順調に妊娠期間を過ごしていた承香殿さんが、夏の終りついに出産された。男児だった。俺は夜通し起きていたのもあって思わず全身の力が抜ける気がした。良かった。女児が悪いわけではないが、皇位を継がせるのは男子となるのでやはりありがたかった。
「おめでとうございます!」
皆が口々にお祝いを言ってくれて。俺は何もしていないのにと思いながら、承香殿さんが落ち着いてから会いに行った。
「ありがとう。本当に……お疲れさまでした」
「いえ、喜んで下さって嬉しいです」
俺は彼女に会うと思わず抱きしめていた。無事で良かった。彼女は出産後も順調に回復しているようで俺はほっとした。
「みかど、御目が」
彼女はふと俺の左目に気づくと心配そうに見つめてくれた。
「すみません、うつる病ではないのですが。怖いですか」
「格好良いです」
「……?」
俺はよくわからないが彼女は嬉しそうなのでよかったと思った。乳母が若宮を抱っこして連れてきてくれる。可愛かった。生まれた子は皆可愛いが、男児が生まれてくれたことが俺をだいぶ安心させた。
「乳もよく飲まれるし、元気な御子ですよ」
「良かった」
この子が無事大きくなってくれると良いがと思った。冷泉さんが即位なさるときにはこの子が春宮になるだろうか。この子の世がよく治まるよう、俺も今できることをしないと。近頃天災や母の病で暗い雰囲気だった御所も、この子のおかげですっかり明るくなったように思った。本当に赤ちゃんは未来への希望だな。
◇◇◇
出産後はお祝い行事が続くので、俺は何やかやと楽しい気分で日々を過ごしていた。
「朱雀様♡」
そんな俺に時折背後から抱きついてくる人がいる。
「心臓に悪いのでやめてもらえますか」
俺は朧月夜さんのからみついた腕をゆっくり外しながら言った。
「男御子のご誕生おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
彼女は最近だいぶ元気を取り戻してきたのかニコニコしていた。光《ひかる》も最悪期は脱したようだし、いい文でも来たのかな。
「朱雀様、私も可愛い赤ちゃんがほしいです」
などと思っていたら急にすごいことを言い出すので俺は口をつぐんだ。
「そうですか」
とりあえずこの話題が深くならないようさり気なくかわす。
「朱雀様は『子がほしい』と言うと頑張って下さるんですよね」
「誰がそんなことを」
「みんな言ってます♡」
「……」
俺は顔を押さえてしばらく黙りこむと
「からかわないで下さい。俺は真剣なんです」
すこし怒ったように答えてしまった。だって妊娠は一人じゃできないから。男が頑張るしかないわけで……。
「可愛い♡」
朧月夜さんはそんな俺の腕に抱きついてくるから俺はまた距離を取った。良い人なんだけれどやっぱり苦手なんだよなあ。子がほしいって本当なんだろうか。
「光がもうすぐ帰って来られるかもしれませんよ」
「あの方とは遊びです」
「俺には本気だったんですか?!」
「だって産むなら帝の御子がいいですから」
「……」
俺は何も言えなくなってしまって。女性って怖いなと思った。