもちろんだけれど、これは、女子は、誤解しますよ……。私みたいな男の人に何の免疫もない人間には毒だと思う。やっぱり貴族の男性って、こういうの得意なんだろうな。殿下も「恋が苦手」と仰っておられたけれど、よくあるセリフなのかもしれない。私は寂しく思ってそっとピアノから手を離した。
「お嫌でしたか?」
殿下がすぐ尋ねて下さるので、
「いえ、楽しかったです」
私は何とか笑顔を作ってそう答えた。