私たちはとある郊外の宿に三日ほど泊めてもらえることになった。普段は巡礼者で混み合う宿だけれど時季外れだから可能だったみたい。デートに使うなんて何となく罰当たりな気もするけれど……。神様、お許し下さい。
川のほとりに建つ小さな宿で、私はとても安心できた。浅い川だったので私は裸足になって入り、冷たい水の感触を楽しんだ。ルースさまは木陰でのんびり本を読まれている。丸眼鏡をかけたお姿も素敵だけれど、ルースさまご自身は眼鏡を好きじゃないようだった。
「頭が痛くなるので」
王家の方でルースさま以外に眼鏡をかける方はおられないので、目立つのが嫌だったのかもしれない。
パンとチーズ、豆のスープと宿の食事は簡素だけれど、それも巡礼者の宿という感じがして私は好きだった。夜は星が綺麗で。いつかまたここに泊って今度はちゃんと聖地巡礼をしてみたいなと思いながら、私はルースさまと手を繋いで星を見た。
お部屋も豪華じゃないけれどとても落ち着く空間で、枕元には見慣れた祈祷書が置いてあった。私は空で言えるけれど形だけページを開いて、ルースさまと一緒に夜のお祈りをした。何かとても神聖な雰囲気になってしまった……。また失敗したかな? でもルースさまが不意に抱きしめて下さったので、私はまた甘えて、しばらくルースさまの体温を感じていた。
「灯りを、つけたままでもいいですか」
小さなランプだったけれど、顔も見えるくらい照らしてくれるので私は恥ずかしい気持ちになった。
「むしろ、真っ暗にしませんか?」
自分でもいい思い付きだと思って明るく提案してみる。
「それでは危なくないですか? ケガをさせてもいけませんし」
ルースさまは少し言いよどまれていたが、
「あなただから白状してしまいますが、私はこういうことは自信がないのです」
寂しそうに苦笑して、私に教えて下さった。
「じゃあ、やっぱり暗くしてどれだけ失敗してもいいことにしましょう!」
私は良い提案をしたつもりだったのだけれど、
「失敗する前提なんですね」
ルースさまが心外そうに仰るので、私はあっ、やってしまったと思った。
「いや、えっと、誰だってはじめから上手な人はいませんし」
「私は初めてではないんですけど?」
ルースさまはニコッと笑っているけれど内心怒っておられるようで、私は恐縮した。いけない、墓穴掘ってる。
「なんか、すみません……」
ルースさまの男心が繊細すぎて、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「ただ経験豊富なわけでもないので、女性からすれば不安なのは同じことですよね」
ルースさまは私の頭をナデナデして下さると、そう仰ってため息をつかれた。何かつらい経験があったのかな。男の人って大変なんだ。私はつい心配になって、ルースさまを励ましたく思った。
「じゃあ私を実験台にして、私でいっぱい練習して下さい」
「練習……? なぜですか?」
ルースさまは怪訝な顔をして問われた。
「ルースさまの思い出に残れたら嬉しいなと思ったので。いつかとても上達なさっても、私のこと忘れないで下さいね」
私は言ってしまってから恥ずかしくなって、急いで付け加えた。
「とは言っても、私も素人ですからお役には立たないかもしれませんが……」
ルースさまはしばらく黙って私を見つめておられたが、私をベッドに座らせてくれると枕元のランプをフッと吹き消された。
「あなたが他の人にとられなくてよかったです」
淡い瞳の光だけを残してそう仰ると、私を抱き寄せ、静かにキスをなさった。