部長は高速をぶんぶん飛ばして、静かな海辺に連れてきてくれた。
どこまでも続く青い海岸線が気持ちいい。
途中休憩に立ち寄ったサービスエリアで車の天井がカッコよく開くので、私はつい見入ってしまった。天気がいいのとシートが温かいせいか、不思議と寒さは感じない。
「オープンカーって冬でも乗れるんですね」
「冬こそだよ。夏なんて暑くてできやしねえ」
部長はコーヒーを飲みながら笑っている。
「傷、痛むか?」
「大丈夫です」
部長の運転は速いのに心地よくて、背中の傷にも優しく、私はいつまでも乗っていたいと思った。
部長といると心から安心できて、何も心配することはないと思えた。
◇◇◇
「被害者が加害者に会いに行くことって、できますかね」
昼食後、海辺の遊歩道をゆっくり散歩しながら、私は何気なくきいた。
「お前」
部長がタバコに火をつけて、すこし私を睨む。
「会いに行って、どうすんだよ」
「謝れたらと思って」
「バカだな」
部長は白い煙と一緒に、私の罪の意識を吐き捨てた。
「抱かせてもらえねーくらいで付きまとうなんざ、異常だよ。オメーは悪くねえ」
私を支持して励ましてくれているのが、痛いほどわかる。
「やめとけ。今度こそ殺《や》られんぞ」
同情するなと部長は言った。
「まだヤツが好きなのか」
「いえ、全然……」
私は力なく首をふったあと、弱く笑った。
「また必ず来る気がして、怖くて。殺されるよりかは、体を差し出すほうがマシなのかなって」
「マシじゃねーよ」
部長は眉を寄せると、怖い目をして言った。
「一度許せば、キリがねーぞ。毎日毎日、一生。耐えられんのか」
「無理……ですよね」
一生は言い過ぎだろうけど。
毎日責められるのはつらそうと思って、私はため息をついた。
◇◇◇
夕陽が沈むまで、レストランで海を見ていて。
夜になると、ホテルのバルコニーで星を見ていた。寒いからあったかいココアを買って。
「アキノのどこが好きなの」
部長は手すりにもたれながら、静かにきいてくれる。
「手の届かないところ、ですかね。太陽や星みたいに」
私は夜空に手を伸ばしながら答えた。
天上にはちょうど、冬の星座がキラキラ瞬いている。
「私が何を言おうと、しようと、影響を受けなさそうなところとか」
冷静で冷徹で冷酷で。私は冷たいのが好きみたいだ。
「憧れか」
「私にとっては、神さまみたいなものです」
「話がデケーな」
あのアキノが神かよと言って、部長は笑った。
「なら、俺は?」
「んー、家族みたいな感じですかね」
父のような、兄のような。
「一番大切な人、って感じです」
私は白い息を吐きながら、ココアの湯気までおいしく飲んだ。
星は綺麗だけど、やっぱり寒いなあ。ダウンジャケット、着てくればよかった。
「よかった、神じゃなくて」
部長はタバコをくゆらせて笑うと、私を見つめた。
「人ならこうしてお前にさわれるし。過ちも犯せる」
ココアのあとにそっとキスをされて。タバコと混ざってほろ苦い。
私はどうしようもなく困ってしまって、固まっていた。
「今のアウト?」
「わかり……ません」
「よかった」
部長はニヤと笑って。いつもいい意味に解釈する天才に思えた。
「さみーから、中に入ろう」
部長はダブルじゃなくツインの部屋をとってくれて。
私たちはそれぞれのベッドで眠った。
「こんないい雰囲気なのに何もしない俺、すごくね?」
「キス、したじゃないすか」
「あれは事故みたいなもんだろ」
部長は笑って、先にお風呂に入ってしまった。
アキノくんの言葉が、ふいに頭の中に響く。
「相手のためだけに」
アキノくんは誰かを抱いたことあるのかな。恋じゃなく、愛で。
私じゃなくてよかったと思った。
神に抱かれる勇気は、私には永遠にない。
ベッドに放った部長のスマホに着信がきたみたいで、液晶がちらちら光った。
頑張ればできるなら、私は本物のノンセクじゃないのかな? 私のはただのワガママで。
本・物・ってなんだろう。私って、何なんだろう……。
部長がお風呂から上がって先に眠ってしまっても。私はそのことばかりをずっと考えていた。