現役海軍提督であるシシリーのお父様は、がっしりした体躯に口髭を蓄えた立派な方だった。座礁した帆船の修理も終わり、皆でそろそろ帰ろうかという時、艦隊を率いて迎えに来て下さる。
小さい島でとても海軍艦隊は入港できないので、提督と部下の方々は島周辺の海に錨をおろし、わざわざ小舟に乗り換えて来て下さった。
「陛下、お久しゅう」
「提督もお元気そうですね!」
白い軍服に身を包んだビュッテンバフェット公爵の堂々たる佇まいに私は完全に萎縮してしまったが、陛下は親しげに握手してご挨拶なさっていた。
「ご不便はござらぬか」
「ええ。もうすぐ帰るのが惜しいくらいですが、提督も楽しんでいって下さい」
陛下はそう仰ってにこにこ笑っておられる。陛下のそばにはいつの間に親しくなったのか亜麻色髪の若い女性がいて、シシリーが気にしていたのはこの人のことかと私は思った。
提督はちらとシシリーに目くばせすると、部下を引き連れ観光するフリをしてのしのし島中を歩いて下さった。私たちが帰国するまであと一週間ほどあったけれど、提督の島民を見て回る視線は非常に鋭く、文字通り睨みを利かせていたので、島民に成りすましている海賊たちも少しは肝を冷やしたかもしれない。
提督の見回りのおかげもあって、私たちは無事大型帆船に乗って帰路につくことができた。
「この子が王都を見たことがないと言うから、見せてあげたいと思って!」
人の良い陛下はそう仰って、亜麻色髪の女性を伴って乗船なさった。陛下とこの人が恋仲なのかはわからないけれど、この人が陛下を狙っていることははた目にもよくわかったので、王族方の中には陰で不快がる人もいた。取り繕ってはいるけれど、貴族出身とは思えない感じの女性だった。
どうなるのかなあ……。いかにも怪しい女性だけれど、陛下がお気に召すなら誰も文句は言えないしと思って私は為す術がない気がした。
「座礁させられた件も含めて、兄に話してみます」
ルースさまは、二十も年の離れたお兄様であり陛下のお父様でもあられる先王陛下へ相談してみると仰ったけれど、シシリーは険しい表情で首を振った。
「国に着くまで無用な心配をおかけしない方がいいわ。それに、諫める言葉なら陛下も既にお聞きでしょう。それでも連れ帰りたいんだろうから」
シシリーはふうとため息をつくと、件の怪しい女性と、彼女と親しげに話す陛下を遠くから眺めた。そして、
「私、昨夜陛下の寝室に忍びこんだの」
と何気ないことのように言うので、私だけでなくルースさまも驚いて思わず言葉を失ってしまった。
「陛下を少しでも傷つけるようなら刺してやろうと思って、短剣を持って。陛下はスヤスヤ寝てたわ。その隣であの女は勝ち誇ったように笑ってた」
シシリーはキッと鋭い瞳で遠くを見た。陛下と彼女はそこまで進んでいるのかと私は絶望的な気がした。リベルスタン王国はどうなってしまうのだろう。海賊に国ごと盗られてしまうのだろうか……。
「結婚までは周りがさせないでしょうが、子供くらいは産むかもしれないわね。マーメイドなら大人しく泡に還ってほしいものだけど。あの人魚は国を沈めるセイレーンのようね」
シシリーは甲板の手すりに寄りかかりながらそうつぶやくと、藍色の瞳で海を見ていた。