光《ひかる》はお嬢さんへ渡す冊子をやっとのことで選り分けると一息ついた。俺も光と一緒に部屋の片付けを手伝う。
「この後さ、俺が夕霧にかなり長めの説教する場面があんのよ」
「天下に浮き名垂れ流しのオメーがどのツラ下げて説教すんだよ。あそこは笑う所だろ」
蛍はそう言って苦笑している。
「いや失敗したからこそ言える教訓があんじゃん?」
「今更親ぶろうとすんのやめろよな。まーた嫌われんぞ」
「逆よ逆。今が親ぶれる最後の機会だからさ」
「面白い予言書なんだね」
俺は怖くて読みたくはないものの、面白い箇所もあるようだと思って微笑んだ。
「まあね。夕霧は特に予言と全然性格違うから」
光は苦笑して教えてくれる。
「真面目なところくらいかな、同じなのは」
光はそう言いつつも、今の夕霧くんにとても満足している様子だった。
「夕霧の結婚どーすんの?」
「それな」
「予言ではもうすぐなの?」
「すぐすぐ。藤の花が咲いたらよ」
「あそこ藤原氏だからなー」
「すぐだね!」
俺は嬉しくなって思わずニコニコしてしまった。夕霧くんが結婚かあ。葵さんが生きておられたらすごく喜んだだろうな。
「言い忘れてたけど、あいつ子ども十二人できるからね」
「十二人?!」
「雁ちゃんだけで八人産むから」
「すごいね……」
俺は思わず絶句してしまった。八人って、お腹で育てて産むだけで十年以上かかる。
「すごいのよあいつの繁殖力は」
「繁殖力」
「いくら藤原でも草木扱いはやめような」
蛍は苦笑して光の発言をたしなめた。
「でもすげーよな。男も女もたくさんいるから、あいつの子供らで官位も宮中も埋まんだろうな。政治家として強すぎるわ」
「そこは葵と雁ちゃんの血よ」
「ありがてえなー」
そういえば内大臣さんもお子さんが多かったな。葵さんは彼の妹だし、彼女も長生きしたら子沢山だったのかもしれないな、なんて俺は思った。藤原氏の血は強いようだ。
「あいつ雁ちゃんに手出してないってマジなの?」
「らしいよ」
「すげーな。雁ちゃんもう二十歳超えてんだろ? ずっと清純交際かよ」
「待たせすぎだと思うけどね」
光は眉根を寄せて迷惑そうな顔をした。
「他の貴族から婿取りの縁談はわんさかくるしさ」
「それも予言通りかよ」
「予言以上に来てんだわ。あんないい男が十八までフラフラしてたらさ。あらぬ疑いもかけられるっつーのに」
「実の息子褒めすぎだろー」
「顔が良いのは事実だからな」
光が夕霧くんを褒めてくれるので俺はすごく嬉しかった。葵さんに聞かせてあげたいな。
「兄貴めちゃくちゃニコニコしてんな」
「うん。もっと褒めて」
「能天気だなホントに。俺の幸せも今年限りだっつーのに」
「……?」
その言葉の意味を俺が尋ねるより早く、光はもう話を続けていた。
「とにかく、内大臣が言ってこなけりゃこっちから話つけて結婚はさせるわ」
「そっか。楽しみにしてます」
俺はもう夕霧くんが結婚できた気がしてほっと胸をなでおろした。
「夕霧が内大臣さんちで婚礼した後うちに帰ってくる日があるけど、兄貴も会う?」
「いや、いいよ。親子水入らずで過ごして」
光が気を利かせてそう言ってくれたけれど、俺は丁寧にお断りをした。
「じゃまたあいつに俺のありがたい説教でも聞かせてやるかな」
「懲りねえなー」
蛍は苦笑して。でも夕霧くんを婿に出す光の寂寥には理解を示しているようだった。
「娘も息子も一気にいなくなっちまうな」
光はそれが嬉しくもつらいようで、さり気なく言うと少し遠くを眺めた。俺も光の春の庭を眺めて。春は別れと始まりの季節だなと思った。