王宮に到着すると、私たちは馬車を降りて二人で歩いた。本当に大きなお城……。天に届きそうなほど高い扉が内側から開かれて、広場ほどもある巨大な広間に通される。天井には落ちてきたら即死かなと思える重そうなシャンデリアがいくつも吊り下げられ、着飾った大勢の貴族たちが来ていた。
私は会場のあまりの規模に目を丸くしながら、司祭様がつまずかないようエスコートしなきゃと磨き上げられた床ばかりを見ていた。司祭様はこの広間にも来慣れたご様子で、迷いなくスタスタ歩かれる。
周りの人が司祭様を見ると黙礼して道を開けてくれるので、皆からとても尊敬されている司祭様なんだと私は思った。私がサポートする必要もない感じだけれど……。司祭様は大きなピアノの前まで歩いてこられると、
「少し弾きたいので、待っていていただけますか」
と私に仰った。
「はい。そばで聴いていてもいいですか?」
「ええ」
司祭様がうなずいて下さるので、私は司祭様のピアノを聴いた。
とても優しくて、会場全体を包み込むような音色だった。春風に戯れる蝶のようによどみなく指が動いて、優雅なワルツを奏でる。オーケストラも加わって音は大きくなり、周りの人々が誘われるようにダンスを始めたので私は嬉しくなった。オルガンで聴く聖歌もいいけれど、ピアノもいいなあ。私は首を左右に揺らしながら、皆のダンスを見ていた。
一曲目が終わると交代の奏者が来て、司祭様はスッとピアノ椅子から立ち上がられたので、
「司祭様は音楽家でもいらっしゃるんですね!」
私は興奮気味に言った。もっと言葉を尽くして褒めたいけれど、この場ではそれも失礼かもしれないし。一言だけ気持ちをお伝えする。
「とても素敵な演奏でした」
「ありがとう」
司祭様はにっこり笑ってお返事をして下さった。そんな私たちの元へ、立派な衣装に身を包んだ若い男性が近づいてくるのが分かった。
皆が順に挨拶していたから、この方が国王陛下かな。初めて見たので自信は無かったけれど、私は自分もご挨拶しようとスカートの裾を持ち、習った通りにお辞儀した。
「はじめまして。ご招待ありがとうございます。サーシャ・イル・マーレです」
「お越し頂きありがとう。リベルスタン国王、レオナルド・サルヴァトー・リ・ベルテです」
国王陛下は王様《キング》と言うより王子様《プリンス》という感じの、若くお美しい方だった。輝く金髪に、南の海のような澄んだ瞳をなさっている。
「叔父上、サーシャ様とお知り合いだったのですか」
陛下がさりげなく仰るので、私は誰のことだろうと辺りを見回してしまった。
「ええ、先ほど聖堂で」
私の隣に立つ司祭様がそう仰って陛下に頷かれる。……えっ?
「こちらは私の叔父です」
国王陛下は司祭様をさして、そう紹介して下さった。
「申し遅れました。ルースタッド・レバンテス・リ・ベルテです」
音楽家の司祭様はそう仰ると、やっぱり優しく微笑んで私に挨拶して下さった。
「サーシャ・イル・マーレです……」
私は驚きと恥ずかしさで耳まで真っ赤になるのが分かった。
「すみません、とんだご無礼を」
深く頭を下げてお詫びする。
「いえ。私は司祭の資格も持っていますから、正しいですよ」
ルースタッド殿下はにこっと笑って私の失態をお許し下さった。初対面で一緒に舞踏会に来てもらってまでいたのに、私はこの方に名前をおききするのを忘れてたんだ。「司祭様」というだけで安心していて。まあ名前をきいても陛下の叔父様とはわからなかった気がするけれど……。
私が恥ずかしさと申し訳なさで落ち込んでいると、
「殿下、あちらへ参りましょう」
艶やかな銀髪を縦に巻いた優雅な令嬢が近づいてきて、ルースタッド殿下の腕に自分の腕をスッと絡めた。白いバラの首飾り。さっき大聖堂のドアで見たあの人だ。
彼女は冷たい瞳でチラと私を一瞥すると、殿下を連れていなくなってしまった。やっぱり貴族のご令嬢だったんだ。私は彼女にまた会えて嬉しかった。彼女からは好かれていない気がするけれど。
「サーシャ様、私と踊って下さいますか」
独りになってしまった私に国王陛下がそうお声をかけて下さったので、私はびっくりした。でも陛下からのお申し出を私ごときが断れるわけもなくて。
「はい」
私はドキドキしながら国王陛下の手を握ると、ダンスの姿勢を取った。