「では、サーシャの部屋を用意させますね」
ルースさまがそう仰るので、私は思わず問い返してしまった。
「お部屋、ですか?」
「要りませんか?」
ルースさまは顎に手を置いて少し思案なさると、
「私と同室はまだ早いと思いましたが。私と寝ますか?」
とお尋ねになる。
「えっ?! あ、じゃあ、やっぱり……」
私は最高度にビックリしてしまって、かなり失礼な答え方をした。
「用意しますね」
ルースさまは怒るご様子もなく、にっこり笑って頷いて下さる。そっか、そうだよね、部屋いるよね……。
「あの、私、本当にここに住まわせて頂いて大丈夫ですか?」
私は今更ながらルースさまに尋ねてしまった。
「私もこういうことは初めてなのですが、サーシャとは結婚前提でお付き合いしたいと思っているので。それともやはりおうちへ帰りますか? 遠いとなかなか会えなくて寂しいのですが……」
ルースさまが優しい笑顔を少し曇らせて寂しいと仰るので、私は胸がキュンとしてしまった。
「私も寂しいです。私、家があまり好きじゃないので、ここに置いて頂けるととても有難いです」
「じゃあ、そうしましょうね」
ルースさまは嬉しそうに頷かれると、ルースさまのお部屋と同じ階にある客間を私の部屋にして下さった。
「カーテンや壁紙、部屋の調度などはどうしましょう?」
「今のままで結構ですよ。立派な物ばかりで、変えるなんてもったいないですから」
「ありがとう。控えめなんですね。ただ、私はサーシャの好みが知りたいのです」
ルースさまがそう仰るので、私はちょっと返答に困ってしまった。確かに私の好みじゃない物もあるけれど……。
「じゃあもっと好きな物を見つけたら、おいおい揃えていってもいいですか。私の好みは田舎寄りだと思いますし。ルースさまに教えて頂きたい気持ちもあるので」
「そうですね、おいおい」
ルースさまはおいおいという言葉がお気に召されたのか、にこっと笑われた。この笑顔、本当に癒されるなあ……。
ルースさまは今日から私の部屋になった客間の窓を大きく開けて空気を入れ替えて下さいながら、ふと思いついたように仰った。
「恋人なのにいきなり同居なんて、ロマンがなさすぎたでしょうか? もっと会えない切なさやすれ違うドキドキがあったほうがいいですかね?」
真剣にそういうことを悩んでおられるのが何かおかしくて、私は苦笑してしまった。
「いえ、私はいつもおそばにいられるほうが嬉しいです」
私は恋に非日常感を求めてはいなかった。ドキドキなら、今もしていますよ。あなたの笑顔に。
「そうですか」
ルースさまはちょっと恥ずかしそうになさると、
「私は、時間で言うと八割くらいは司祭の仕事をしています。後の二割は王家の一員としての外交や付き合いと言ったところでしょうか。あまり華やかな暮らしではありませんが、よろしいですか」
と丁寧に私に確認して下さった。
「大丈夫です。私の方こそ田舎者で至らぬ点ばかりだと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
私もペコリと頭を下げて。ルースさまのお邸での同居生活が始まることになった。