宮廷舞踏会はとても豪華で、大勢の紳士淑女が招待されていました。私は舞踏会というものは苦手でほとんど出席したことはなかったのですが、今回はヒューの社交界デビューですから特別です。流れやマナーなど覚束ないことがたくさんあり、本当は他の人と行ってほしかったのですが……。肝心のヒューが「姉さまが一緒じゃなきゃ行かない」と言ってきかないのです。
「男女ペアで行くのが普通でしょう? 僕に恥をかかせるの?」
そう言われると申し訳なく感じてしまって、私はヒューのお供としてついていくことになりました。背が高く洗練された身のこなしで大人びた外見を持つヒューですが、内面は意外にワガママで子供っぽいところがあります。そういう全てがヒューの魅力なのかもしれません。
「レオナルド陛下! お久しぶりです!」
「ヒュー! 元気そうだね!」
ヒューが大理石の大広間をつかつか歩いていきなり国王陛下にご挨拶するので、付き添う私はびっくりしてしまいました。
「すごい……噂には聞いていたけど、本当にソックリね!」
「本当ね! お二人とも素敵だわ」
周りの御令嬢がヒソヒソ囁く声がしきりにします。確かに、陛下もヒューも流れるような金髪と南の海のような澄んだ瞳を持っていました。年齢や背格好もちょうど同じくらいでしょうか。
「フフフ、双子じゃないよ。でも確かにソックリだよね。僕たちどこかで血がつながっちゃってるのかも!」
ヒューがあまり恐れ多いことを言うので、私は心臓が止まるかと思いました。国王陛下と血が繋がっているだなんて。でも陛下はヒューの発言をお咎めになることもなく、ニコニコしておられます。二人は旧知の仲のようです。
「陛下、踊りましょう!」
「いいよ!」
ヒューは壁に飾ってあったレイピアを二本取ると、片方を陛下に投げました。陛下が受け取られ双方構えると、カン、カンと華麗な打ち合いを始めます。それは本当にリズミカルでダンスのようでした。取り巻く御令嬢たちは皆息をのんで見守りながら、半ばうっとりと見惚れています。
ヒューも陛下も始終笑顔で楽しそうに打ち合っていましたが、ヒューの喉元に陛下の剣が突き付けられて勝負はつきました。ヒューは二本の剣を元の位置に戻すと、サッと髪をかき上げ、襟を正しました。
「お嬢様方を放っておいてごめんなさい! 僕と踊って下さる優しいレディはおられませんか?」
そう言いながら、並み居る御令嬢方に優雅な物腰で丁寧なお辞儀をします。御令嬢方はヒソヒソ、扇で口元を隠しながら話し合っていましたが、やがて我が家より家柄も位も高い、プリンセスとも言える侯爵令嬢がスッと一歩前に出ました。ヒューはその方のオペラグローブをはめた細い手に優しく口づけして、二人は優雅に踊り始めました。
「大丈夫ですか、サラ?」
ヒューと侯爵令嬢のダンスを遠くからボンヤリ眺めていた私に国王陛下がそっとお声をかけて下さったので、私は恐縮して深いお辞儀をしました。
「はい、陛下」
「気分が悪くなりそうなら、言って下さいね」
陛下はどこまでも優しく私を気遣って下さいます。私はめまいを起こしやすい体質で、ダンスは控えるよう医師からも言われていました。この体のこともあり、私は舞踏会にはほとんど行かない非社交的な貴族なのですが、陛下はこんな私のことも覚えていて下さり、「体調が良ければお越し下さい」という旨の招待状を必ず下さいました。
「ありがとうございます」
私が再度頭を下げると、陛下は優しい微笑を残したまま、他の方たちとの談笑に戻られました。私は宮殿の冷たい壁にもたれながら、ヒューが楽しそうに代わる代わる若い御令嬢たちと踊るところをそっと眺めていました。