「姉さま、早く!」
春の王都をヒューが足取りも軽く飛ぶように駆けるので、私はスカートの裾を持ちながら、ついていくのに必死でした。
「ハア、ハア……待って……」
壁に手をついて立ち止まる私を見かねて、ヒューがだいぶ先から戻って来てくれます。
「大丈夫? 体力なさすぎなんだから」
ヒューが優しく背を撫でてくれるので、少し息が整いました。
「走るのも早くなったね」
「当たり前だよ、幾つだと思ってるの」
白い歯を見せて笑う顔には幼い面影も残っているのに、ヒューはもう十七になっていました。
「背も私より高い」
「姉さまが低いのさ」
ヒューはフフッと笑うと私の頭を撫でました。追い抜かれたのはいくつの時だったでしょう。成長期のヒューの背はまだ伸びそうです。
「今夜は宮廷舞踏会かあ、楽しみだね!」
ヒューはニコニコ笑うと私の手を取って一緒に駆けてくれました。
「着飾った御令嬢がたくさん来るのかなあ」
「そうね」
ヒューが心から期待しているように言うので、私はつい微笑んでしまいました。
「素敵な出会いがあるかもしれないわね」
「僕なんていろんな人からダンスを申し込まれて大変だろうなあ! 姉さまみたいに地味で控えめな人は壁の花だろうけど」
姉さまももっと着飾ればいいのに! とヒューは不満そうに言います。
「ドレスコードは決まっているから……皆同じようなドレスを着ると、差は歴然よね」
生まれ持った輝きというものは隠すことができません。長身で美形のヒューには華があると私は思いました。ヒューの隣に立ったら、ただでさえ少ない私の存在感はますます霞んでしまうでしょう。でもそれでいいと私は思っていました。この宮廷舞踏会はヒューの社交界デビューになりますから、そんな記念すべき舞台に立ち会えるのは姉としてこの上なく嬉しい事です。
「そろそろ宿に戻って仕度しましょうか」
「えー、まだ早いよ。せっかく王都に来たんだから、一緒にお昼を食べよう!」
ヒューは私の手を引いたままオシャレなカフェに入ると、手早く注文して私をテラス席に座らせてくれました。見惚れる売り子にウインクを返したりして、どんな所作も羽のように軽く、洗練されています。
「こうして二人きりでデートするのも初めてだね」
ヒューは私の正面に座って頬杖をつきながら、綺麗な瞳で私を見つめました。
「そう、だったかしら」
私はヒューの美しい瞳にじっと見つめられて、思わず目をそらすと曖昧に答えました。
「誰かと来たことあるの?」
ヒューは少し睨むように私を見つめ続けます。決して目をそらしてはくれなくて。
「いいえ。私こういうお店に入るの、初めてよ」
私は伏し目がちに微笑すると、運ばれてきたお茶でそっと喉を潤しました。
「姉さまは地味だもんね。いっつもお庭の散歩ばっかり。まあ森があって川も流れてるくらいだから、そこそこ運動になるけど」
初めてレイクロード家に来たときはびっくりしたよ、とヒューは大げさに肩をすくめました。
「お邸というより小さな村かと思った。教会まであるんだもん」
「そんなに……大きいかしら」
「大きいよ」
ヒューは上品ながらも無造作な様子でサンドイッチをかじると、遠い目をしました。
「こんなデカい家に住む人もいるんだと思った。忘れられないね」
それから私に視線を戻すと、いつもの優しい笑顔で私を見つめてくれました。