私の名前はサーシャ・イル・マーレ。マーレタリア伯の末娘で一応貴族。だけど貴族ってあまり好きじゃなかった。つまらないおしゃべり、噂話、悪口ばかりのサロン。見かけだけ豪華で中身は空っぽの人たち。社交界デビューしたら、私もそういう人たちの一員になっちゃうのかな。
全く気は進まなかったけれど、国王陛下のご招待をお断りすることもできなくて。十八になってすぐ、宮廷舞踏会へ行かされることになった。
マーレタリアは辺境にある島だから、本国までは船に乗って丸二日。でも晴れて海も凪いでいたからとても気持ちいい。陸に着いたら四日、宿を取りながら馬車を乗り継いで王宮まで。遠いなあ! でもようやく旅行気分になってきたかも。親の付き添いなしで、しかも王都まで行くのは初めてだったから、見る物すべてが新鮮でちょっとウキウキしていた。
荷物を持った二人の従者には先に行っているよう頼んでおいて、私は散歩がてらのんびり王都を歩いた。ちゃんと整備された石畳の町、綺麗な布地や可愛い小物のお店。やっぱり都会はいいなあ。
のんびりてくてく広場を歩いていくと突き当りに立派な大聖堂があって、オルガンの美しい音色が聴こえてきた。せっかくだから祈っていこうかな。そう思って聖堂に近づいてみると、入り口に美しい女性がひとり、少しだけドアを開けて中の様子を覗いていた。
こんなところに立ってないで中に入ればいいのに。私がそう思いながら声をかけずにいると、彼女は振り向いて背後にいた私をじっと見つめてきた。美しい銀髪に藍色の瞳が神秘的で。その人はしばらく私を見ると何も言わず去ってしまった。綺麗な白いバラの首飾りをしていた。誰だろう? 美人だったな、気が強そうで。身なりが綺麗だったから、あの人も貴族かもしれない。
彼女が去って一度閉じてしまった聖堂のドアを私がまたギイと押し開けると、ちょうど知っている聖歌の最後の一節が聴こえて。私は久しぶりに神への祈りを込めて歌った。やがてオルガンの響きが止んで、祭服を着た司祭様が近づいてこられるのがわかった。
「祈っていかれますか」
「あ、はい」
司祭様は緩く波打つダークブロンドの長髪をそっと肩で束ねて、背が高く、若い方のようだった。オリーブグリーンの瞳をしていて、手に持っていた祈祷書を私に渡して下さる。綺麗なお顔だけれど、私を見るとき両目を眩しそうに少し細められていた。眼がお悪い……のかな? その方は説教壇まで歩くと、丁寧に祈りの文句を唱えて。私たちは共に祈った。