「ハルカは自分は空っぽだって言うけどさ、掃除や洗濯は得意じゃん」
俺はお通しの枝豆をつまみながら言った。
「ゴテゴテ何かを作り出すより、綺麗さっぱりゼロに戻す方が好きなんじゃない?」
「そう、なのかな?」
ハルカは「ほわー」としか形容しようのない不思議なため息を漏らして首をかしげると、俺を見つめた。
「俺の話もよく聴いてくれるし」
何を見たとか何処へ行ったとか、俺は自分のことをよくハルカに話して聞かせていた。放っておくとハルカは何も訊いてこないので。俺のことをもっと知ってほしいし、俺の好きなものをハルカにも好きになってほしかった。ハルカは俺がすすめるとたいてい試してくれて。その空っぽの器を、いつも俺で満たしてくれた。まあ、何に対しても熱狂するってタイプじゃなさそうだけど。
「俺は、ハルカが好きだよ。いろんな女見てきたつもりだけど。ハルカが一番好き」
「……ありがとう」
ハルカは恥ずかしそうに頬を染めると、また酒に口をつけた。いつも何も食わずに飲むんだよなあ。一杯目で目がとろんとしてきて、耳がエロくて。俺が軽く舐めると、驚いて細い首をきゅっとすくめる。
ハルカに最も欠けているのは独占欲だろうと俺は気づいていた。自分からの浮気は生理的に無理らしいが、俺の浮気は止めないと言うか、「自分にそんな権利はないから」という感じで放っておいてくれる。自分と俺の境界線をハッキリ区別している。
俺のことなんてどうでもいいから、大して好きじゃないからそうなんだろうか。でもそれにしては愛があるんだ。対面でもメッセージでも、ハルカには俺に対する優しさや思いやり、控えめな愛がある。しばらく会わないとやっぱり寂しそうにしてるし。まあ、寂しいのは俺なんだけど。
「結婚して、一緒に住もう。俺たち職場も近いしさ」
一人でサラダと揚げ物を平らげ、適度に腹も膨れた俺は、2杯目のジョッキを空け会計に向かった。ハルカもちょうど飲み終えたようだし。今すぐハルカとホテルに行きたい。ほろ酔いのハルカは最高だから。
「遼くん、あの……」
会計を終えハルカの手を取ると店を出た。細い手を握ったまま、俺はいつもの癖で駆け出すように歩く。ハルカの執着心の薄さは、俺に白い風船を思わせた。自殺願望なんて微塵も口にしないのに、手を離した途端、ごく自然に空に帰ってしまいそうな危うさがあった。だから手を離せなくて。やっと信号待ちで止まったとき、ハルカの息は少し上がっていた。