タクシーは勝手に走り出して、私はぐっすり眠ってしまった。いつの間にか停まって。
部長すごいなあ、私の家知ってたのかな。なんてわけはなくて。
私は部長に支えてもらいながら、知らない場所で降りた。
「まあ入れ」
私は部長に抱えられてエレベーターに乗った。そのまま箱の隅に押しやられてキスされそうになって
「や……ちょっと……ダメれす」
私は首をふって弱く抵抗した。わがままな子どもみたいに。
部長は無理に迫ってくることもなく、酔った私を自分の部屋に入れてくれた。
「お水、頂けませんか」
私は黒いソファに座らせてもらうと、つい言ってしまった。遠慮ないなあ。
今もさんざんお世話になってるのに。
部長は嫌な顔ひとつせず、コップに水をくんで持って来て下さった。
私はゴクゴクのんで、はーっと息をついた。お水おいしい。生き返る。
部長はそんな私を見ていたのか、私が水を飲み終わるのと同時に空のコップごと私の手をつかむと、押し倒しながらソファに乗った。
アキノくんなら、こんなにやさしくはしてくれないだろうなあ。
私の頭はそれでもアキノくんのことでいっぱいで
このまま身を任せてれば、私もラクになれるのかなあ。
部長やさしいし、仕事できるし。
酔って眠い頭で必死にそう思うんだけど
アキノくんアキノくんアキノくん
私の本能はどこまでも冷たいアキノくんを求めていた。
部長が指をからめてきて、右手の指輪にさわった。
ブラックオニキス。魔よけの指輪。
そっか。私ノンセクなんだった。
「部長、ダメれすよ、私……」
「じっとしてろ。すぐすむから」
部長は手際よく私のブラウスの胸ボタンを外していった。いやいや、ダメれすよ。
「部長部長、犯罪です」
「合意の上だろ」
「だって私処女ですよ。28の」
「そうか」
部長の手が少し止まる。処女って魔法の呪文だなあ。
ホントは処女ではなかった。いや、まだ処女なのかな?
未遂というか。昔途中でやめてもらったことがあった。
「重いです?」
「ちょっとな」
部長が手を離してくれたので、私はなんとか体を起こすとソファにぐったりもたれかかって座った。
目を閉じたまま指先だけで服のボタンをひとつひとつ、探しながらはめて
「よく今まで何もなかったな」
「弟に一緒に住んでもらってたんです。でもこの前結婚しちゃって」
部長は私の髪をなでながら、頬から首にかけて何度もお酒臭いキスをした。
「『男と同棲してるから』って言い訳、もう使えなくなっちゃいました」
私はほとんど動けない中できるかぎりよけようと、首を左右にふりながら答えた。
部長だいぶ酔ってるなあ。
部長は私がしぶとく避けるのであきらめたのか、胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。
青い煙をスーッと天井に向けて吐くと
「そんなに嫌か、俺が」
つぶやくように尋ねる。
「部長のせいじゃないんです。部長は素敵だと思います。男性として」
私は痛む頭を押えながら、念じるように言った。
「私が変なだけですよ」
謝って、許してもらえないかなあ。
「いくら好きでも、怖いんです」
小学生みたいだよなあ。
大人になったら体を差し出さないといけない。みんな知ってるルールなのに。
「ごめんなさい」
私の謝罪をきいてか聞かずか、部長は私の手を取ると寝室に引っ張っていった。
青い綺麗なダブルベッドに座らせてくれる。
「一晩中やろう。スローなやつ」
えっ
「ハードル上がってません?」
思わず上司に真顔でツッコんでしまった。
「1ミリずつ入れれば大丈夫だって」
「いやいや、そういう問題じゃないんで」
「すげー気持ちいいらしいぜ」
「快楽の度合いじゃなくてれすね」
困り果ててろれつが回らない。
「ウソウソ。まあ今晩はここで寝ろ。何もしねーから」
「ホントれすか」
私はすごくうれしかった。家に帰れる元気がなくて。ここがどこかもわからないし。
何もしないって本当かな。
眠ってるうちに何かされても仕方ないかなと思った。
こんなにお世話になったんだから、何かお返ししないと申し訳ない。
でも意識があるうちは、怖くてできないし。
よし、寝よう。
「すいまへん、部長。ありがとうございまふ」
私はペコンとお辞儀をすると、そのままベッドに横にならせてもらった。
なんて寝心地の良いベッド……ベルガモットの、いい香りがするし……。
「部長!」
「なんだ?!」
私がちょっと大きな声を出したので、部長が慌てて枕元まで来て下さった。
「香水、あとで教えてくらさい……」
私の意識はここで途切れて。私は深く眠った。