「サーシャ様は恋をなさったことがありますか」
朝食の後、ルースタッド殿下はとてもさりげない様子で私に尋ねられた。
「いえ、まだ……。男の方と話したこともあまりないです」
「男性が嫌いなのですか」
「兄が二人いるんですけど、二人ともちょっと意地悪なので。男の人に苦手意識があるかもしれません」
「そうですか」
ルースタッド殿下はフフフと優しく微笑まれると、食後のお茶を軽くかき混ぜながら仰った。
「実は私も、女性が苦手なのです。私を国王の叔父のルースタッドだと知って近づいてくる方は、良い意図を持っていない場合が多いので」
これほど綺麗なお顔をなさっているのに、いやお顔が綺麗だからこそ余計に悩みは深いのかもしれないと私は何となく思った。
「昨夜の件も、本来なら私を眠らせようとしていたということですよね?」
「そう……ですね」
「上手くあしらえない私もいけないのでしょうが、私と半ば強引に恋人関係になろうとする方もおられるので、困ると言いますか……。もっと信頼関係で結ばれたお付き合いがしたいのですが、難しいです」
白いバラの首飾りの彼女は、殿下の恋人じゃないのかな? 私は気になったけれど訊いてはいけない気がして、ぐっと言葉を呑みこんだ。
「どんな方が好みなんですか?」
「好み、と言うほどの条件はないのですが……。お互い信頼できる方がいいですね。一緒にいて安心できると言いますか」
「そうですね」
私は殿下といると安心できます、と思ったけれど、あまり軽いかなと思ってこれも言わなかった。
「お互い『この人しかいない』という方と出会えるといいですよね。コングラッド公爵ご夫妻の恋のお話などは有名ですよね」
「ヒュー・ヴァンディエット殿下のことですか。陛下のはとこの」
ルースタッド殿下は少し驚いたお顔をなさって仰った。
「はい。父祖の因縁も越えて育まれた愛ですものね。私はお二人が結ばれて本当に良かったと思いました」
お二人の恋の話は王都から遠く離れた私の島にまで伝わるほど有名だった。本来なら敵同士、罰を受ける可能性もあった女性を許すばかりか、妻にお選びになるなんて。愛の力は凄いと思ったものだ。
私はこの話が好きなのもあったし、殿下ご自身の話からそらした方が良いのかなと思ってこの話題を出したつもりだったけれど。あんなに嫌がっていたくせに、私も噂好きの貴族の端くれになってしまったと思った。噂話は隠れ蓑、なのかな。
「まあ、女性は憧れるでしょうね」
殿下は苦笑しながら私の噂話に付き合って下さる。
「ヒュー殿下はどんな方なんですか?」
私が何心なく質問すると、ルースタッド殿下は少し考えてから慎重にお答えになられた。
「一言で申し上げると、かなり怖い方です。非常に有能で、かつ手段をお選びにならないので」
私は意外な気がした。ヒュー殿下と言えば、陛下とよく似たお顔に優しい笑顔が印象的な、いかにも女性の憧れの的となるような方だと思っていたけれど。
「国境管理を任されている方なので、そのくらいでないと務まらないのでしょうが」
「でも陛下からの信頼は絶大ですよね」
「陛下は聡明な方がお好きですからね。一を聞いて十を知るような」
ルースタッド殿下はそう仰ってしまってから少し言葉がきつすぎると思われたのか、フォローするように柔らかい調子でつけ加えられた。
「怖いと言うのは職務上のことで、女性には優しいと思いますよ。非常な愛妻家でいらっしゃいますし」
「そうなんですか。昨日はいらっしゃってたんですか?」
「奥様がご懐妊なさったので、今回は来られませんでしたね」
「それはおめでたいですね!」
ヒュー殿下は私くらいのお年だと思ったけれど。もうそんな大人な方もいるんだと思って私は感心した。恋がまだなんて言ってる場合じゃないよね。
「奥様がお体の弱い方だそうで、心配なさってよくついておられます。女性には理想的な夫かもしれませんね」
ルースタッド殿下は目を伏せると、静かにお茶を飲まれた。私、話題選び間違っちゃったかな。やっぱり男の人と話すのって難しいと思いながら私が殿下と同じタイミングでお茶を飲んでいると、
「この後一緒に乗馬をしませんか」
殿下はまたさりげない様子で私を誘って下さった。