朝起きると誰もいなくて、私は昨夜のことは夢だったのではないかと思いました。本当に不思議な、気持ちのいい夜で。一糸まとわず布団に寝ていたことだけが、昨夜の幸福を証明しているように思えます。私はあれほどの愛を与えて頂いたことは今まで一度もございませんでした。前の旦那様も貴族でしたが行為は自分本位そのもので、でもこんなものだろうと思っておりましたが……。私は今まで生きてきた人生もほとんど夢だったのではないかと思いました。陛下を知ってしまった後ではそれほど、何もかもが違って見えました。
「湯あみせよ! との仰せでございます」
コンラからそう言われて、私は耳まで赤くなってしまいました。考えてみれば、城に攻め込まれ捕えられたまま、埃まみれでしたから……。何という体で陛下の御前へ出てしまったのでしょう。私は枕元に用意されたローブを身に着けると、急いで部屋の外へ出ました。外ではコンラが待ち構えたように先に立って歩き、私を浴室へ連れて行ってくれました。
「どうぞ」
私は帝国式のお風呂というものを始めて見ました。大きな浴槽に温かいお湯が張ってあって、シャワーは別にあるようです。何人かが一緒に入れるのでしょうか、かなり大きな浴室でした。私は手桶のようなものにお湯を汲むと、まず肩を流しました。それから体、髪と気持ちのいいお湯を浴びていますと、
「来たか!」
背後から陛下の御声が浴室中に響きましたので、私はあまりの恐怖にしばらく振り向くことができませんでした。
「すみません、とんだご無礼を……。すぐ出ますので」
濡れた髪のまま急いで浴室を出ようとする私の手を、陛下がグッとお掴みになられます。
「共に入れ」
私の国には誰かとお風呂に入るという習慣がなかったので、私は戸惑ってしまいました。裸の前をタオルで隠したまま、目のやり場に困って下を向いてしまいます。陛下は古代彫刻のような均整の取れたお体にいくつもの傷を持っておいででした。お背中にはどなたかを守られたのでしょうか、大きな斜めの刀傷がございました。
陛下は私の手を引いたまま、私の羞恥を気になさるふうもなくずんずん歩くとザブンと勢いよく浴槽へ入られました。私も引きずられるように陛下について入ると、いい香りのする乳白色のお湯でしたから、少し体が隠せてほっとしたような気持ちになりました。
「お前は平素服を着て過ごすか」
「はっ……?! はい、着ますが……」
「ならば与える」
陛下は短く仰って、バシャバシャッとお顔を洗われました。私は陛下の横に座らせて頂いて、何をしたらよいやら、ただ小さくなってしまいます。この大きなお風呂にまた誰か入ってきたらどうしようと、そんなことばかりを私は心配しておりました。そんな私の背が強い腕にぎゅっと抱きしめられて、私は陛下の滑らかな舌が執拗に首筋を舐めるのを感じました。
この御方は本当に、なんと美しい獣なのでしょう。私はたった一晩で陛下の虜になりました。情熱的なのに繊細で、とても気持ちがよくて……。到底言葉にはできません。陛下は私としばらくキスして下さると、突如バシャッとお湯からお上がりになりました。
「甘えるな。余は忙しい」
短く仰ると、煙のように立ち去ってしまわれます。私はあまりの寂しさにしょんぼりしながら、そんな自分を恥ずかしくも思いました。もう少し、いて頂きたかった……。膝を抱えて鼻までお湯につかったまま、私はしばらくお湯から上がることができませんでした。私の体はたった一晩で、陛下を覚えて恋しがるようになっておりました。