「サーシャ? 大丈夫ですか」
何度目の呼びかけだったんだろう、私はルースさまにそう呼ばれる声でハッと我にかえった。
「はい」
ナイフとフォークを持ったまま、無心でルースさまを見つめる。
「何か考え事ですか?」
ルースさまは優しく問いかけて下さった。
「あ、はい、えっと、大したことでは」
私は給仕のために控えるメイドたちを意識しながら言った。ここで話すと聞かれちゃうよね。
ルースさまは私の様子をしばらく心配そうに見つめておられたが、やがて穏やかに微笑むと私のことを誘って下さった。
「明日は、私と一緒に聖堂へ来ませんか」
「いいんですか? お仕事のお邪魔になりませんか?」
「共に祈って下さるなら。邪魔にはなりませんよ」
ルースさまは司祭様の笑顔で答えて下さる。私はルースさまと一緒にいられると思うと嬉しかった。
「明日は早起きしますね!」
私が気合いを入れてそう言うと、ルースさまはフフフとお笑いになって、
「馬車を寄越しますから。準備ができてからでいいですよ」
と朝に弱い私を甘やかして下さる。お気持ちは嬉しいけれどやっぱりルースさまと同じ時間に行きたいと思っていたのに、結局遅れてしまって、次の朝、私は朝食もそこそこにお邸を出た。
馬車に乗って十五分くらいだろうか、舞踏会の日ルースさまと初めて会った大聖堂に到着すると、ちょうど礼拝中のようで老若男女たくさんの人が来ていた。ルースさまは祭服をお召しになられ、静かに祈りを唱えておられた。
カッコいいなあ。私はそっと入って一番後ろの椅子に腰かけると、お仕事中のルースさまに見とれていた。神様に感謝しなきゃ、ルースさまと出会えたこと。皆で祈りを捧げ、礼拝が終わり人々が帰ってしまっても、私はしばらくそこに座っていた。壁面一杯に嵌まったステンドグラスから光がさして、ここだけ時が止まったかのように静かだった。
「サーシャ、来てくれたのですね」
白を基調とした祭服をお召しになられたルースさまはいつも以上に尊い感じがした。
「はい」
私はゆっくり頷いて、ルースさまの御顔を見上げる。
「そうそう、サーシャに紹介したい人がいるのです」
ルースさまはそう仰ると、聖堂の奥から一人の女性を連れてこられた。艶やかな銀髪に藍色の瞳の、私が会いたかったあの人だ。
「シシリー、こちらは私が結婚を前提にお付き合いしているサーシャです」
ルースさまが何のためらいもなくそう仰るので、私は内心ヒヤヒヤしてしまった。
「ビュッテンバフェット公爵家のシシリー・レイチェルバルトよ」
シシリーは強い瞳で私を見ると、サッと右手を伸ばした。私より背が高くて年上の、しっかりした女性のようだ。
「サーシャ・イル・マーレです」
私は頭を下げると、右手を伸ばしてシシリーと握手をした。シシリーは乗馬服だろうか、白いブラウスに細身のパンツ、黒いブーツがとてもよく似合っていて、凛々しく格好良かった。
「あなた、何かできる? 馬とか弓とか」
「いえ、特に何も……」
「そう」
シシリーは嘲笑するふうもなくそれだけ確認すると、ルースさまと何かお話していた。「ルース」「シシリー」と親しげに呼び合うのも格好良くて、舞踏会のドレス姿も良かったけれど今日の姿もとても良いなと思った。私は初対面の彼女に一目惚れして、一瞬で彼女のファンになってしまった。