葵さんはゆっくりとしたペースで俺と文通を続けてくれた。青い巻物は二巻目に入って。俺は最初の頃のように絵も取り交ぜながら葵さんに日々の暮らしを報告する。
「若宮は元気にお育ちで、近頃ハイハイなさるようになりました。御所の長い廊下を一心にハイハイなさる様子はとても可愛いです。いつもは藤壺におられますが、若宮はこちらにも来て下さることがあり、俺は赤ちゃんってこれほど可愛いのかと初めて知りました。若宮のご成長のおかげで御所は華やかで幸せな空気に満ちています。」
俺は若宮のハイハイなさるご様子を絵に描いてもらい葵さんに送った。最近の梅壺は俺だけでなく女房たちまで若宮見たさに何度も廊下を覗いてみたり、御簾を上げ几帳をどかして見晴らしをよくしておいたりしがちだった。若宮は輝くばかりに可愛くて。この子が幼い頃の光《ひかる》にそっくりだと言うなら、誰でも光に夢中になってしまうだろう。
中宮さまは秘密のために内心おつらいのだろうが、若宮のご成長が慰めになっているようにも見受けられた。お姿を拝見することはないけれど、若宮にかけるお声や女房たちと話すご様子に喜びが垣間見える。この子の誕生が間違いだったなんてことはないと俺は思った。むしろこの子の存在が中宮さまを支えているのだろう。
「最近の若宮はつかまり立ちや伝い歩きをなさるようになりました。目線が高くなり、様々なものに興味をお持ちのようです。女房たちは若宮の手を取ったり、おもちゃで気を引いたりと毎日大変な騒ぎです。父上もたいそうお喜びで、若宮の生い先見たさに寿命が延びる気持ちだと仰っておられました。」
葵さんに対する文なのに若宮の成長日誌のようになってしまい、書いてから俺はまずかったかなと反省した。ただ今の御所は若宮のご成長以外重要なイベントがなく、俺もそのことに一喜一憂しているため、どうしても書かざるを得ない。
「若宮のことばかりお伝えしてすみません。鬱陶しかったら仰って下さい。」
「いいえ、若宮の可愛らしいお姿、いつも楽しみにしております。赤ちゃんの成長というのは希望ですね。」
葵さんがそう返してくれたので俺は嬉しく思った。本当にこの子が未来の希望だ。光も御所に来るたび必ず若宮のご様子を確認しては嬉しそうに微笑んでいた。本当は手元で育ててその成長をつぶさに見たいんだろうな。だってこんなに可愛いのだから。
若宮は順調に育たれ、年が明け生後一年を迎える頃には歩かれるようになった。よちよち歩きながら前をしっかり見つめ、手を伸ばして歩まれる。皆がおいでおいでと手を打ってはやした。赤ちゃんの成長って本当に早いなあ。
「若宮は今年に入ってもう歩かれるようになりました。まだ危なっかしいですが転んでも起き上がり、しっかりしたご様子です。お体もお強いようで、今のところ大きな病にもかからないので俺はほっとしています。」
そう書きながら俺は、若宮のご様子を一方的に伝えることはそろそろ控えようと思っていた。若宮は成長なさるにつれますます光に似てくるようで、やはりドキドキする。将来どんな子に育つんだろう。俺はこの子をどこまで守れるんだろうか。
「梅が咲き、桜のつぼみも膨らんで、もうすっかり春になりましたね。」
葵さんは邸に植わっている花々を描いて送って下さって、俺は救われるような気がした。若宮がお生まれになってからの一年、とにかく無事に終われてよかったと思った。